中編
「おまえ、ころしゅ」
「ああ、おはようさん」
東の雷鳴が聞こえる時刻の直前、目が覚めた俺はガキが振り下ろしてきたナイフを手首を押さえて受け止めている。
長年の冒険者暮らしでこの手の奇襲には慣れきっている。いまさら寝込みを襲われたところでどうということはない。
それよりもありがたいのが、初手を防ぐとあっさりと諦めるようになったことだ。
最初の頃は、次の雷鳴が聞こえてくるんじゃないかって頃まで延々とナイフを突き立てようとしてきやがった。
所詮はガキの細腕だから押さえちまえばなんてことはないが……くそっ、なんだって俺はこんな面倒なガキを連れ歩いてるんだ。
理由は誰かに聞かなくたって自分でよくわかってる。あのくそったれの小鬼どもに殺された俺の妹に似てるだけだ。
赤茶けたばさばさの髪に、やたら食い意地が張ってるくせに痩せっぽちな身体……。
違うところを挙げるなら、妹がやたらにころころと笑ってばかりいて、こいつが無表情で片言しか話さないことだ。
まあ、いい。こんなのはもう何回も考えたことだ。
一度世話を見ると決めちまった。まともな人間として生きられるようになるまでは俺が面倒を見ようじゃねえか。
ひとまず、固く握りしめられたナイフを取り上げ、鞘にしまう。
ガキを共同井戸まで連れていき、一緒に水浴びを済ませて着替え、組合へ向かう。
昔は小鬼殺しの仕事も他の冒険者と変わらず、酒場に貼られた依頼書を見て適当に受けられそうなものを選んでいた。
それが、数年前から領主府の主導でいまの組合制に切り替わった。
なんでも、瘴気領域を挟んで反対にある王国と帝国の同盟軍が魔王軍に押されていて、配下の魔物たちが活性化しているらしい。
そのせいで、俺たち南方諸国連合の領地へと侵入していくる小鬼どもが増えた。
昔のように、冒険者個人が好き勝手に依頼を受けていたんじゃ処理しきれないし失敗も増える。
そこで小鬼殺しの依頼は一旦組合が預かり、適切な実力を持つ冒険者に割り振る形になった。組合の運営資金はすべて領主府持ちで依頼料の中抜きもない。
あの「子どもの菓子袋からも税を取る」って揶揄される領主府がこんな大盤振舞をしているのだから、どれだけ切羽詰まってるのかわかるってもんだ。
組合の事務所につくと、受付で適当な依頼を見繕うように頼む。
受付を勤めている女は旦那を小鬼に殺されたそうで、安い給金に文句も言わず熱心に働いている。
俺は剣を振るって小鬼を殺し、この女は書類を回して小鬼を殺す。どっちがマシな生き方なのか。
殺す小鬼は直接の仇じゃない。出口のない復讐に一生を捧げている点では結局同類か。
復讐は、誰だって自分の手で成し遂げたいもんだ。
「北西の村で10匹以上です。おひとりで大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
では、と女は依頼書の写しを渡してくる。それを受け取り、組合を後にして広場へ移動する。
この時間なら、朝一番で農作物を売りに来た村の人間がいるはずだ。その馬車なり、牛車なりに同乗できれば移動も話も早くなる。
少し聞いて回ると目当ての人間はすぐに見つかった。依頼書を見せると二つ返事で同乗を許可してくれた。
男は働き盛りの年頃だったが、表情に疲れが見える。何年も断続的に続く小鬼どもの襲撃で神経をやられているのだろう。
男が仕事が終えるのを待ち、ガキと一緒に牛車の荷台に乗り込む。
無用な面倒を避けるため、ガキには外套を頭からかぶせて角を隠している。
宿や組合の連中は事情を知ってるからそんな必要もないが、知らない人間からは混ざりモノというだけで憎悪や恐怖の対象となり得る。
「あれ、子どもも一緒に来るんですか?」
「おまえ、ころしゅ」
「は?」
「すまんな。親戚のガキなんだが、事故でこんな風になっちまって目が離せねえんだ」
「はぁ……それはご愁傷さまで」
「あんたに危害を加えることはねえから安心してくれ」
このあたりで事故といえば、たいていは小鬼絡みの不幸だろうと説明せずとも納得してくれる。別に、嘘はついてない。
それから俺以外に危害を加えないというのも本当だ。連れ帰ってしばらくのうちは誰彼かまわず飛びかかったが、何度も叱るうちに俺しか狙わなくなった。
なんで俺だけはやめないんだと尋ねると、「とくべつ」とだけ答えられた。そんな特別扱いは求めていない。
南の雷鳴が轟く頃に、村に到着する。依頼主である村長の元へ行き、依頼書の写しを見せる。
確かに組合から来た冒険者だと納得したところで、詳しい被害状況や小鬼どもの動向を尋ねる。
それによると、村人たちが眠る北の雷鳴の刻が過ぎたあとに、北の枯れ森から現れては家畜や作物を盗んでいくらしい。
村の方でも不寝番を立てて対策を試みたが、ついに先日不寝番の男が殺されるという事件が起きた。
小鬼どもは馬鹿で臆病だが、狡猾だ。自分たちに被害がなく、かつ間違いなく勝てると考えて襲ったに違いない。
そうなると、10匹以上という村の見立てに間違いはないだろう。
小鬼というのは基本的に弱い魔物だ。1対1なら、たとえ素手でも大人の男が負けるようなことはない。
だが、小鬼は群れをなす。その旺盛な繁殖力で数を増やし、時には大群となって人間の集落を襲うことさえある。
俺の故郷の村は、そういう大群に襲われて無くなった。生き残りは俺を含めて両手の指で数えられるほどしかいない。
必要な情報を聞き、頼み事をひとつしてから装備を持って北の枯れ森へと向かう。
ぱっと見にはわからないが、森へと続く草むらに数筋の細い獣道ができている。そこにちょっとした罠を仕掛けながら、森へ進んでいく。
真っ白い枯れ木が並ぶ森に到着する。地面はガサガサに乾いた落ち葉や枝で覆われており、足音を消すのは難しそうだ。
枯れ森の中にも小鬼どもの形跡がある。そういった場所をわざと荒らし、痕跡がないところに慎重に罠を仕掛けていく。
これで準備は整えた。あとはやつらが来るまで待つだけだ。