大陸暦1518年――04 負けず嫌い1
夢を見ている――ベッドに横になった記憶があるのでこれは夢だろう。
私はバルゼア家の邸宅の玄関ホールで、落ち着きなく行ったり来たりしている。
朝食の時に父から、今日にもエルデーンが到着すると聞いて以来、ずっとそうしている。
彼女を待つ私の気分は高揚していた。
それはもちろん、一年振りにエルデーンに会えるのが嬉しいからだけど、それに加えて、彼女に成長した姿を見せられることも楽しみだった。
この一年、私は毎日欠かさず鍛錬を続けた。
そのお陰でまだ細腕ながらも難なく木剣を振るえるぐらいには筋肉がついたし、日々の走り込みで足も速くなった。
そして肝心の背丈。背丈も去年より五センチ以上も伸びた。
背丈はエルデーンを越していると思った。それは去年、彼女とした背くらべの跡を見て確信していた。
だってエルデーンの印より、自分の背丈のほうが上だったから。
だから彼女が到着したとき、私は挨拶も忘れて開口一番にこう言った。
「なんでエルも伸びてるの!」
無茶苦茶な苦情を受け、エルデーンは破顔した。
私は七歳。エルデーン八歳。
エルデーンと出会って二年目の夏期の記憶――。
私はせめて力がついたことを示そうと、エルデーンの侍女の遠慮を押しのけ、荷物を運ぶのを手伝った。エルデーンは「力持ちだね」と言ってくれたが、それでも私の気分は晴れなかった。
荷物が運び終わると、エルデーンはベッドの上に置かれたトランクの荷ほどきを始めた。私はベッドに寝転がって、まだ納得がいかない気持ちでそれを見る。
「そんなに私の背をこしたかったの?」
エルデーンが荷ほどきをしながら、横に寝転がっている私の顔を覗き込んできた。
私はいじけている顔を彼女に見せたくなくて、ベッドに顔を埋める。
「……うん」
越したかった。だって私は守る側になりたかったから。
エルデーンを守るなら、私は彼女より背が高くなくてはいけないのだから――という、何に植え付けられたのか分からない固定概念を、このときの私は持っていた。
「だって私のほうがお姉さんだもん。しょうがないよ」
エルデーンが口にした自分では思いつきもしなかった理屈に衝撃を受けた私は、勢いよく上体を起こした。
「じゃあセドナはずっと、エルをこせないの!」
先ほどの概念を信じきっている私にとって、それは何よりも大問題に思えた。
深刻な顔をしているだろう私を見て、エルデーンは思わずという風に笑みを漏らす。
「そんなことはないよ。セドナのご両親は背が高いから、セドナもきっと背が伸びるよ」
言われてみて確かに、と私は思った。
バルゼア家は長身な家系なのだ。それに加え、母も女性にしては長身だった。それは侍女や女性使用人と談話している母を見れば一目瞭然で、母はおおよその女性たちよりは頭半分ほど背が高かった。
そんな二人の子供でもある自分の背丈が、伸びない理由がない。
「ほんとに?」
そうエルデーンに確認しつつも、すでに私は勝利を確信していた。
何に対してかは分からないけど、ともかくにも勝った気でいたのだ。
それはきっと顔にも表われていただろう。
エルデーンは人差し指を口に当てて虚空を見た。それは彼女の思考するときの癖だった。そのことに気づくのはもう少しあとになるけれど。
ほどなくしてエルデーンは私を見ると、意地悪な微笑みを浮かべて言った。
「セドナが伸びた分、私も伸びるけどね」
「えぇー」
まさに天から地に落とされるというのは、こういうことだ。
エルデーンの言葉に翻弄され、私の問題は解決しなかったけれど、彼女が楽しそうに笑っているので、最後にはどうでもよくなった。
そのあと、私は思ったのだ。
ようは私が強い騎士になればいい。
背の高さなんてものは関係ない、と。




