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騎士物語  作者: 連星れん
前編

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25/72

大陸暦1521年――08 最後の夏1


「何を見ているの?」


 書面を読んでる私の視界に、エルデーンがひょっこりと入ってきた。

 その顔が思いのほか近くて、胸の鼓動が早くなる。


「宣誓書」私はそれに気づかれないように、平然を装って答えた。「入学式で言うんだ」


 今年で十歳になる私は来年、帝都士官学校への入学が決まっていた。

 士官学校への入学は帝国で騎士になるためには必然で、貴族であれば家系関係なく入ることができる。でもそれは逆に言うと、帝国では平民がどう足掻いても騎士にはなれないという意味でもあった。

 皇太子殿下の護衛である黒炎こくえん騎士のような例外はあるけれど、彼は特例中の特例だ。帝国で平民出身の騎士は彼一人しかいない。

 でも他国には平民の騎士は沢山いる。他国では士官学校が万人に開かれており、騎士になるための身分の制約がないからだ。

 ではなぜ帝国では貴族しか騎士になれないのか、私は疑問に思った。

 帝国の騎士制度のことは、騎士を目指すと決めたときにはすでに知っていたのに、そのときの私は何も思わなかった。だというのに今になって、そのことが気になっている。

 それはこのことだけではない。

 最近は、帝国の様々なことに疑問を感じている自分がいる。

 今まで当り前だと思っていたことに対して疑問を抱くようになったのは、大人になってきている証拠なのだろうか。


「嬉しくないの?」エルデーンが言った。

「え」

「難しい顔をしているから」


 エルデーンが眉を寄せて、むっとした表情を作った。

 どうやら私の顔真似をしているらしい。

 その顔が彼女に似合わなすぎて、私は思わず笑みを漏らす。


「そんなことないよ」


 騎士になることは私の夢だ。

 子供のときから馬鹿みたいに一途に追いかけてきた夢なのだ。

 だから学校に入り、本格的に騎士になるための勉強と訓練が出来ることは嬉しい。でもその反面、素直に喜べない理由もできてしまっている。

 ただ、それらを抜きにしても、私には目の前に現実的な難題があった。


「嬉しいけど、これ全部覚えなければいけないから」


 手元の書面を見る。そこには皇帝陛下の御前で宣誓しなければならない言葉が、長々と書き記されている。

 エルデーンは納得するように言った。


「セドナ、暗記が苦手だもんね」


 そう、苦手なのだ。

 物事を覚えるのことはそれなりに得意なのに。

 問題は覚えるために、文字を読まなければいけないということだった。

 私は文字を読むこと自体が苦手だから、その流れで自然と暗記も苦手なことになる。それでも勉強をするときは我慢して教本を読んではいるけど、やっぱり苦手なのには変わりない。

 エルデーンが私の持っている書面をひょいと取ると、文面を流し見た。


「でも、普通に大変かも」

「でしょ? 興味があることならまだ覚えられるんだけど」

「皇帝陛下への誓いを興味の無いことって言ったら怒られるよ」


 エルデーンはそう言うと、口元に手を当てて笑った。

 その仕草でまた胸の鼓動が早くなり、私はあからさまに目をそらしてしまう。

 明らかに不自然な挙動だったけど、幸い彼女はそれに気づくことなく書面を読み続けている。

 内心ほっとすると、もう幼馴染みと呼べる間柄のエルデーンを見た。

 エルデーンはここ一年で、随分と健康的になったように思える。

 身体の弱さからきていた、子供のころからまとっていた儚げな雰囲気が一切なくなったのが大きな原因かもしれない。

 体調も去年こちらで崩したのを最後にすこぶる良好らしく、エルデーンはあのときのことを『弱い私の最後の悪あがきだったのね』と笑って話していた。そのあと流れるように、私が不安で泣いたことをからかわれたけれど。……ほんと、今思い返すと恥ずかしくて悶えそうになる。


 ともかくにもエルデーンが健康になったことは何よりも喜ばしいことだ――喜ばしいことなのにどうも最近、彼女を見ていると気持ちが落ち着かないことがよくあった。

 その原因はおそらく、エルデーンが健康的になったのに加え、身体も成長した所為ではないかと思う。

 出会ったころから落ち着いていてどこか大人びているエルデーンだったけど、今までは幼い外見との差異があって、子供らしくない仕草をしても愛らしい印象しか感じなかった。

 けど最近は身体が成長したことにより、外見と内面が一致する場面が出てくるようになった。そのときの表情や仕草一つ一つが大人の人のようで、私は妙に意識してしまう。

 それは私がまだ子供だからだろうか。

 それともほかに何か――。

 理由を考えていると、それに呼応するかのように、胸の奥に仕舞いこまれていたものが姿を現わした。

 それは以前、胸に強いざわめきを感じたとき、その変わりとして形成された感情。この感情は形成されたあのときから、エルデーンと一緒のときでも、一緒ではなく彼女のことを考えているときでも、現われることがあった。

 私にはこれがまだ何か分からない。分からないけど、この気持ちについて考えていると、いつも自然と胸と顔が熱くなる。

 顔が熱く――なっていた私は慌てて火照りを振り払った。

 エルデーンが驚くようにこちらを見る。


「どうしたの?」

「え、っと」私は嘘のない言い訳を必死に考える。「あ、確かに、興味がないだなんて、皇帝陛下に失礼だったなとおも、って」


 動揺からぎこちない喋りと笑顔を浮かべる私を見て、エルデーンは怪訝そうな顔をする。けど最後には「変なセドナ」と言って流してくれた。

 何とかうまくかわせたことに私は安堵する。

 エルデーンは書面に視線を戻した。

 私は横から覗き込もうとして、ふと気づく。

 自分の肩の位置より、彼女の肩の位置が高いことを。

 そういえばエルデーンが成長したせいか、身長が以前よりも差がついている気がする。彼女が一つ上で、成長期も先にくるのだからそれは仕方のないことだけれど。


「また難しい顔をしてる」


 今度は悔しさが顔に出ていたらしい。


「暗記苦手だから。どうしてもこういう顔になるの」


 私は真実でごまかす。まだ背に拘ってると知られるのは何だか恥ずかしい。


「これって新入生全員で言うのでしょう?」エルデーンが書面を返してくれながら言った。「少しぐらい曖昧でも大丈夫じゃない?」

「それは駄目」私は書面を受け取りながら、即答した。「ちゃんとやらないと」


 エルデーンがくすっと笑ったので、私は首を傾げた。


「ごめんなさい。セドナのそういうところ、凄いなあって思って」

「そういうところ?」

「一途で、一生懸命で、不正と嘘が嫌いなところ」

「普通だと思うけど」

「そうでもないよ。それを貫き通せるのはとても凄いことなのよ」


 褒められたのが分かって、私は目をそらした。

 これには流石に気づかれて、エルデーンはいつものように恥ずかしがる私を見て楽しんでいる。それは見なくとも、耳に届いた小さな笑い声で分かった。



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