大陸暦1527年――20 真実の扉
セドナは思わず伏せていた視線を上げた。すると、すかさずという風に目の前にいる女性の臙脂色の瞳がこちらの視線を捕えた。
女性は、自分の視線を捕えたまま不敵に笑うと言った。
「始めようか」
その表情にも声音にも、先ほどまでの放漫さは微塵も感じられない。
セドナは目の前の女性が、先ほどまでと同じ人間なのかと疑った。目を伏せていたわずかな間に入れ替わったのではないかと。
けれどそれは無理な話だった。この部屋には自分を含めて三人しかおらず、鉄扉も担当尋問官たちが退室してから一度も開かれていない。開いたなら伏せていても気づかないはずがないのだ。鉄扉は開閉に重い音を立てるのだから。
セドナは女性から目をそらしたかった。でも出来なかった。
臙脂色の瞳から放たれている射るような視線が、それを許さなかった。
だから否が応でも、前を見続けるしかなかった。
「君が所属していたのは帝国軍、零黒騎士団第三偵察小隊」
女性は静かに語り始めた。
「そして君はその小隊の副小隊長だった。ある日の早朝、零黒騎士団第三偵察小隊の野営地を偶然にも、移動中だった星王国軍、星ルーニア騎士団第五騎士隊第一偵察小隊が発見してしまう。どちらも偵察小隊であったことから戦力は五分。そしてお互い視認してしまったことから、戦闘は避けられない状態となってしまった」
セドナは驚いた。
女性の話す内容が、何一つ間違っていなかったからだ。
そして違う、と思い直す。
そんな出来事はないと。そんな事実はなかったのだと言い聞かせる。
「先にしかけたのは君たちだ」女性は続けた。「戦闘痕と、こちらの兵の遺体が野営地から離れた場所にあったことから、それは安易に推測できる。そしてここは想像だが、君の隊長殿は野営地を動かなかった。兵に指示を与え、あとは後方から見守っていた。そして君は副小隊長として小隊長の側に控えていた」
……そうだ。小隊長は自分が参加することを許して下さらなかった。
視認したかぎりでは相手の規模はこちらと同等だった。
小隊長と自分を含めてだ。
つまり自分たち二人が抜ければ、それだけこちらが不利になる。だというのに小隊長は参加しなかった。自分にもそれを許さなかった。
確かに小隊長は部隊の長だ。その長が潰されれば部隊は崩れてしまう。本来なら最優先に守るべき相手だ。
けれどあの男の場合は違う。
口ではそう言っていたが、あの男は部隊の存続より自身の安全を最優先に考えていた。そしてもしこちらが押し負けた場合の対策として、自分を残したのだ。
あのときに感じた憤りが、心の奥底でくすぶる。
「そして激戦の末、戦いは終わった。その戦いの勝者がどちらなのか、これに関しては判断が難しいところだね。君たち零黒騎士団第三偵察小隊の騎士の生き残りは恐らく二人。それに対して星ルーニア騎士団第五騎士隊第一偵察小隊の生き残りは戦闘離脱した六人だ。こちらの小隊の人数は隊長を含め十人。つまり君たちは半数以上の敵に逃げられてしまったことになる。君の小隊長殿はさぞかし憤慨しただろうね」
傷を負った部下を労うことなく、あの男は怒鳴った。
このままでは援軍が来ると、星都に近いあちらのほうが本陣に近いはずだと。
「でも報告にきた騎士は言ったんじゃないかな。逃げられはしましたが、代わりに指揮官を捕えることができました、と」
指揮官――その言葉が、セドナの奥底の扉に手をかけた。
いつの間に潜り込んできたのか、女性はいとも簡単にセドナの奥底に辿りついていたのだ。
女性はすっと目を細めると、容赦なく扉をこじ開け始める。
「そしてもう一人の生き残りの騎士が、その指揮官を連れて来た」
徐々に開いていく扉の隙間から、記憶より先に感情が溢れ出した。
そのことにより今まで眠っていたセドナの身体が、水を与えられた大地のように息を吹き返した。
目を覚ました身体は、内からの感情に反応するように一気に強ばった。そして胸の鼓動が痛いほど強くなり、表情筋も揺れ、唇も震えだす。その先を聞きたくないと、身体全体が拒絶反応を起こしている。
女性はセドナの明らかな変化に気づいているはずだった。けれど彼女は自分の変化を気にもとめず、その先を淀みなく口にする。
「部下たちを逃がすために囮になり、三人の仲間を失いながらも果敢に一人で戦った騎士」
セドナは胸を押さえ、やめろ、と制止の言葉を口にした。
けれどそれは声にはならず、震える唇からは乱れた呼吸音だけが流れ出る。
「それが星王国軍、星ルーニア騎士団第五騎士隊第一偵察小隊小隊長であり、そして君の――」
――それを、それを、言うな――――。
「――大切な幼馴染み。エルデーン・シャルテだった」
扉は開け放たれた。
閉じ込めていた記憶が溢れ出し、瞬く間に全身を覆った――。




