第3話 雑巾がけレースで本音無双 ~ギャルのおしりを見ていたことは否めない~
俺の心配は杞憂に終わった。
予想に反して英梨は真面目に掃除をした。おしゃべりはほとんどせず、テキパキとゴミを集めている。
「勇太。チリトリ持ってきてー」
「わかった」
俺は掃除ロッカーからチリトリを取り出して、英梨の集めたゴミの前に座った。
……てっきり、俺をからかうために掃除してくれたのかと思ったけど、どうやら違うらしい。
「悪いな、英梨。掃除、手伝ってもらっちゃって」
「まーたその話? 悪くないって言ってるじゃんよ」
にしし、と八重歯を光らせて英梨は笑った。
英梨のこと、少し誤解していたかもしれない。陽キャとは馬が合わないと決めつけていたが、意外といい子かも。
「勇太、何ぼーっとしてんの。早くチリトリ構えて」
「あ、うん。ごめ……んっ!?」
俺は顔を上げて絶句した。
しゃがんだ状態で見上げると、英梨のスカートを覗くような格好になる……今さらそのことに気づいたからだ。
自然と白くてまぶしい太ももに視線が吸い寄せられる。そして、視線はそのままスカートの裾へと注がれて――。
「どこ見てんの? 勇太のえっち」
「ごっ、ごめんなさいっ!」
俺は慌てて下を向き、早口で謝罪した。
「あははっ! 謝るの、ちょー早いんですけどぉ」
英梨の笑い声が上から降ってくる。
くっ……やっぱり俺をからかうために掃除を手伝ったのか!
「そっかそっかぁ。勇太も思春期の男の子。人並みにえっちだったかぁ」
「言っとくけど、見てないからなっ! マジで!」
「なははははっ! ひ、必死に言い訳してるー!」
「笑うな!」
俺はチリトリを構えたまま抗議した。
英梨は箒でゴミをチリトリに入れながら笑っている。
「ごめん、ごめん。そんなに怒んないでよー」
「別に。怒ってはいないけど……いやちょっと怒ったか?」
「あはは。なんであたしに聞くし」
英梨は箒を掃除ロッカーにしまった。俺もゴミを捨てた後、チリトリを片付けた。
「さーて。次は雑巾がけだね、勇太」
「ああ。さっさと終わらせて帰ろう」
「ねねっ、あれやらない? 雑巾がけレース」
雑巾がけレース。その名のとおり、雑巾がけの速さを競う競技だ。
小学生の頃、廊下の端から端まで雑巾がけをするとき、レースをしているクラスメイトを見た記憶がある。俺は当時からぼっちだったので、参加したことはないのだが。
「レースは却下だ。めんどい」
「あ、そうですか。掃除を手伝ってあげている、優しいクラスメイトの提案を却下ですか。恩を仇で返す感じですか。キミってそういう人なんですか。やだー、この人つめたーい」
「お前なぁ……」
「やろうぜー、勇太。意外と楽しいかもだよ?」
英梨はニコッと笑い、俺の顔を覗き込んだ。
はぁ……手伝ってもらっている手前、文句は言えないか。
「わかったよ。雑巾がけレースやろう」
「おっ、さっすがー。ぼっちのくせにノリいいじゃん」
「ぼっち言うな!」
言い合いつつ、俺と英梨は雑巾を洗い、教室の端に並んでしゃがんだ。
なお、すでに机は教室の後ろに移動してある。障害物は何もない。
「ゴールは教室の反対側。『よーいどん!』でスタート。それでいいか?」
「あいよー。ぼっちの勇太には負けないぜー」
「だからぼっち言うな!」
「あはははっ。ごめん、ごめん」
笑いながら、英梨はクラウチングスタートのような構えを取り、腰を上にあげた。何気にこいつガチだな……。
「勇太。準備はOK?」
「ああ。いつでもいけるよ」
「じゃあ始めよっか。よーい……」
「「どんっ!」」
かけ声と同時に床を力強く蹴った。
スタートダッシュを決めた……と思ったが、英梨のほうが速い。すいすいと前へ進んでいく。
体一つぶん、英梨が前に抜け出す。
そのとき、俺の視界の右側は英梨のおしりでほぼ埋まっていた。
突き出されたおしりが、俺を誘惑するように揺れている。豊かで丸みを帯びた臀部は端的に言ってエロい。
しかも、スカートの丈がギリギリだった。中が見えそうで見えない。視線を外そうにも、健康的な太もも、きれいな膝裏、ソックスに包まれたふくらはぎ……どこを見るのも憚られる。
ドキドキしていると、英梨は急に俺の進路に侵入して止まった。ぶつかりそうになり、俺も慌てて止まる。
「ちょ、英梨? レースは?」
尋ねると、英梨はくるりと振り返った。
「勇太……あたしのおしり見ながら走ってたでしょ?」
ばっちり気づかれていた。死にたい。
「あ、いや、それは……」
「怒らないから正直に言っちゃいなよ」
「あの……はい。見ました」
「ふーん。えっちじゃん」
「ごっ、ごめんなさい……」
「あたしのおしり見てドキドキしたの? このむっつりすけべ」
英梨はニヤニヤしながらそう言った。
責められると余計に恥ずかしい。俺の心臓はばくばくと鼓動を早める。体が熱くなり、なんだか頭がくらくらしてきた。
英梨は雑巾を床に置いて立ち上がった。さっきのチリトリを持ったときと同じように、俺が英梨を下から見上げている位置関係になる。
「くすっ。そんなに見たいの?」
「えっ?」
「あたしのパンツ。見えるかなーって思ったんでしょ?」
英梨はスカートの裾を摘まんだ。
「ねぇ。見たい?」
「ばっ、馬鹿言うな! そんなこと、軽々しく言うものじゃ……!」
「あたしね……勇太になら、見られてもいいって思うよ?」
英梨は頬を赤くして、スカートの裾をゆっくりと持ち上げていく。陶器のように美しい太ももがあらわになる。
もうすぐ下着が見えそうだ。
心臓がひと際強く鼓動した。
いけない。
このままだと、俺はまた本音で無双してしまう……!
