大陸暦1527年――03 騎士隊長と悪魔尋問官2
「喋ったか」
「ぜーんぜん。頑なーに黙秘権を行使しているよー」
芳しくない返事に、口の端を歪める。
「黙っていても状況は良くならないというのに、なぜ喋らない」
「そりゃあ死にたいからでしょ」ラウネはさも事も無げに、そう言った。
「……なに」
友人が滅多に見せない、はっきりとした物言いに、レイチェルは思わず訊き返していた。
「どういう意味だ」
ラウネは左右にゆらゆら揺れると、後ろに首を曲げ、横にいるレイチェルを上目遣いに見た。
「レイレイーもう自供させるのは無理だと思うよぉ」人差し指で、ぐるぐると円を描く。「だって彼女はもうーほとんどーここにはいないものー」
ラウネは度々、抽象的な物言いをすることがあった。
彼女のように頭が良くない自分には、その言葉に込められた真意を完全に読み取ることはできない。だがセドナが現実を見ていない、ということだけは何となく察することができた。
「基本的に目を合わせないしー出来ることなら喋りたくないーて思ってるのが見え見えだしー気を抜いたらすぐあっちにいっちゃってよねー」
まるで担当尋問官のような口ぶりでラウネは話すが、セドナの担当は彼女ではない。セドナを担当しているのは、彼女の部下で次席尋問官でもあるケイン・ウルテだ。
そもそもラウネは担当を持つことはない。
主席尋問官でもある彼女の役割は、部下が落とせなかった対象者を、代わりに落とすことだからだ。
立場的には全ての尋問対象者を把握している必要はあるが、ラウネの場合は獄吏官長との兼任でもあるため、それは次席であるケインに一任しているらしい。
流石にそこまでしていたら過労死するー、と以前ぼやいていたのでそれは覚えている。
だが、そうは言いつつも収監者の受け入れには必ず立ち会っているようだし、立ち会えない各所の監獄棟にも、収監者を一目確認しに自ら出向いてさえいる。
ここまで徹底するラウネならば、セドナが収監された際も必ず立ち会っているはずだった。そして先ほどの発言は、セドナを見定めたうえでのことなのだろう。
ラウネの鑑識眼を、レイチェルは信用している。
つまり、このままではセドナは自供しない。
ラウネが言うからにはそれは憶測ではなく、絶対だ。
このままでは不味い、とレイチェルは思った。
ラウネは、ここにいる尋問官ではセドナを落とすことは不可能だと読んだ。
しかしそれは、自分以外の尋問官という意味だ。
ラウネは物事を考えるとき、基本的に自身を含めることはない。
それは自分が常識の枠外にいることを理解しているからだ。
そして周りも、これまでの経験から知っている。
ラウネにかかれば、落とせない人間は一人もいないことを。
そして真実は必ず、明らかになることを。
つまりこの状況を打開できるのは、ラウネしかいない。
しかし問題は、主席尋問官による継続尋問の義務が絶対ではないということだ。
継続尋問の有無は全て、主席であるラウネの判断に委ねられている。だからたとえ部下が継続尋問を強く要請しても、ラウネ自身がその必要性を感じないと判断すれば、尋問はそこで打ち切られるのだ。
そしてその判断基準を、レイチェルは知っている。
ラウネが対象に興味があるか、興味がないかだ。
職権乱用も甚だしいが、彼女はそういう人間なのだから今さらどうしようもない。
そして最悪なことに、ラウネはこの件に関して全く興味を示していない。
それはセドナが死にたがっているのが原因だろう、とレイチェルは思った。
ラウネは生にしがみつく人間をどん底に叩き落とすのは好きだが、生を諦めた人間にはとことん興味が無いからだ。……本当に性格が悪い。
「レイレイーこの件はさー供述がとれなくてもこちらに不利益なことは何もないんだよー? だからー彼女はキミの部下を殺したーんで処刑して終わりーそれでいいじゃんー。ねーそうしようよー? そうしよー」
思った通りの展開に、レイチェルは頭を悩ます。
意見を求めるような口ぶりでも、ラウネは確実に自分の中で話を進めている。
このままラウネが終わりだと判断すれば、それは本当に終わりだ。たとえあとから周りが何を言おうと、懇願しようと、彼女の意思は揺るがないし決めたことは決して覆らない。
……致し方ない。
レイチェルは悩んだ末、決断した。




