第5話 ギャルと休日デート
週末の日曜日を迎えた。
今日は英梨とのデート当日。駅にある時計台の前で待ち合わせをしている。
ちらりと時計台を見た。時刻は午後二時ちょっと前。そろそろ待ち合わせ時間だが、英梨の姿はない。もうそろそろ来てもいいんだけどな……。
そわそわしていると、スマホからピロリと通知音が鳴った。
確認すると、メッセージアプリに英梨から連絡が来ている。
『時間ぴったしに到着っぽーい』
メッセージはそれだけだった。俺も「了解」と簡単に返信する。
先日、英梨は「連絡先交換しよーぜ?」と言って、俺のスマホにメッセージアプリをインストールした。拒否する暇もない。半ば強制だった。
「インストールしても、英梨しか連絡を取る相手いないんだよなぁ……」
独り言ち、再び時計を見る。待ち合わせ時刻の一分前だ。直に英梨が来る頃だろう。
……英梨のヤツ、どんな私服を着てくるのかな。
俺の私服は英字の書かれた黒いTシャツにベージュのチノパンだ。いかにも服に興味なさそうな男のファッションである。ギャルと並んで歩くと、絶対に浮くと思う。
英梨は……なんとなく、セクシーな服を着てきそうな気がする。胸元が開いていたり、スカートの丈が際どかったり……。
いかん。セクシーな私服の英梨を想像したら、なんだか緊張してきた。
……落ち着け。変な想像はするな。平常心でいるんだ――。
「わっ!」
「どぬわぁぁぁ!」
急に後ろから声をかけられ、驚いて変な声を上げてしまった。
慌てて振り返る。私服姿の英梨がゲラゲラ笑っていた。
「あはははっ! 勇太の反応ウケるんですけどぉ!」
「会って早々からかうな!」
休日も同じノリかよ。街中で本音無双したらどうするつもりだ。
「あはは。悪かったよー。気をつけんね」
「絶対に気をつけなさそうな軽い返事だな……」
「ねぇ。そんなことより勇太さぁ、あたしの私服どうよ?」
英梨はくるっとその場でターンした。
落ち着いた色合いのニットワンピースだった。色はネイビー。丈はやや長めで膝が隠れている。黒いタイツを履いていて、足元は赤いヒールだ。
てっきりギャルっぽい服装で来ると思ったが、めちゃくちゃ大人っぽい。学校で見る英梨とは全然雰囲気が違う。
「その……似合ってんじゃね?」
「おっ。彼氏からお褒めの言葉をいただきましたー」
「彼氏ちゃうわ!」
油断していると、すぐにからかってくるな、こいつ。
「あははっ。でもさ、褒められてちょー嬉しい。一生懸命オシャレしてきたかんねー」
「俺と会うのにオシャレする必要あるの?」
「あるっしょ。いつだって乙女は全力投球だぜ?」
「いや知らんし」
「それに引きかえ……はぁ。あたしが頑張ってオシャレしたのに、キミってヤツは」
英梨は俺の全身を舐め回すようにジロジロ見た。どうやら俺の私服に不満があるらしい。
「な、なんだよ。変か?」
「もっと服装に気をつかえしー。女の子とデートだぜい?」
「あの、これでも精一杯なんですけど……」
「ふーん。いつもどこで服買ってんの?」
「おおむね母親が買ってくるやつを着ている」
「え、マジで? 自分で買わないの? 思春期諸君は、多少なりともオシャレしたくなる年頃のはずじゃん?」
「ないね。俺の思春期は死んだ」
「うわぁ、謎ポリシー拗らせ男子だ……」
英梨は頭を抱えてしまった。わけのわからないあだ名をつけるな。ファッションに興味ないだけだっての。
「ま、いいけどね。そっちのほうがイメチェンしがいがあるし」
「え。マジでやるの?」
「あったりまえじゃーん。今日はそれが目的なんだから」
英梨は俺の手をそっと握った。
「勇太。駅ビルいこ?」
「わ、わかったからくっつくなよ」
「えへへー、照れてんの?」
「照れてない!」
いかん。すっかり英梨のペースだ。このままだと、デート中に本音無双を何度するかわからないぞ。
「ほらほら。勇太、早く行くよ」
「あ、おい。引っ張るなって」
英梨につられて、駅ビルの三階にやってきた。
フロアには服屋がたくさん並んでいる。メンズだけでなく、レディースのお店もあるようだ。高級なセレクトショップばかりかと思いきや、リーズナブルな価格のお店もある。
「さあて。どの店がいっかなー。勇太はリクエストないの?」
「安いほうがいい」
「どんな感じの服が着たいか聞いたんだけど……まぁでも予算もあるし、なるべく安いお店にしよっかぁ」
英梨は立ち止まり、フロアガイドの冊子を読み始めた。
手持ち無沙汰になった俺は、何気なく周囲を見回した。
「これだけ服屋が並んでいると圧巻だな……っ!」
言いかけて、俺は絶句した。
俺たちが立ち止まった前の店が、ランジェリーショップだったからだ。
赤、黒、黄色、紫……様々な色の下着を身に付けたマネキンが並んでいる。中にはスケスケのセクシーなものもある。
なんだあの防御力ゼロのパンティーは……女子って、みんなあんなの穿いているのか?
