表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士物語  作者: 連星れん
前編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/72

大陸暦1519年――05 騎士物語3


「私はエルの声が好きなの! エルの声は凄く綺麗だから、エルの声でお話が聞きたいの!」


 そう勢いで口にしてから、私はすぐに後悔をした。

 エルデーンは虚を突かれたように目を丸くしている。

 やってしまった。よりにもよって本人も前で。

 失態に一気に顔が熱くなった私は、あからさまに顔をそむけた。

 あぁまたからかわれる――。

 自分が恥ずかしがると、最近は決まってエルデーンがからかってくるのだ。

 それはもう、楽しそうに笑って。

 私にはそれを黙って耐えるしか術はないので、気持ち身構えて攻撃に備える――が、いつまで経ってもエルデーンからの攻撃が来ない。

 おかしいな。いつもならすぐにでも笑い声が飛んでくるのに。

 もしかしてエルデーンはからかう以前に、自分に引いてしまったのではないだろうか。声が好きだなんて、やっぱり普通ではないのだろうか。これで彼女に嫌われたらどうしよう。

 そんな不安を抱きながら、私は横目で隣のエルデーンを見た。

 彼女はこちらを向いてはいたけれど、目を伏せている。

 まさか――と私は驚く。

 想像だにしなかった展開に、私は抱いていた不安を置き去りにし、真正面からエルデーンを見た。


 白い肌によって、より強調された赤で染まる顔。

 伏し目がちに口をつぐんだ、その表情。


 間違いない。

 エルデーンは私の言葉で恥ずかしがっていた。

 思えば今まで、エルデーンの行動や知識にたいして感心はしたことあるけれど、容姿や特徴に関して触れたことは一度もなかった。

 もちろん、それは褒めるところが無いからではない。

 エルデーンのふわふわな金の髪や、いつも優しさを湛えた透きとおるような薄緑の瞳、そして小鳥のさえずりのような美しい声を、私はいつだって綺麗だと思っていたし大好きだった。

 けどそれを知られるのが恥ずかしくて、からかわれるのが嫌で、その気持ちを心に秘めていたのだ。

 そうやって今までひた隠しにしてきた自分の好みを本人に知られ、当然ながら恥ずかしい思いはあった。

 でもそれ以上に、いつも落ち着いていてどこか大人びているエルデーンが見せた初めての羞恥の反応は、自分の恥ずかしさを感じさせないほどの衝撃があった。


 次第に胸の辺りがざわざわとして落ち着かなくなる。


 人を褒めるとこういう気持ちになるのか、とも思ったけど、どうも違う気がする。だって今までもエルデーンを見ていると、こういうざわつきを感じることはあったから。でもいつもは気になるほどではなかった。ここまで強いのは今回が初めてだ。

