大陸暦1527年――09 悪魔2
そんな欲求不満な学校生活も最後の年になったころ、あるとき飄々とした老人が目の前に現われた。
獄吏官長と名乗った老人は、自分に尋問官にならないかと誘ってきた。
尋問官が勤める監獄棟は、国中からさまざまな犯罪者が集まる場所だ。
色んな過去、色んな性質、それらを持ったものが一同にやってくる。
そしてそれらを合法的に追い詰めることが出来るのが尋問官という職業。
それは自分にとって天職以外のなにものでもない気がした。
だからラウネはすでにきていた他の誘いを断わり、尋問官になることを選んだ。
そして自らが思った通り尋問官は天職だった。
ただあまりにも適正すぎた結果、主席尋問官だけならともかく獄吏官長まで押しつけられる羽目となった。
おかげで仕事量は増えてしまったが、監獄棟を思い通りにできる立場は悪くはなかった。特に興味がない対象者を、あれこれ理由をつけて尋問せずにすむのはありがたい。
そう、このセドナ・バルゼアのように。
ラウネは、もとより生に未練のない人間に興味はない。
生を諦めている人間の負の感情など、美味しくもなにもないからだ。
本来なら担当尋問官に任せて、あとはほうっておくところだ。
しかし今回はそうもいかない。
レイチェル・イルスミル――あの真面目で、お節介で、口うるさい友人が、今回の件に絡んでいるからだ。
被害者であるエルデーン・シャルテは、レイチェルの補佐だった新人騎士だ。
何度か世間話にも出てきたことがある。レイチェルはエルデーンに目をかけていたようだ。それを本人の口から聞いたことはないが、聞かずとも彼女の言動を見ればそれは一目瞭然だった。レイチェルは非常に分かりやすい人間なのだ。
だというのに、今回にかぎっては彼女の真意が見えない。
全部ではないが、見通すことができないのだ。
あのあともレイチェルは何度かここに顔を出してきた。
その行動が、可愛い部下を殺したのが誰か知りたいがためなら理解できる。
だがどうもレイチェルはセドナにも感情を傾けている節がある。
レイチェルが自分を動かせたがっているのがその証拠だ。
ラウネが尋問すれば必ず真実が明らかになることをレイチェルは知っている。
それはつまり今の状況――セドナの処刑――が間違っていると彼女は思っているということだ。
そう、レイチェルはセドナが犯人でないと考えている。
しかも自分の話を聞く前から。
ありえないことだ、とラウネは思った。
レイチェルは頭は悪くないが、よく回るほうではない。
それに加え性質を見抜けない彼女が、いま知り得る情報――現場の状況――だけで、そこまで行きつくことはまず無い。
それでも行きついたのは知っているからだ。彼女しか知り得ない情報を。
あの現場に一番にたどり着き、手を縛られ死んでいる部下と、その横で血液が付着した剣を持って立っていたセドナを目の当たりにしてさえも、セドナが犯人でないと思える何かをレイチェルは握っている。
だからといって助けようとするか?
部下ならともかく、わざわざ敵国の騎士を?
戦時中の忙しい中、状況を確認するためにここまで出向いてまで?
いったい彼女に何の得がある?
一通り考えて、ラウネは大きなため息をついた。
――得がなくても、動くのがレイレイだもんねぇ。
仕方がない、とラウネは腹を決める。
レイチェルに借りを作るのは、自分としても得にはなっても損にはならない。
問題は、問い詰めるだけの材料が足らないということだ。
セドナがエルデーンを手にかけていないことは分かっている。
自白しないのがその証拠だ。
嘘がつけないセドナは、己が死にたいがために、嘘の供述が出来ない。
そうなるとエルデーンを殺した人間は、現場の状況から自ずと見えてくる。
ただなぜ、そういう状況になったのかが分からない。
それに加え、セドナは死にたいという感情とは別に、何かを頑なに守ろうとしているようにも思える。これはただの感だが。
いずれにしても一つの仮説はあるが、それを繋げる要素がない。
レイチェルが隠していることを話してくれれば、あるいは。
「まぁ追い詰められれば話すでしょー」ラウネは独りごちる。
どうせこの戦争は半年も続かない。
帝国の敗北でもうすぐ終わるのだ。
だからそれまで待つとしよう。
今のままでも落とせはするだろうが、披露するつもりはない。
やはり物語というものは、自分で納得しないと意味がないのだ。




