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毛並み剛毛につき

 百均で手鏡を買いました。


 なぜこんな女の子みたいなものを買ったかといえば、我が家にある鏡がお風呂場の一枚しかなく、汚れた窓ガラスではそれの全体像をはっきりと見ることができなかった為である。


 全体像が見えない。そう、それはものすごく大きかった。

 床から天井まで2メートルちょっとの部屋。しかしそれはこの部屋に入るため、常にカエルのように足を折って中腰の状態でこちらを見ているのだった。


 真新しい手鏡には、はっきりと狼のような鼻の長い顔に、真っ黒な目と、鹿のような角が生えた頭が映っている。

 その手足には、毛足の長い毛が、もっさりと覆い黒々とした鉤爪がその間からのぞいていた。手足の長さのバランスや関節は人間によく似ている。ただ物凄くデカくて、毛深い。


 ちょうど、野良犬として放し飼いされた犬が、ヤバい薬を打たれてお風呂に入れずにベトベトになれば、こんな感じだ。


「噛んだりしてくれるなよ」


 意思疎通の確認はこれから行う。面白いことにその生き物は目には見えない。だが、鏡を通すと見えるので、鏡に向かって話す形となり実にへんてこりんな会話風景であった。


 そもそも返答は無いので会話にはなっていないのだが。


 触れるか否か。それが問題である。

 こちらが触れるというならば、あちらも俺を触れるという事になる。

 部屋にこんなのがいて普通でいられるわけも無く、今も正に夢の中という気持ちで手を出した。


 今思えばこの時、腕を噛みちぎられていても不思議ではなかった。


 その見えない何かは、俺が手を鼻先に近づけると身動きを取らなくなった。呼吸や心臓の音まで止まってしまったかのように動かなくなったのだ。そしてついに頬っぺたに指先が触れる。


 ゴワゴワしていた。

 例えるなら、針金を束ねて切りそろえたような、あるいはワックスを塗りすぎてプラスチックのように固くなった髪の毛か。

 見えない空中にその感触があったので、驚き手を引っ込める。


 触れてはいけない何かだと、直感で分かる。

 これは俺の知っている生き物とは違う。


 恐る恐る手鏡を覗くと、首を下に伸ばして黒い目を細めている巨大な影がそこにはあった。


 ナデナデは好きらしい。


「……あなうれしや」


 しゃがれた、若い男の声の様な物が、何もない頭上から聞こえる。


 この日より、寝ていると足先を何かに摘ままれるような感触で夜中に起きることになる。勿論鏡で見れば、そこにはアレがいるのである。構ってほしいようであった。

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