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騎士物語  作者: 連星れん
前編

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27/72

大陸暦1521年――08 最後の夏3


「寂しくなるね」


 机の引き出しに書面をしまっていた私の背中に、エルデーンがぽつりと呟いた。

 振り向くと、彼女は寂しげな表情を浮かべて微笑んでいる。

 士官学校は全寮制だ。たとえ休みの時でも家に帰ることはできない。

 だから卒業まで、最低五年はエルデーンと会えなくなる。

 今までは毎年会えていたのに、五年も会えないのだ。

 それは分かっていたことだけど、改めてそのことを考えると、急に寂しさが込み上げてきた。彼女の顔を見ていると、その思いはさらに膨れ上がる。

 ……でも、二度と会えないわけじゃない。


「手紙!」私は寂しさを振り払うように強く言った。「書くから。……書いてもいい?」


 私たちは今まで、誕生日カードを送ることはあっても、手紙のやりとりというものをしてこなかった。それは初めの夏にエルデーンが『会えない一年で話したいことを溜めておいたら、そのほうが会えたときもっと楽しいから』と言ったからだった。

 でも会えないのなら、もう彼女と繋がるのは手紙ぐらいしかない。


「もちろん」エルデーンは微笑んで頷いた。「私も書いたら届くかな?」

「届くけど、多分、検閲はされると思う」


 士官学校は規則が厳しいと聞く。恐らく生徒の手紙は確認されるはずだ。

 他人に見られるとなると流石に書きづらいだろう。自分はそれでも書きたいので書くけど、返事を無理強いは出来ない。

 私がそのことを伝えようとしたら、エルデーンが先に口を開いた。


「それなら、帝国の悪口を書かないように気をつけなくちゃ。帝都のスコーンは少し甘すぎるとかね」


 彼女は人差し指を立てると、意地悪そうに笑った。


「えぇ、あれが丁度良いのに。だいたいエルが作ってくれた星都せいと式のスコーンは塩味が強いよ。あれはいただけない」


 聞き捨てならない意見に、私は自然と反論してしまう。


「あれがいいのよ。甘い紅茶と合うのだから」

「私は紅茶に砂糖はあまり入れないし。というか帝国人は甘い紅茶が苦手だし」

「でもセバルは私の作ったスコーンを、たっぷり砂糖を入れた紅茶と一緒に食べて、星都せいと式のスコーンは最高だなあ、うちも今後これにしようよ、て言ってたよ」

「お兄様は異端だから! あんなの除外だよ除外!」

「異端って」


 エルデーンが吹き出す。

 それを見て、私も思わず吹き出した。

 そして顔を見合わせて笑う。

 お互いの国の批判をしているというのに、その内容が本当にくだらなくて、それが本当におかしくて。

 そのあとすぐに「だれが異端だー?」と部屋を覗いてきた兄を見て、私たちはまた笑った。


 私はそのとき、これが平和というものかな、と思った。

 安易に思ったことだったけれど、それは思いのほか間違いではなかった。


 そう、平和だったのだ。


 人は悲しくも、失ってからそれに気づく。

 失うまでは、何が平和で、何が本当に大切なものか気づかない。

 なんて人は難儀な生き物だろう、と私は思った。


 それが、エルデーンと出会って五年目。

 最後の、夏期の記憶だった……。



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