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騎士物語  作者: 連星れん
前編

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15/72

大陸暦1527年――03 騎士隊長と悪魔尋問官1


 中央監獄棟の最上階。

 ここには星都せいと全ての監獄棟を束ねる、獄吏官長の執務室がある。

 その執務室の角にある本棚に背を預け、レイチェル・イルスミルは所在なさげに腕を組んでいた。

 目の前の執務机には、部屋の主である獄吏官長が書類の束をめくっている。その速度は異様に速い。彼女が書類をめくるたびに、薄墨色の癖毛な前髪の隙間から、臙脂色の瞳が左から右へと素早く動くのが見える。


 ――この早さで理解できているのだから大したものだな。


 レイチェルはそんなことを思いながら、黙ってそれを見守る。

 ほどなくして獄吏官長は書類の束を確認し終えると、書類を整えながら横目をこちらに向けてきた。


 ――終わったか。


 レイチェルは息を吐くと、本棚から背を離し、口を開いた――が、その言葉はノック音と共に届いた、溌剌とした大きな声に掻き消された。


「ラウネ・サーザル・サーミル獄吏官長。マルル・ホルマル獄吏官です!」


 あらら、という顔で獄吏官長――ラウネはこちらを見た。

 レイチェルは空をつかむように口を閉じると、手で促した。


「どーぞー」ラウネが扉に向けて答える。


 その声は全監獄棟の長という肩書きにはあまりにも似つかわしくない、実に気の抜けた声だった。

 マルルは「失礼します!」と言って室内に入ると、かかとを揃えて敬礼をした。


「獄吏官長。定期調査、完了いたしました!」


 ラウネは部下から調書を受け取ると、手早く一枚一枚めくり始めた。その間マルルはというと、後ろ手を組んで黙って直立している。報告は調書を確認したあとで、と目の前の上官に言いつけられているからだ。

 ラウネはあっという間に数十枚の調書に目を通すと、一枚の調書を抜き出しマルルに指し示した。


「ホルホルーこれはー?」


 マルルはかかとを揃え直すと、背筋を伸ばして言った。


「報告させていただきます! 捕虜名、セドナ・バルゼア。収監時の身体検査で、右こめかみの傷の見落としがあったようです。追加で記述させて頂きました。申し訳ありません!」


 綺麗に直角に腰を曲げた部下に、ラウネは手をひらひらさせて軽い調子で言う。


「いーよーいーよー下がっていーよー」

「はっ! 失礼します!」


 マルルは再度、背筋を伸ばしてから敬礼をした。

 そしてこちらに向けて軽く礼をすると、部屋を後にした。

 足音が遠ざかるのを聞き届けてから、レイチェルは口を開いた。


「処罰が無しとはね。意外とお優しいんだな。サーミル獄吏官長殿」


 ラウネは執務椅子をくるりとこちらに向けると、無邪気な笑顔を浮かべて言った。


「見落としたのは他の獄吏ですからねーイルスミル第五騎士隊長殿ー」


 ラウネは芝居がかった仕草で両腕を広げると続けた。


「それにー彼女の収監時はー星都せいとの結界が止められたりー西門から帝国兵が侵入したりー挙句の果てにー、瘴魔しょうままで現れてーてんやわんやの大騒ぎー。それで責めるのはー酷というものでしょー」

「隠匿したという可能性は考えないのか」

「ないなーい」ラウネは即答した。「わたしのかーわいー部下達がぁ、そんな愚劣な真似をするわけがないよー」

「信頼してるんだな」

「当り前でしょーわたしが教示してるからねーわたしはすごいからねー」


 部下本人ではなく、自ら教示をしてきた部下を信頼してる、か。

 相変わらずだな、とレイチェルは思った。


 ラウネとは士官学校からの付き合いになるが、彼女はその時から自分の能力に対して絶対的な自信を持っていた。それは自らの力を過信しているわけでもなく、虚栄をはっているわけでもない。

 事実、ラウネは士官学校を首席で卒業し、そして去年、尋問官になってわずか一年で主席尋問官だけでなく、監獄棟の統括職である獄吏官長にまで登り詰めた。

 まさに異例のことではあるが、レイチェルの目から見てもラウネほどの適材はいないように思えた。彼女は態度や性格に難がありすぎるものの、それらをものともしないほどの類いまれな頭脳と、そして物事を推測し人の深層を見抜くことに異常に長けているからだ。


 その才能を生かし、嬉々として尋問対象者を詰めるその姿を見て、いったい誰がつけたか、ついたあだ名は悪魔尋問官。


 レイチェルはその呼び名を好ましく思っていないが、当の本人はかなり気に入っている。

 何も言わないレイチェルを不思議に思ったのか、ラウネは首を傾げてこちらを見た。


「あれーすごくないー?」


 その言動はまるで、褒められるのを期待して待っている子どものようで、先ほどの大層な肩書きを持つ人物には到底見えない。だからこそラウネに初めて面した人間は大抵、油断してかかる。そして必ず痛い目を見るのだ。


「いや、凄いよ」


 レイチェルはラウネの能力に関しては認めている。使いかたさえ誤らなければ素晴らしい才能だと。ただ部下のことをもう少し信じてやってほしいとは思う。言ったところで意味はないので口には出さないが。

 それに元より処罰にしても隠匿にしても、本気で言っていたわけではない。

 マルル・ホルマル獄吏官が職務に堅実でいて、ラウネにも実直すぎるぐらいに忠実だということはレイチェルもよく知っている。

 先ほどのは言わば、やっと口を開けた勢いで出た冗談というやつだ。


「でしょー?」肯定されて嬉しいのか、ラウネはにぱっと笑った。

「そもそもねーこんなのよく見ないと分からないよー」ラウネは机に向き直ると、一枚の調書を手に取りゆらゆらと揺らした。見ろということだ。「逆にホルホルはよく気づいたよねー偉いねー後で褒めてあげよー」


 レイチェルは調書を受け取り目を通す。

 調書の左側には簡略された人体図が描かれており、先ほどマルルが報告した右のこめかみ部分を見ると、傷を表わす×印が、そして横には、追記・右のこめかみ、生え際の下、幼少のころの古傷、と記されていた。


「それでー? キミの用件は彼女でしょー?」


 こちらを見ずに、ラウネは自分が持っている調書を指した。

 そう、レイチェルが戦時の忙しい合間をぬってここに来たのは、まさにこの少女の供述状況を訊きたかったからだった。


 帝国軍捕虜、セドナ・バルゼア。


 レイチェルが率いるせいルーニア騎士団、第五騎士隊が捕えた帝国騎士であり、帝国軍捕虜となっていた第五騎士隊所属の騎士、エルデーン・シャルテ――部下の殺害容疑にかけられている少女。

 ラウネの仕事が一区切りするのを待っていたレイチェルは、まだ自分の用件を伝えていなかったのだが、言わずとも彼女は全てお見通しらしい。

 ならば話は早い、とレイチェルは端的に訊いた。



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