大陸暦1526年――12 最後の手紙
……これは本当に夢なのだろうか……?
講堂に多くの生徒が並んでいる。
士官学校の卒業式だ。
卒業式には、体調が思わしくない皇帝陛下の名代として、皇太子殿下が参列なさっていた。
皇太子殿下を拝見するのは入学式以来、これで二度目だ。
今年十九になられる殿下は、立派に成長なされていた。
側に護衛である黒炎騎士とフリュノス女侯爵を従え、堂々とした佇まいで演台に向かう姿は、入学式で父帝の後ろに付いていた幼い皇子の面影はもはやない。
殿下は演台で生徒に祝辞を述べる。
その声は若々しく、その表情は殿下の人となりが滲み出るように柔らかい。
だがあのとき私は、得たいの知れない寒気を感じていた。
皇太子殿下の優しげな瞳の奥に、仄暗い何かを垣間見た気がしたのだ。
*
私は士官学校を上位の成績で卒業し、正真正銘の騎士となった。
家に帰ると、父も母も、すでに文官となっていた兄も、自分のことのように喜んでくれた。
その日は久々の家族団らんを楽しんで、夜にエルデーンに手紙を書いた。
夢であった騎士になったこと、配属先は昔、私たち家族を助けてくれたあの零黒騎士団に決まったこと。
そしていつものように何気ないことを書きつづり、手紙の最後はこう締めた。
新人遠征訓練が終われば休暇がある。
今度は私から会いに行く、と。
*
エルデーンからの返事は訓練に出発する前日に届いた。
内容は騎士になったことへの祝いと、私の家族の話題、そして訓練がんばってね、とこれまでに比べたら短めの手紙だった。
恐らく訓練に間に合うようにと、急いで書いてくれたのだろうと思う。
だけど今回は短い代わりに、手紙の最後に追伸があった。
――とびきりのお土産を用意して待っているわ。
これが彼女とやりとりした最後の手紙。
彼女との思い出は終わった。
これ以上の先はない。
ないのだ――。




