大陸暦1527年――03 騎士隊長と悪魔尋問官3
「それをどうにかするのがお前の仕事だろう」
ラウネは驚いた顔を見せると、すぐに玩具を与えられた子供のように目を輝かせて立ち上がった。そして顎に指を当てると「んー?」と唸りながら、こちらの顔を眺めてくる。
「どういうことだろー分かりやすいキミにしてはー今の言葉は計りかねるなぁ。あの場で起きた真実が知りたいのかーそれとも本当に彼女を死なせたくないのかーどっちだろー」
好奇心に満ちる友人の顔を見ながら、レイチェルは内心、ため息をついた。
レイチェルは今まで、ラウネの仕事に口を出したことは一度もなかった。それは部隊が違う自分には、ここのやり方をとやかく言う権利も権限もないと考えていたからだ。
だというのにレイチェルは今、その境界を越えて発言をした。
あのまま黙っていれば、ここで全ての権限を持つラウネが、尋問を打ち切る判断を下すのは時間の問題だったからだ。それだけは何としてでも避けたい理由が、レイチェルにはあった。
幸いレイチェルが口を挟んだことにより、ラウネは興味を持ち始めているようだった。それはこの件に関してというよりは、この件に自分が立場以上に関心を寄せていることに対してだろうが、この際なんでも構わない。
要はこの件からラウネの興味を失せさせなければいいのだ。
そうすれば希望は潰えない。
「もしかして可哀想になったのー? 敵にまで慈悲を向けるのー?」ラウネはじわじわと詰め寄ってくる。「それ星教の教えー? だとしたら相変わらず理解出来ない考えかただなぁ。あーそういえばー殺された部下ってキミの補佐をしてた子だよねー? そうだよねー? 可愛がってたのー? ねぇレイレイ聞いうむう」
気づけばレイチェルは、ラウネの顔を鷲づかみにしていた。
なるべく彼女の興味を削がないよう耐える心持ちでいたのに、目前にまで迫られてつい手が出てしまったのだ。
――やってしまったものは仕方がない。
手の中で変なうめき声を上げるラウネを無視し、とりあえずそのまま椅子に押しつけて座らせた。
「うぁーレイレイーひどいよぅ」手から解放されたラウネが文句をたれる。
「う、るさい。だいたい、死にたがっているのなら、肯定すれば早い話だろ」
それは自らの行動と、ラウネの苦情から逃れるために苦し紛れに発した言葉だったが、意外にも彼女は関心を示したようで、得意げな顔で答えてきた。
「彼女はーそれが出来ない質なんだよー」
質――性質。
ラウネが言うそれの意味は、生まれついて持っているもの、だとレイチェルは認識している――認識はしているが、レイチェルはこの言葉が好きではなかった。
以前ラウネは、残虐な行為を繰り返す犯罪者に対して、彼はそういう質だから行為に理由はないんだよと言い、本人もそれを肯定した。
それは元を辿ると、彼がそうなったのは生みだした神の所為だということになる。
残虐な行為をさせるためだけに、神が彼を作り出したということになるのだ。
星教の信徒であるレイチェルには――ここ星王国では殆どのものが信徒だが――それは受け入れがたい、いや受け入れるわけにはいかない概念だった。
生まれつきだなんてものは、ただの言い訳だ。
もし理由があるとすれば、それは育った環境に他ならない。
だからこそ、レイチェルはこの言葉が嫌いだった。
たとえその性質が人を助ける、など良い意味に使われようとも。
ラウネは自分がこの言葉を好まないことを知っている。それでも彼女は、自分に気を使うこともなく話を続けた。
「キミも嘘がつけない人間ではあるけどさーそうだねぇ。命を狙われているから自分がここにきたことは内緒にしててくれーて誰かにお願いされてーその人を追ってきたいかにもわるーい人がいたらーキミは迷わず嘘をつけるーでしょー?」
細かい突っ込みはさておき、人命がかかっているのならば迷わずそうするだろうし、かかっていなくても人を助けるためならそうするだろう。頭は柔くないほうだと自覚はあるが、それぐらいの臨機応変さは持ち合わせているつもりだ。
特に返事は必要ないらしく、ラウネは更に続けた。
「彼女はそれができないのー気軽に嘘がつけないのーそういう生まれついた性質なのー」
性質はともかく、嘘をつけない人間はいる。
恐らく真っ直ぐな故に、偽りが述べられない性格なのだろう。
「生きづらいよねぇ。って彼女は死にたがってるのかぁ」
そう言ってラウネは一人、愉快そうに笑っている。
不謹慎だとは思うが、いちいち腹をたてても仕方が無い。ラウネがこういう人間だということは、学生時代からの付き合いで重々承知している。度がいきすぎると流石に窘めるが。
ラウネは気が済むまで笑うと、話を続けた。
「わたし個人としてはー死にたがっている人間を引き留めるのは性分じゃないんだけどなぁ」
それは分かっている。それでも。
「他の人間で落とせないのなら、それはお前の役目だろう」
この流れならば、まだ不自然さはないだろう。
「それに、真実を明らかにしないまま処刑などしたら、監獄棟の信頼に関わるぞ」
「だーかーらー個人的にはって言ったじゃーん」ラウネは口を尖らす。「もーわかりましたよー少し考えてみますー。キミの頼みなら尚更ねぇ」
最後にラウネはニヤつくとこちらを見た。その顔からは彼女の魂胆が丸見えだが、レイチェルはあえて気づかない振りをする。
「頼んではいない。私は職務を全うしろと言っただけだ」
「ちぇー相変わらず可愛げがなくて可愛いねぇキミはー」
それは矛盾しているだろ、とレイチェルは思ったが、変に切り返されても面倒なので口には出さなかった。




