大陸暦1521年――08 最後の夏3
「寂しくなるね」
机の引き出しに書面をしまっていた私の背中に、エルデーンがぽつりと呟いた。
振り向くと、彼女は寂しげな表情を浮かべて微笑んでいる。
士官学校は全寮制だ。たとえ休みの時でも家に帰ることはできない。
だから卒業まで、最低五年はエルデーンと会えなくなる。
今までは毎年会えていたのに、五年も会えないのだ。
それは分かっていたことだけど、改めてそのことを考えると、急に寂しさが込み上げてきた。彼女の顔を見ていると、その思いはさらに膨れ上がる。
……でも、二度と会えないわけじゃない。
「手紙!」私は寂しさを振り払うように強く言った。「書くから。……書いてもいい?」
私たちは今まで、誕生日カードを送ることはあっても、手紙のやりとりというものをしてこなかった。それは初めの夏にエルデーンが『会えない一年で話したいことを溜めておいたら、そのほうが会えたときもっと楽しいから』と言ったからだった。
でも会えないのなら、もう彼女と繋がるのは手紙ぐらいしかない。
「もちろん」エルデーンは微笑んで頷いた。「私も書いたら届くかな?」
「届くけど、多分、検閲はされると思う」
士官学校は規則が厳しいと聞く。恐らく生徒の手紙は確認されるはずだ。
他人に見られるとなると流石に書きづらいだろう。自分はそれでも書きたいので書くけど、返事を無理強いは出来ない。
私がそのことを伝えようとしたら、エルデーンが先に口を開いた。
「それなら、帝国の悪口を書かないように気をつけなくちゃ。帝都のスコーンは少し甘すぎるとかね」
彼女は人差し指を立てると、意地悪そうに笑った。
「えぇ、あれが丁度良いのに。だいたいエルが作ってくれた星都式のスコーンは塩味が強いよ。あれはいただけない」
聞き捨てならない意見に、私は自然と反論してしまう。
「あれがいいのよ。甘い紅茶と合うのだから」
「私は紅茶に砂糖はあまり入れないし。というか帝国人は甘い紅茶が苦手だし」
「でもセバルは私の作ったスコーンを、たっぷり砂糖を入れた紅茶と一緒に食べて、星都式のスコーンは最高だなあ、うちも今後これにしようよ、て言ってたよ」
「お兄様は異端だから! あんなの除外だよ除外!」
「異端って」
エルデーンが吹き出す。
それを見て、私も思わず吹き出した。
そして顔を見合わせて笑う。
お互いの国の批判をしているというのに、その内容が本当にくだらなくて、それが本当におかしくて。
そのあとすぐに「だれが異端だー?」と部屋を覗いてきた兄を見て、私たちはまた笑った。
私はそのとき、これが平和というものかな、と思った。
安易に思ったことだったけれど、それは思いのほか間違いではなかった。
そう、平和だったのだ。
人は悲しくも、失ってからそれに気づく。
失うまでは、何が平和で、何が本当に大切なものか気づかない。
なんて人は難儀な生き物だろう、と私は思った。
それが、エルデーンと出会って五年目。
最後の、夏期の記憶だった……。




