第7話 友達じゃないんだからね!
姫野が去った後、英梨はラノベを八冊も購入した。
まずは一冊試しに買って読めと説得したが、英梨は言うことを聞かない。「勇太のオススメなら面白いっしょ」と、よくわからない理屈で購入してしまった。
ちゃんと一冊読めるか心配だが……まぁいいか。英梨のヤツ、すごく満足気な顔してるし。俺もラノベに興味を持ってもらえて、ちょっぴり嬉しい。
駅ビルを出ると、日は沈みつつあった。街はオレンジ色に染まっている。まるで食べ頃の蜜柑のように色鮮やかだ。
俺たちは帰り道を二人並んで歩いた。
「えへへ。あんがとね、勇太。ラノベ紹介してくれて」
英梨は本の入った紙袋を俺に見せてそう言った。
「どういたしまして……荷物、重くないか?」
「へーきだけど……おっ。もしかして、持ってくれるん?」
「いや。聞いただけ」
「あははっ! なんの確認だし!」
英梨は嬉しそうに俺の肩をバシバシ叩いた。
……持ってあげるって言おうとしたけど、からかわれると思ってやめた。見ろよ、このハイテンションなギャルを。絶対にイジってくるだろ。
「今日は楽しかったなぁ。帰ったらラノベ読むね」
そう言って、英梨はニッコリ笑った。
「そっか……喜んでもらえて俺も嬉しいよ」
純粋な英梨の気持ちにつられて、つい俺も自然に本音が出てしまった。
そりゃ嬉しいさ。だって、俺の隣の席の子がラノベに興味を持ってくれたんだぜ? 今後、共通の趣味の話題で盛り上がれるのかと思うと、テンション上がるじゃん。そもそも奇跡だよな。陰キャの俺が休日にギャルと遊びに出かけるなんて。
……そこまで考えて、ふと思った。
どうして英梨は俺なんかを遊びに誘ったのだろう。彼女のような人気者は、他に遊ぶ相手がたくさんいるだろうに。
「なぁ英梨。なんで俺と遊ぼうと思ったんだ?」
「え? イメチェンするって話だったじゃん」
「いや。だから、俺をイメチェンして何が楽しいのかなって」
「あはは。勇太は変なこと聞くねー。もしかして、勇太は楽しくなかった?」
「そ、それは……まぁまぁ?」
「あははっ。ツンデレかよー」
英梨は笑って俺の脇腹を肘で突いた。
正直に楽しいとは言えず、俺は沈黙する。
「何か言いたそうですなぁ、勇太くん」
「いや。べつに……」
「あはは。言いたくないならいいよ。でもたぶん、あたしは勇太と同じ気持ちだから。安心して?」
「英梨が俺と同じ気持ち……?」
今日一日、二人で過ごした時間はすごく充実していた。
それが、俺と英梨が共有している気持ち。
そう考えると、なんだか胸の内側がむずがゆい。
「そっか……でも、ちょっぴり不思議な気分だ。ぼっちの俺が女の子と二人きりで遊ぶなんてさ」
そう言うと、英梨は悪戯っぽく笑った。
「ふぅん。デートみたいだなって思った?」
「なっ……」
その言葉につい反応してしまう。
俺と英梨が恋人同士……意識した瞬間、体がかあっと熱くなる。
「ねぇ勇太……あたしのこと、どう思ってる?」
これはいつものからかいだ。英梨は俺の心を弄んで楽しんでいるだけ。ただのじゃれ合いでしかない。
わかっているのに、胸がドキドキする。
英梨は俺に顔を近づけた。
「勇太……おしえて?」
甘ったるい声が耳元で囁かれる。
心臓が跳ねる。
ダメだ。もう本音が……で、でる……あふれちゃう……っ!
「どう思ってるって……好きになっちゃうよ!」
「なっ……す、好き!?」
英梨の顔はぼんっという音を立てて真っ赤になった。
「悔しいけど、今日一日すごく楽しかったよ! 服を選んでもらったときはワクワクしたし、ラノベに興味持ってもらったときは嬉しかった! 英梨と友達になれたら学校も好きになれるかもって、そう思っちゃったよ!」
「ちょ……好きって『あたしといれば学校も好きな場所になる』って意味ね……紛らわしいなぁ! 勘違いしちゃったじゃん、ばか!」
「勘違い?」
俺は英梨の目を真っ直ぐ見て言った。
「英梨は何を勘違いしたの?」
「えっ? そ、それは……」
「ねぇ。俺の目を言ってごらん?」
「……い、言えるかぁ!」
英梨は目をぎゅっとつむり叫んだ。
「きょ、今日はありがとね! また学校で! ばいばい!」
英梨は礼を言い、大急ぎで去っていった。
いかん。また本音で無双してしまった……英梨、怒っていたよな。でも俺、なんか不快なこと言ったかな?
「……俺も帰るか」
一人で夕暮れの街を歩きながら、今日一日を振り返る。
どのシーンを切り取っても、英梨の笑顔ばかりが頭に浮かぶ。
もしかして、俺も笑顔だったのかもしれない。そう思うと、なんだか胸の内側がぽかぽかした。
友達と遊ぶのも、悪くないかもしれないな。
「……いやいや! からかって遊んでくる女子が友達なもんか!」
たしかに英梨と一緒にいると楽しいけど、友達じゃない! あれは……そう! 仲のいいクラスメイトってだけ! 友達と呼べるほど親しくないから!
「いくら可愛い女の子にちょっかい出されても、俺は絶対に絆されないぞ……!」
そんなことを考えながら、夕日に染まった家路を歩いた。