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騎士物語  作者: 連星れん
前編

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44/72

大陸暦1527年――20 悪魔尋問官


 担当尋問官に続いて、書記官と衛兵が尋問部屋を出て行った。

 それと入れ替わるように、尋問部屋には二人の人間が残った。


 一人は、先ほど担当尋問官と話していた小柄な若い女性。

 俄に信じ難いが、彼女はここの獄吏官長らしい。


 そしてもう一人は、剣を携えた長身の女性。

 装いからして騎士のようだ。騎士は部屋の隅の壁に背を預け、腕を組んで居心地が悪そうな顔でこちらを見ている。その白い騎士服と顔に見覚えがある気がしたが、思い出す必要はない。


 小柄な女性は先ほどまで担当獄吏が座っていた席につくと、前のめりにセドナの顔を覗き込んできた。そして開いた手を前に差し出す。その手には黒い手袋がはめられており、セドナの視界が黒で埋まる。女性は手を振って黒い残像を作ると言った。


「大丈夫ー? 起きてるー? うん、全部じゃないけど一応こっちにいるみたいだねーてことはもう思い出は行き着いちゃったんだねー」


 まるで自分に起こっていることを見透かすかのような口ぶりに、セドナは動揺した。けれどそれは外には出なかった。感情を出さないようにしていたわけではない。出ないのだ。

 セドナはここに収監されたころ、内から溢れ出す感情の波に苦しんでいた。あのときのことが毎晩のように思い起こされ、セドナの精神を蝕んでいった。

 けれど昔の記憶を見るようになってから、それはいつのころからかなくなった。何かを感じても、セドナの身体は何も反応を示さなくなった。身体は自分の中で起こった感情を、まるで人ごとのように俯瞰するようになっていた。


 それはあのときの記憶を心の奥底に沈めたからだと、セドナには分かっていた。そしてそのときに感情も一緒に閉じ込めてしまったのだと。記憶と強く結びついていた感情は、きっと切り離すことが出来なかったのだろう。

 セドナはこのことで困ることはなかった。

 むしろ楽だと感じていた。

 反応を示さないほうが物事が早く終わる。定期調査やそのほかのことは時間として、尋問は体感として。

 女性は椅子に座り直すと、まるで幼子のような笑みを浮かべて言った。


「ども初めましてー。ではないんだけどーわたしは収監されたときにキミを見たからー。でもまぁ話すのは初めてだから初めましてでいいよねー。お互い貴族だから貴族の挨拶のほうがいいのかなぁ? んじゃ改めましてー」


 女性は座ったまま、軽く貴族の礼をとった。


星王国せいおうこく貴族サーミル子爵家が二子、ラウネ・サーザル・サーミル、監獄棟を統括してる獄吏官長、兼、主席尋問官でーす。若いからびっくりしたでしょー? 年はキミの二つ上だよーすごいでしょー?」


 セドナは何も答えなかった。先ほどと同じく表情筋も動かなかった。なので相手に自分は無表情に映っていることだろう。けれど実際は目の前の女性の人柄に、わずかながら当惑を覚えていた。

 正直とてもここの長とは思えない。

 年齢や言動で人を判断してはいけないことも、担当尋問官の態度を見れば女性が嘘をついていないことも分かっている。

 だとしても女性の存在はこの場に不釣り合いすぎて、そう感じることを禁じ得なかった。

 さらに女性は獄吏官長だけではなく、主席尋問官でもあると言った。

 つまり彼女は自分を尋問しに来たのだ。


「毎度毎度ー何度も調書内容を聞くのは飽きたでしょー? なので今日はーわたしの仮説でもご披露しようかなと思ってやってきましたー。まぁ? 勝手に喋るのでーかるーい気持ちで聞いててねー」


 身振り手振りしていた手を、女性は改めて組み直した。

 セドナは思った。尋問する相手が代わろうと、それがたとえ主席尋問官であろうと、いまさら自分はなにも話すつもりはない――。


 ――――違う。


 話すことなどない。

 何もないのだ。

 だから黙って聞いてるだけでいい。

 セドナは視線を落とし、今までの尋問と同じ姿勢をとる。

 昔の記憶に落ちるわけにはいかない。

 もう思い出は終わったのだ。

 そこに逃げることはできない。

 だから今はじっと耐えるしかない。

 けれど耐えるのもこれで最後だ。主席尋問官が出てきたということは次はない。今を乗り越えられれば全ては終わる。待ち望んでいた終わりが訪れる。

 あのときから抱いていた、たった一つの望み。


 ――これでやっと私は、死ぬことができる――。


 その事実がセドナに安らぎを与えた。

 戦争が始まって以来、得られることのなかった安らぎを、家族と彼女と過ごした時に感じたあの安らぎを、セドナは自身の終わりを目前にしてやっと得ることができた。

 セドナの心は、これまでにないほど穏やかだった。

 これならば今日を乗り切ることは簡単だろう、そう思った。

 けれど、それが浅はかな考えだとすぐに思い知る。


 セドナの耳に息を吐く音が届いた――その瞬間、安らぎは幻のように消え去り、心は危険を察知するかのようにざわめき始める。


 尋問室の空気が変わった――いや違う。目の前の人間の雰囲気が変わったのだ。



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