大陸暦1527年――20 迫る時間1
「まだ喋ってないよー」
やってきた来客に対して、ラウネは即座にそう告げた。
「今日もウルルがやってはいるけどねー」
何か言いたそうな顔をして立っている来客――レイチェルに、一応それだけ伝えて机仕事に戻る。
レイチェルの目的は、いつもの如くセドナの尋問状況の確認だ。
セドナの尋問は、担当の次席尋問官ケイン・ウルテが定期的に行っている。
ここでは古株の一人であり、元々はラウネの上官でもあったケインは、経験豊富で実績もある尋問官だ。
ケインの尋問官としての実力は間違いなく、それに加え、誰もが認める人格者でもある彼は、普通に考えればラウネよりも主席尋問官に相応しい人物だった。
だが、前任者は後任としてケインではなくラウネを選んだ。
ケインには職務に支障をきたす弱点があることを、前任者は知っていたからだ。
ケインの弱点、それは若い女性に対して同情してしまうことだった。
対象者への同情は、尋問官が一番抱いてはならない感情だ。
同情は対象者に気持ちを偏らせ、見る目を必ずと言っていいほど曇らせる。
曇った目では嘘を嘘と見抜けなくなり、真実の見極めが難しくなってしまう。
前任者はケインにこのことを指摘して、改善させようとはしたようだった。
けれどこれは、気をつければどうにかなる問題ではない。
たとえ生まれつきの体質ではなくとも、後天的に得た弱点であっても、原因を記憶から消さない限り、克服することは不可能だ。
だからケインには若い女性の担当は持たせられないし、今までそうしてきた。
その上で今回、セドナの担当をさせているのは、ただ単に戦時犯罪に対応できる適任者がいなかったのと、セドナがもとより自供するつもりがないことをラウネが分かっていたからだ。
「ということは、尋問していないんだな」
小さくため息をついて、レイチェルは言った。彼女の言葉はラウネ自身が尋問を行っていないことを指している。
「わたしーこう見えて忙しいからぁ」
嘘ではなかった。
戦争している以上、捕虜は次々とやってくる。
その慣れない戦時捕虜の対応に、どの監獄棟も大忙しだ。
そしてラウネはその監獄棟の長だ。忙しさはひとしおと言ってもいい。
レイチェルもそれは理解している。
理解した上で、いつもすぐに帰る彼女が帰らないのは、つまりそういうことだ。
「私の頼みなら聞くのではなかったのか」
レイチェルは不本意そうにそう言った。
その声音に、どこか焦りが含まれているのをラウネは見逃さなかった。
「あらー? やっぱり頼んでたんだぁ」
茶化されたレイチェルは顔を険しくすると「サミー」と滅多に口にしない愛称でラウネを呼んだ。そのまるで子供を窘めるような口調に、ラウネは愉快になる。
「もう時間がないんだ」
レイチェルが放ったその言葉で、ラウネは確信する。
「戦争終わっちゃうかー」
「あぁ。五日後、星王国は竜王国の支援の元、帝国反乱軍の先導で皇都制圧作戦を行う。帝国の戦力は大分削られているし、降伏する兵や、反乱軍に寝返る者も出てきている。皇都陥落は時間の問題だろう」
半年以内に帝国の敗北で終わる――予測どおりだな、とラウネは思った。
戦力だけを見れば、星王国より帝国のほうが上ではあった。
だが星王国に手を出せば、星王国と密接な関係がある竜王国が、〈調停者〉である竜王が静観するはずがない。直接的な軍事参加はなくとも、竜王国は必ず星王国を支援する立場に回る。
それは歴史に疎い馬鹿でも、安易に想像できることだ。
だというのに帝国は星王国に侵攻したあとすぐ、自ら眠れる竜を起こすべく竜王国に、そして連合諸国までにも喧嘩を吹っかけた。
帝国は何を考えたのか、自ら大陸に存在する大国全てを敵に回したのだ。
いくら大陸一の軍事力を誇る帝国でも、三大国を相手に勝てるはずがない。
なぜ帝国がこのような自殺行為とも言える戦争を起こしたのか。
それはラウネの知るところではないし、興味もない。