「……ぷっ! あはははは!」
突然、英梨は笑い始めた。
「嘘に決まってじゃん! パンツ見せるとか変態じゃあるまいし!」
「お、お前ぇ……またからかったのか!」
俺は立ち上がって英梨を睨みつけた。
「あははははっ! だってぇ、勇太のリアクション面白いんだもーん」
英梨は俺に顔を近づけて、ぼそっと一言。
「……期待しちゃったの? 可愛いね、勇太は」
その妖艶な笑みが、本音無双の引き金だった。
頭の中で何かが弾ける。
「そんなの……期待しちゃうに決まってるだろぉぉぉ!」
心の制御が効かなくなり、思わず叫んだ。
「スカートひらひらさせて誘うなよ! ここ、誰もいない教室だぞ!? 俺が肉食系男子だったら襲ってるぞ!」
「ふえっ!? お、襲うの!?」
「ああ! 確実に押し倒す! 組み敷く! 覆いかぶさるッ!」
「んなっ……そ、そんな展開、想像してなかったかも……」
英梨は急にもじもじし始めた。その頬は赤く染まっている。
俺は英梨に詰め寄った。彼女は俺と距離を取るように後ろへと下がっていく。
そして、とうとう壁際に追い込んだ。
「もっと自分の可愛さを自覚しろよ。英梨みたいな可愛い女の子に誘惑されたら、普通に我慢できないだろ」
「が、我慢って……ふ、ふーん? 何を我慢してたか言ってみ?」
英梨はなんとか強がってみせた。
でも、それも無駄なこと。
本音無双中の俺に、いかなるからかい行為も通用しない。
どんっ。
俺は壁ドンして英梨の顔を覗き込む。
「俺が我慢しなかったらどうなっていたか……今、ここで実演してやろうか?」
囁くようにそう言うと、英梨の顔がさらに赤くなる。
「んなっ……ゆ、勇太のばかっ!」
「うわっ!」
英梨に突き飛ばされた俺は、よろめいて後退した。
「勇太はあたしのことからかうの禁止!」
「は、はぁ? どの口が言ってるんだよ」
「うるさい! マジ意味わかんない! ドキドキしちゃうじゃんか、ばか!」
英梨は俺の胸をぽかぽか叩く。
「いてて、やめろってば」
「勇太のくせに生意気だし! あたしをからかうなんて百年早いんだからね!」
英梨は「あほー!」と叫びながら教室を出ていった。
やってしまった。また本音無双で英梨を撃退してしまった。
あんな言い方されて、嫌な気持ちにさせていないだろうか。英梨、傷ついていなければいいけど……いやちょっと待て。これじゃあ、まるで俺が英梨のことを心配しているみたいじゃないか。
別に英梨は友達でもなんでもない。たまたま隣の席になっただけ。仲良くする気もないし、積極的に関わりたいとは思わない。心配するなんてもってのほかだ。
じゃあ、どうして俺は英梨のことを心配しているのか。
自分でもよくわからないが、これだけは言える。エッチな誘惑だけはやめてほしい。あんなにスタイルのいい子に誘われたらドキドキして、ほぼ確実に本音無双してしまうからだ。
ふと英梨のセクシーな太ももが脳裏に浮かぶ。
「くっ……俺は絶対に絆されないからなっ!」
悶々としながら、俺は雑巾がけを再開したのだった。