第1話 席替えしてギャルの隣になった
進級して高校二年生になった、ある春の日のことである。
六限が終わり、あとは帰りのHRを残すのみとなった。
授業から解放されたクラスメイトは、席替えの話で盛り上がっている。担任が来たら、HRの時間を使って席替えをすることになっているのだ。
みんなは楽しそうにおしゃべりしているが、ぼっちの俺に話し相手はいない。俺はスマホを取り出して、ネット小説を読むことにした。
ネット小説とは、インターネット上で公開されている小説のことを指す。俺は小説投稿サイト「キミも小説家になろうぜ」で連載中の、とある異世界ファンタジー作品にハマっている。
俺はラノベが大好きで、ネット小説もよく読む。
アマチュアの小説が数多く投稿されているが、侮ってはいけない。プロよりも上手い文章を書く作家もいれば、商業作品ではお目にかかれない奇抜な設定の話まである。
しかも、それらが無料で読めるのだ。読書好きの俺からしてみれば、天国のようなサイトである。
ネット小説にドハマりした結果、俺は自分で小説を書いて投稿するようになった。ペンネームは「本戸勇太」を略して「ホンタ」と名乗っている。もちろん、俺が小説を書いていることは誰にも言っていない。
……正確に言えば、趣味の話を熱く語り合える友達がいないだけなのだが。
寂しさを感じつつ、ネット小説を読んでいると、若い女性の担任がやってきた。
「はーい、静かに。約束どおり、席替えやるよー」
その一言で教室は歓喜にわいた。近くの女子が友達と手を取り「隣の席になれたらいいね!」とはしゃいでいる。他のみんなも似たような反応だった。
教室で俺だけが冷めていた。どこの席になろうが、話し相手なんていないのだから関係ない。
はぁ……これも全部『本音無双』のせいだ。
担任は黒板に座席表と番号を書き、教室を見回した。
「席はくじ引きで決めます。くじの入った箱を窓際の生徒から順番に引いていってください」
そう言って、担任は窓際の生徒から順にくじを引かせた。
歓喜と絶望の声が飛び交う中、俺は新しい座席に移動する。席は窓際の最後列だった。まぁ悪くはない。授業中、こっそり読書をすることができる。
これで隣が静かなクラスメイトだったら文句ナシだけど……。
「お。キミが隣かぁ」
可愛らしい声が隣の席から聞こえた。
ちらりと隣を見る。
「うわっ……緋崎英梨」
「あははっ、なんでフルネームだし。ていうか、『うわっ』は失礼なんですけど?」
何が面白いのか、英梨は楽しそうに笑っている。
緋崎英梨。一言でいえば、陽キャのギャルだ。クラスの中心人物の一人で、男女ともに人気がある。
性格は……あまり話したことがないのでわからない。ただ、いつも笑顔で明るいのは好感が持てる。ポジティブ思考の持ち主で、人の悪口なども言わなそうなタイプだ。俺と住む世界は違うが、きっといいヤツなのだろう。
だが、重ねて言うが緋崎は陽キャだ。賑やかな彼女が隣の席ということは、俺の日常も騒々しくなる可能性がある。
……なるべく関わるのはよそう。
警戒していると、緋崎はニコッと笑った。
「これからよろしく。本戸勇太くん」
「えっ……俺のこと知ってるの?」
尋ねると、緋崎は目を丸くした。
「……それマジで言ってんの?」
「クラスで一番目立たない俺を知ってるのは不自然じゃないか?」
「そうじゃなくて!」
緋崎は俺の机を叩いた。バンという小気味のいい音が室内に響く。
「……どうして『幼なじみ』のこと忘れてんの?」
「はい? 誰が誰の幼なじみだって?」
「キミが、あたしの、幼なじみ!」
待て。俺に幼なじみなんていないぞ。
しかも、相手はギャル。こんなに派手な子が身近にいたら、忘れるわけがない。
「えっと……人違いじゃないの?」
「はぁ? 人違いじゃないし!」
緋崎はむすっとした顔でそう言った。
どうしよう。彼女が嘘を言っているようには思えない。でも、まったく記憶にないんだよなぁ……。
困惑していると、彼女はふっと笑った。
「ま、いっか」
「いいんかい」
「うそ。よくはないよ。だから……これから時間をかけて、あたしが幼なじみだってこと思い出させてあげる」
緋崎は「覚悟してよね、勇太」とウインクした。
なんてこった。いきなり下の名前で呼ばれてしまった。さすが陽キャ。距離を縮めてくるのが早すぎる。
しかも、「幼なじみだってこと思い出させてあげる」とか言ってくる始末。正直、嫌な予感しかしない。俺の今後のぼっち生活、大丈夫だろうか……。
不安に思っていると、機嫌を直した緋崎は机を近づけてきた。
「ねね。勇太はなんでぼっちなの?」
「いきなりデリケートなところ突いてくるなよ……好きで一人なんだ。ほっといてくれ」
「ふーん。あたしも一人になりたいときあるけどさぁ、友達と遊ぶのも楽しいぜー?」
「価値観の相違だな。君とは仲良くなれそうもない」
「勇太はヘンクツだなぁ。キミ、なんか淋しそうだから、あたしがかまってあげよう。仲良くしようぜ?」
「緋崎さん。俺の話聞いてた?」
「英梨」
「えっ?」
「キミもあたしのこと下の名前で呼んで?」
「なんでだよ」
「いーじゃん。隣の席になったんだから仲良くやろうよー」
緋崎は頬をふくらませて俺を睨んだ。
俺はクラスメイトと下の名前で呼びあったことなんてない。さすがに抵抗がある。ましてや相手は女子。ハードルが高すぎる。というか、単純に恥ずかしい。
「勇太……あたしの名前、呼んでくれないの?」
緋崎はしゅんとした顔で俺を見つめている。まるで飼い主におあずけをくらった犬の表情だ。
もしも名前を呼ばなければ、緋崎は俺にしつこく「名前で呼んで!」と言ってきそうな気がする。しかも、彼女は隣の席。毎日のように絡まれるだろう。
平和な学園生活を送るためだ。めちゃくちゃ恥ずかしいけど、ここは我慢して緋崎に従おう。
「え、英梨……ちゃん?」
照れくさくて、ついちゃん付けしてしまった。しかも疑問形。余計に恥ずかしくなり、頬がかあっと熱くなる。
緋崎、もとい英梨は俺の反応を見て吹き出した。
「ぷっ……あははっ! なっ、なんでちゃん付け? 可愛いんですけど!」
「う、うるさいっ! からかうな!」
「ぷぷっ。しかも、なんで疑問形?」
「テンパったんだよ! 言わせんな!」
「あははっ! キミは本当に面白いなー!」
英梨はお腹を抱えて大笑いしている。あまりからかうな。本音がぽろっと出ちゃうだろうが。
「勇太ってイジりがいあるね。今後が楽しみだわー」
「イジらんでいい、イジらんで。とにかく、あまり俺にかまうな――」
「おーっ! かおりちゃん、隣の席じゃーん!」
「話聞けよ!」
英梨は俺を無視して、右隣の席の友達と会話を始めた。もう嫌だ。ギャルとかいう人種フリーダムすぎる。
どうしよう。俺の平和なぼっちライフが脅かされる予感しかしないんだが。
「最悪な席になってしまった……はぁ」
俺は窓の外を見て、盛大に嘆息するのだった。