断罪されて生き残ったけれど、転移先はもののけ戦国時代でした!私が天女って何かの間違いでしょう?
初めてのバトルもの上手くかけるかどうかが心配な部分もあるのですが、頑張って最後までやり遂げたいです。
深淵の谷と呼ばれる深い渓谷がある。その渓谷は国々の国境にある為、この世界では国同士の交流はなく戦争も起きない。但し、それはあくまでも国同士での事。
何事にも例外は或るもので、国内の陰謀や反乱は何処の国においても多少なりともあったのだ。
そんな世界のバレンシア王国にも不穏な空気が流れている。
それは、ある一人の少女が冤罪を掛けられてこの【深淵の渓谷】に連れて来られていた。
渓谷は各国の犯罪者を国外追放と云う名の処刑場所でもあったのだ。この渓谷から落ちて生きて帰って来た者は誰一人としていない。渓谷は底が見えない程、常に靄がかかっており、人の物とは思えない呻き声や獣のような遠吠え、断末魔が常に聞こえてくる場所だった。或る者はこの渓谷の下には川が流れているといい。又或る者は『時の流れ』があり、時間を行き来できるのだと言う者もいた。そして、中には異世界へのワームホールがあるのではと推測する者もいたが、どれが正解かは未だに解明できていない。誰一人として、生きて戻った者はいないのだから……。
だから、少女も死を覚悟していた。下も見えない高さから落ちれば確実に死が待っている事を……。
少女の名はフーディエと云い、ドミニカ侯爵家の令嬢だった。何故だったと云う過去形なのかはもうお分かりだろう。彼女は身に覚えのない罪に問われて、国中から追われる身となったのだ。在りもしない罪を着せられた挙句、婚約者から婚約破棄をされ、実家は彼女を庇うどころか絶縁された。そして、今まさに渓谷に追放処分と云う名の死刑を執行されようとしている。
「何をしている!早く突き落とせ!これは王太子命令だぞ!!」
威勢のいい声を張り上げて叫んでいるのはバレンシアの王太子ロイナン。一月前までは確かにフーディエは彼の婚約者だった。しかし、彼は2年ほど前から平民の『聖女』を名乗る光の魔法を使える少女カナに溺れていた。見た目可憐な少女は、次々と貴族令息を味方につけ、学園最後の卒業パーティーでフーディエに『聖女』を虐げた罪による婚約破棄を突きつけた。よく調べもせずに彼女の言い分だけを信じて断罪したのだ。そして、一月後の今、フーディエを追放しようとしている。勿論、追放には国王の許可を得ているので、王太子の独断ではない。しかし、それにしても一国の高位貴族令嬢を合法な調査もせずに罪を確定するなど在り得ない話である。
「王太子殿下、私は無実です。そのような事を行った覚えはありません。どうかもう一度お調べください」
涙を溜めてかつての婚約者に懇願するフーディエに
「中々の演技だな。どれ程貴様が涙を流して訴えても俺は騙されないぞ!貴様がカナを虐げていたことは大勢の者が見ていた。証拠もある。今更、命乞いをしても遅いのだ。この国では希少な聖女を虐げた者などいらない存在だ。何をしているさっさとやれ!これは王命だぞ!」
王太子の声に騎士達はフーディエを崖から突き落とした。フーディエは落ちながら目を閉じたのだ。神に祈りながら、来世は平穏な人生を歩みたいとそう願っていた。
フーディエを突き落とした後、後ろから早馬がかけて来た。
「お待ちください!王太子殿下!」
「何があった。ディーン?そんなに慌てて」
慌てて馬を駆けて来たのは、側近の一人ディーンで、フーディエの兄だった者だ。
「そ…それがフーディエこそが聖女であるという神託がありました。それを神官が隠していたのです」
「どういう事だ!詳しく話してみろ!もう刑は執行されてフーディエは崖の下だ。何もかももう遅い」
「な…なんてことを…もう御終いだ。彼女が張った結界が消えようとしているとの報告があったばかりです」
王太子は急いで王宮に帰り、父である国王に事情を詳しく聞いた。
「父上、いや国王陛下一体何があったのです」
すっかり憔悴して、項垂れている国王は重い口を開いた。
「実は5年前の聖女認定に誤りがあったとの報告があったのだ。本当はフーディエ嬢が聖女であったが、カナはフーディエ嬢の物を当日身に付けていたから、判定魔導具が反応してしまったらしい。何でもその日、大雨でカナはずぶ濡れ状態で神殿での鑑定を受けに来たらしいのだが、神殿側がこれを拒否したのだ。そこで通りがかったフーディエ嬢が彼女に自分の衣服を貸し与え、自分は代わりに神殿の制服を着て帰った。その時、フーディエ嬢は『穢れの日』だったので、後日改めて判定に訪れる予定だったらしい。しかし、運悪くカナがフーディエ嬢の衣服を着用し、その衣服には彼女の血が付着していた。それをカナが偶然触ったことで、魔導具が反応したのだろうという事だ」
「では、まさかあの数々のフーディエがカナを虐げていたという話は……」
「それについては、まだ調査中だが、恐らく洗脳に近いもので、皆を誘導したのではないかとの報告が上がっている。一人一人個人にその時の状況を確認したが、未だにその事実があったという証拠は何一つ出てきていない。つまり、カナが偽証していた線が濃厚になってきている」
「そ…そんな…俺はなんてことを……」
「既に事態を重く見た貴族らから嘆願書が届いている。フーディエ嬢を断罪した者を処罰しろとな。その中に王太子ロイナン、そなたの名も当然ある。カナは現在、取り調べ中だ。直に真相がわかるであろう。余はこの事が終結したら、王位を第二王子エイバンに譲り、離宮に引き籠りフーディエ嬢の冥福を祈る事にする」
ロイナンは父のこの言葉に自分がもう王太子ではなくなった事を実感させられた。
そして、それから一月後、ロイナンとカナは『深淵の渓谷』に追放されたのだ。ロイナンは自ら進んで渓谷から飛び降りた。カナはギャーギャー喚き散らしながら騎士に無理やり突き落とされた。
もう一度フーディエに会って、今度は謝ってやり直したいと都合のいいことをロイナンは願っている。カナは今度は絶対にフーディエに復讐してやると心に誓って、二人は渓谷の靄の中に消えたのだった。