恥ずかしさのあまり、視線をそらした。
ふと英梨と目が合う。彼女はニヤニヤしていた。
「どうよ。好みの下着はあった?」
「ばっ、別に物色してたわけじゃないから!」
慌てて否定すると、英梨は頬を赤くして上目遣いで俺を見た。
「ねぇ……勇太はあたしにどんな下着をつけてほしい?」
甘ったるい声が頭の中で反響すると、頬がかあっと熱を持った。
つい想像してしまった。英梨が黒のセクシーな下着姿で、女豹のポーズを取っているところを……!
「あははっ! 何想像してんだよー!」
英梨は「勇太いやらしー」と言って大笑いしている。
「お前ぇぇ……わざとランジェリーショップの前で止まったな!?」
「偶然だってぇ。たまたま勇太は下着姿のマネキンに欲情しちゃっただけ。そういうことにしとこ?」
「欲情してねぇよ!?」
ツッコミを入れると、英梨は再び笑った。
「あははっ。まぁそれはいいとして、あの店に入ろうぜー」
英梨はとある店を指さした。
フロアの壁面に面したその店は、他の店よりもかなり広い。メンズ服も多く、ぱっと見そんなに値段も高くなさそうだ。
「わかった……もうからかうなよ? いいか、絶対だぞ?」
「それ前フリ?」
「フリじゃない! 心からの願いだよ!」
言い返したが、英梨は俺を無視して店内に入っていった。いやなんかリアクションしろよ。悲しくなるだろ。
英梨は俺の着ている英字の書かれたTシャツを一瞥した。
「下はまぁいいとして、勇太の着ているそのクソダサTシャツを変えよっか」
「クソダサて」
いやまぁ自分でもオシャレではない自覚はあるけども。
「心配しなさんなって。オシャレは難しくても、無難な服を選ぶのは難しくないよ」
「そういうものなのか?」
「そそっ。英梨ちゃんにまっかせなさい!」
そう言って、英梨は店内をウロチョロし始めた。何を選べばいいかわからない俺は、英梨にくっついて歩いた。
しばらくして、英梨は一着の服を手に取った。
「勇太。これなんてどうよ?」
英梨はシンプルな白いポロシャツを手に取った。胸の辺りに王冠のロゴが入っているだけで、他に目立ったデザインはない。
「よくわからないけど……地味なんじゃないの?」
「勇太さんは派手な服がご自分にお似合いだとお思いで?」
「いや、まったく」
赤や緑よりも、こういう落ち着いた色合いの服のほうが好きかもしれない。
「オシャレに興味ないなら、無理してオシャレの研究をする必要はないと思う。でも、ダサくない服は研究しなくても選べる。なら、ダサくない服を着たほうがよくね?」
「この白いポロシャツなら、オシャレじゃない俺でも選べるってこと?」
「そそっ。勇太はよくわからないって言ったけど、自分の着ているクソダサTと比べたらマシっしょ?」
「どんだけイジるんだよ……まぁたしかにマシだとは思う。さすがだな」
さりげなく褒めると、英梨は「でしょー」と言わんばかりに胸を張った。ドヤ顔可愛いけど、なんか腹立つ。
「シンプルな服は他の服とも合わせやすいから着回し楽だよ。そういった意味でも、無難な服を選ぶのは、オシャレにお金かけたくない勇太に向いている選び方だと思うな」
「無難な服を選ぶ……なんか簡単そうだな。今度買うときに参考にしてみるよ」
「いやいや。今度じゃなくて今でしょ?」
「今は英梨に選んでもらった服を着てみたい」
「えっ?」
「いや。だって、英梨が俺のために選んでくれた服だし……ダメだったか?」
「……えへへ。ダメなわけないじゃん。ちょー嬉しいよ」
英梨は俺にポロシャツを手渡した。
「ほれ。さっさと着てこい、ダサメン」
「ダサメン言うな!」
英梨に背中を押されて試着室に入った。
着替えて鏡を見る。
たしかに英梨の言うとおりだった。オシャレではないが、だいぶマシな格好になったと思う。
俺はカーテンを開けて、英梨に感想を求めた。
「に、似合うかな……?」
「おー! いいじゃん、マシになったよ!」
「ああ、うん。マシね……」
褒められているのか微妙な反応だった。
でも、英梨は嬉しそうに手を叩いている。まぁ悪くはないってことでいいんだよな……?
「英梨。これ買うよ」
「えっ? いいの?」
「うん。自分でも気に入ったからさ。選んでくれてありがとう」
「なっ……なんだよー。照れくさいからやめろし」
英梨は恥ずかしそうに笑った。
本音無双したときにも思ったけど、英梨って相手からグイグイこられるの苦手だよな。
それと面倒見がよくて、優しい。俺が一人で掃除をしていたときも手伝ってくれたし、今も真剣に俺の服を選んでくれた。
からかわれるのはウザいけど……案外いいヤツなのかも。
「勇太。なーに笑ってんの?」
「いや。なんでもないよ」
そんなの内緒に決まっているだろ。
ちょっとだけ、英梨のことが理解できたと思ったなんて、恥ずかしくて言えるかよ。