 自分の中で起こっていることに戸惑いを感じながらもエルデーンを見ていると、同じく戸惑うように視線を上げた彼女と目が合った。

 驚くように見開いたエルデーンの薄緑の瞳が、朝の木漏れ日を受け、キラキラと輝く。

 それがあまりにも綺麗で、いつも見ている瞳なのに、そのときはまるで宝物を見ているような感覚を覚えた。

 胸の鼓動が早くなり、胸のざわつきはさらに強くなる。

 このままではどうにかなってしまいそうだ、と思った私は、目をそらそうと試みるけれど、体が固まったように動かない。

 それは彼女も同じようで、お互いに視線を通わせながらも無言の時間が過ぎていく。

 それは時間にして、わずか数秒の出来事だっただろうと思う。


 でも私には、その時間が永遠のように感じた。


 沈黙の中、先に目をそらしたのはエルデーンのほうだった。

 それで私も金縛りが解けたように、顔もそらした彼女にならう。

 私は一息つくと、自分の胸に手を当てた。

 鼓動はまだ早いが、胸のざわめきは無くなっているようだった。

 けれどそれに変わるように、胸の奥で何かが形成されているのが分かる。

 それはざわめきよりは明確で、だけど今まで感じたことがない、よく分からない感情。

 ――なんだろうこれ。

 答えを求めて隣のエルデーンをちら見するが、彼女は依然と顔をそらしたままで、表情を窺うことはできない。

 もしかしたらエルデーンにも、自分と同じことが起こっているのだろうか。

 もしそうならば、この感情が何なのか知っているだろうか。

 でも例え彼女が知っていても、それを聞くにはすごく勇気を必要としそうで、今の自分には出来そうにもなかった。

 お互いそっぽを向く形で、沈黙が続く。

 エルデーンと一緒にいてここまで無言が続くのは出会って以来、初めてのことだった。

 この何とも言えない空気感を私は気まずいと思ってはいたけれど、不思議と居心地の悪さは感じなかった。それどころか、むず痒いのにいつまでも味わっていたいような、貴重でとても大切なもののように思える。

 けど、このままでは気まずいことには変わりない。

 この空気を作り出したのは自分なのだから、自分がどうにかしないと。

 そう思い、私は意を決して口を開いた。


「えっと、そういえば、お父様が言ってたけど、エルのお家が騎士の家系って本当?」


 口を開いた途端、訊きたいことを思い出したのは幸だったといえる。


「昔の話よ」エルデーンの声は、努めていつもの調子で喋ろうとしているように聞こえた。「父はセドナのお父様と同じ文官だし、双子の兄も騎士になるつもりはないみたい。だからシャルテ家はもう何代も騎士は輩出していないの」


 ここでやっとエルデーンはこちらを向いてくれた。

 表情は堅く、まだ気恥ずかしさが浮かんでいるようだったが、私はそれに気づかないふりをする。


「へーそうなんだ。もったいないなぁ。エルも騎士になりたくないの?」

「私には無理よ」エルデーンは苦笑する。

「どうして? よくなってるんでしょう?」


 それはこの前、エルデーン本人に聞いたことだった。

 彼女の身体は年々よくなっており、向こうでも体調を崩すことはほとんどなくなったらしい。だから外にも大分、出歩けるようになったと彼女は嬉しそうに話していた。


「それはそうだけど」

「それならなれるよ。あ、ほかになりたいものがあるなら別だよ。私はエルがしたいことはなんでも応援する! 世界で一番、応援するよ!」


 言葉の選びかたが面白かったのか、エルデーンの顔がほころんだ。

 彼女の自然の笑顔を見て、私は安堵する。

 よかった、これでいつも通りだ。

 先ほどの雰囲気は嫌な感じはしなかったけれど、やっぱり彼女とは気軽に話せるほうがいい。


「エルは何かなりたいものないの?」


 私の問いにエルデーンは「そうね」と言って人差し指を口元にそえると、考えを巡らすように視線を動かした。視線は円を描き、最後は手元の本に行き着く。

 そこで彼女は思い付いたように顔を上げると、こちらを見た。


「私、お姫様になりたいな」


 それは希望というよりは、問いかけるような口調だった。

 手元の本を見てからのこの台詞――それが何を意味しているのか、私はすぐに理解する。


「それなら私は騎士だ!」


 そう、お姫様には騎士が必要なのだ。

 だからエルデーンがお姫様になるのなら、私は騎士にならないといけない。

 だって私は、何があっても彼女を守ると誓ったのだ。

 二年前、場の勢いで口にした言葉だけれど確かに誓ったのだ。

 私は立ち上がると、エルデーン姫に手を差し伸べた。

 彼女は満足そうに微笑むと、私の手を取った。


 それから私たちは、騎士物語ごっこ遊びをした。

 悪の騎士役は、兄を引っ張ってきてなってもらった。

 途中から母も、仕事が休みだった父も私たちの劇を見に来た。

 悪役を与えた兄は、気が乗らないかと思いきや意外と乗り気で、兄の快演を見た父は「文官ではなく役者になれ」と言って笑った。

 物語の最後はもちろん、私が悪の騎士を見事に打ち倒し、エルデーン姫を助け出してハッピーエンド。



 そのあとも、何度か騎士物語は上演された。

 悪の騎士役は変わることがあったけれど、騎士とお姫様の配役は変わらない。

 物語の中では、いつだって騎士は姫を助け出す。

 そして、心のままに姫を守ると誓うのだ。

 何度でも助け出し、何度でも誓う。

 

 ――そう。物語の中では、かのじょを失うことはないのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