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騎士物語  作者: 連星れん
前編

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11/72

大陸暦1517年――02 名誉の傷3


 エルデーンが初めてバルゼル家の邸宅に訪れた翌日。


 私は早朝から、庭で木剣を振っていた。

 前日の愛剣だった木の枝は、昨日エルデーンを庭に案内したとき、父に木の枝を折ったことが知られ、取り上げられてしまった。

 父に枝のことをこっぴどく叱られて泣いた私は、その日一日ずっと落ち込んでいた。

 エルデーンはそんな私を見ては、時より頭を撫でてくれた。

 初対面で最速、恥ずかしい姿を見せてしまったと今では思うけれど、幼い私は大して気にしてはいない。

 彼女とはそのとき、少しだけ会話をしたようにも思える。だけど私は、自分の気持ちの世話に手一杯で、内容をほとんど覚えていなかった。

 ただ一つだけ覚えていたのは、エルデーンから『自分のことはエルと呼んで』と言われたことだけ。

 その日は落ち込んだ気持ちのまま、寝床に入った。


 翌朝、目を覚ますと、枕元に何かが置いてあるのが見えた。私は寝ぼけ眼をこすりながら、それを手にする。

 それは、子供用の木剣だった。

 木剣に添えられた手紙には、父より、と一言だけ書かれている。

 おそらく父は叱りすぎたことを後悔し、母と兄の助言のもと、この贈りものを選んだのだろう。

 私は一気に覚醒すると、急いで着替えて、木剣を手に庭へと飛び出した。

 そして昨日の落ち込みようが嘘だったかのように、意気揚々と木剣を振るっている。

 木剣は木の枝よりも重く、まだ細い子どもの腕では一振りするのも大変だった。

 それでも、その重さが何だか本物のように感じられて、私は嬉しかった。


「セドナ、おはよう」


 朝に溶け込む、小鳥のさえずりのような声が耳に届いた。

 庭の戸口を見ると、そこにはエルデーンが立っている。


「おはようエル!」私は左手を挙げて挨拶を返す。


 彼女は微笑むと、空を一度見上げてから庭へと足を踏み入れた。

 エルデーンのふわふわとした金の髪が、朝の日差しを目一杯に受ける。

 母とは違い、エルデーンの髪は薄い金色ではあったけど、それでも十分なほどに彼女の髪は輝いた。


 本当にお姫様みたいだ――。


 エルデーンが歩く姿に、私は見惚れてしまう。

 昨日、初めて彼女を見たときの興奮や緊張は、父に叱られたおかげで収まってはいたけれど、それでもエルデーンを目の当たりにすると、大好きな絵本のお姫様を見たときのように胸は高鳴った。

 彼女は私のところに辿り着くと「何をしているの?」と言って、手元の木剣を見た。

 問われて我に返った私は、慌てて答える。


「えと、たんれんだよ!」

「鍛錬?」

「うん。騎士になるためのたんれんだよ!」

「セドナ、騎士になりたいんだ」

「なりたいんじゃなくて、なるの!」


 言い切る私に、エルデーンは少し目を丸くすると、感嘆するように言った。


「凄いね」


 褒められて無性に照れくさくなった私は、彼女から視線をそらす。


「えっと、エルも一緒にしない?」


 恥ずかしさを紛らわすために、私は軽い気持ちで彼女を誘ってみた。


 昨日、晴れて両親にも夢を知られてしまった私は――もともと隠していたわけではないけれど――それならばと表立って毎日鍛錬を始めようと考えていた。

 でも、そうなると相手が必要となる。

 素振りは一人でも出来るけど、手合わせとなるとそうもいかない。

 もちろん使用人のオグに言えば、必ず相手をしてくれることは分かっていた。

 オグは衛兵ほどではないにしても剣の心得がある。初心者である自分の相手にはまさに打ってつけだ。でも彼には日々の勤めがあり、早朝は必ず庭の草花の手入れをしているので、朝の相手は絶対に無理だった。


 オグが駄目となると、次の候補は兄となる。

 兄はオグのように剣は使えないし体力もないけれど、本の虫である兄は、本で得た知識を教えてくれるし教えかたも上手だ。

 でも兄は起床してから朝食までは本を読んでおり、それが日課だということを私は知っていた。それでもお願いをすれば聞いてくれることは分かっていた。でも私はそれをしなかった。いくら兄が優しくても甘えすぎてはいけない、と子供ながらに思ったのだ。


 オグも兄も駄目となると、最後は我が家の衛兵に行き当たるのだけど、彼らは家と私たち家族を守るのが仕事なので、子供の相手はしてくれない。以前に何度かお願いをして駄目だったので、それははたから諦めている。


 そうなると、結局、朝は素振りをするしかない。

 それでも十分に楽しいので不満はないけれど、もしエルデーンが相手をしてくれるなら嬉しいし、もっと楽しいだろうな、と私は思った。

 私は期待の眼差しでエルデーンを見た。彼女はそれを受け困った顔をすると、申し訳なさそうに言った。



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