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騎士物語  作者: 連星れん
前編

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42/72

大陸暦1527年――20 最後の尋問1


 次席尋問官ケイン・ウルテは焦りを感じていた。


 それは目の前の少女、尋問対象者のセドナ・バルゼアが今日も黙秘を続けているからだ。

 しかし彼女の態度は、いつも通りといえばいつも通りであった。

 初めての尋問から今日で二ヶ月あまりが経ったが、その間セドナは一度も口を開いていない。

 このことに関して、ケインも初めの内は心配していなかった。尋問対象者が完全黙秘することはそう珍しいことではなく、そしてそれが長く続かないことも、これまでの経験からして分かっていたからだ。

 けれど予想に反して、セドナは喋らなかった。

 半月経っても、一ヶ月経っても、二ヶ月経っても、一言も発しなかった。

 ケインは驚いた。

 尋問を受けながら二ヶ月も黙り続けられた対象者を、これまで知らなかったからだ。

 黙秘は精神力を使う行為だ。

 それに加え、秘めごとはその人の精神をさらに摩耗させる。

 普通はその状態で尋問され続ければ、精神が脆くなるものだ。

 そして精神が脆くなった人間は思考が鈍り、堅固な意思にも揺らぎが生じてしまう。そうなった対象者は必ずや何かしらを口にする。

 その内容が真実でも真実でなくとも必ずだ。

 けれどセドナは一向に口を開かなかった。

 大の大人が一ヶ月も持たない完全黙秘を、まだ十六の少女が二ヶ月以上も継続している。しかも《《黙秘が、自身の死へと繋がる行為だと知りながらも続けている》》のだ。

 その尋常ならざる精神力に、ケインは感心をした。

 そして同時に理解してしまう。


 このままではセドナは絶対に供述をしないと。


 時間が経てば何かしら喋るだろうと思っていたケインは、その事実に焦った。

 さらにこれだけではなく、焦る理由はもう一つ増えてしまった。

 それはここ数日、世間を賑わせている噂だ。

 その噂というのは、そろそろ戦争が終わるのではないかというものであった。

 もちろん噂というぐらいだから何の根拠もない。けれど火のないところに煙はたたないのと同じく、これだけ広まっているところを見ると完全に嘘だとも言い切れない。

 それに嘘でも本当でも、いつか必ず戦争は終わる。

 そしてこのまま戦争が終われば、目の前の少女は処刑される。

 何の真実も明らかにされないまま、ただ一人の少女の命が失われるのだ。


 ――それは駄目だ。


 未来ある若い女の子が命を落とすことなど、あってはならない。

 手の届く範囲にいる命が失われるところなど、見たくはない。

 もう二度と見たくはないのだ。

 たとえセドナが本当に捕虜を殺害していたとしても、彼女の口から聞くまでは絶対に納得できない。

 ケインは決意を胸に、口を開いた。


「バルゼア殿。恐らくもう時間がないのです。戦争はいずれ終わります。そうすれば貴女は処刑されてしまう。このまま何も主張せず、何も残さず、ただその若い命を散らすことになるのです。本当にこれでいいのですか? バルゼア殿」


 ケインの問いかけに、セドナは変わらず目を伏せていた。

 これまでと同じく、じっとこの時間を耐え忍ぶかのように。

 この半月は全く変わらないセドナの反応に、ケインも心が折れることが多かった。諦めてしまうことが多かった。

 しかし今日のケインは違った。たとえ反応がなくとも、十六の少女が揺さぶられそうな内容で訴え続けた。

 家族のこと、祖国のこと、友人のことを、想像のかぎり言葉にしてみた。

 けれどセドナの様子に変化はなかった。ケインの思いは、彼女の心には届かなかったのだ。


 ――やはり自分には、少女を救うことはできないのか。


 ケインが悔しさで口をつぐむと、尋問室に沈黙が落ちた。

 この部屋で声を発するのはケインだけだ。部屋には書記官と衛兵もいるが、彼らは話しかけるか必要に迫られないと口を開くことはない。だからケインが黙ってしまえば、尋問室には必然と静寂が訪れる。

 ケインは尋問机に置かれた、私物の懐中時計を見た。時計の針は、刻々と尋問終了時間へと近づいている。


 ――尋問が終わってしまう。


 もし本当に近いうちに戦争が終わるのならば、今回が最後の尋問の可能性だってある。だとしたらまさに今が、セドナの運命が決まってしまう瀬戸際なのかもしれない。しかしたとえそうだとしても、ケインにはもう彼女にかける言葉がなにも思い浮かばなかった。

 己の無力さを痛感しうなだれていると、静かな尋問室に甲高い音が入り込んできた。

 それは靴音だった。

 靴音は規則的な感覚を開け、徐々にこちらに向かってくる。

 この靴音は尋問終了の合図でもあった。

 だからケインはその靴音を、まるで死刑囚のような心持ちで聞いた。

 今日で尋問が最後ならば、セドナの運命は決まる。


 ならばこの靴音は死神だ。

 セドナにとっても、自分にとっても。


 靴音は何度か甲高い音を立てると、背後の鉄扉の前で止まった。

 それがホルマル獄吏官だとケインは知っていた。尋問が終わる時間になると、必ず彼女がセドナを迎えに来るからだ。

 けれど鉄扉が開かれる重い音を聞いて、彼女ではないと分かった。

 ホルマル獄吏官ならば、入室前に必ず声がけをするし、返事をするまでは絶対に室内には入ってこない。


 ならば一体誰が――ケインが振り返ろうとしたとき、思いもよらない声が背後から投げかけられた。




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