プロローグ 俺のからかわれ学園生活
中学生の頃、クラスメイトに言われたことがある。
『君ってさ、意識高い系ぼっちだよね』
明らかに小馬鹿にした言い方だったが、まぁ相手にする必要はあるまい。俺は適当に相づちを打つに留めた。
意識高い系ぼっち。好んでぼっちとして生き、他者との交流を断ち、自己研鑽に励むストイックな人間のことだ。
たまにラノベに登場するだろう。「他人のために使う時間は無駄。時間は自分のために使いたいので友達など不要」と斜に構えている主人公。あれのことだ。
俺はラノベの主人公のように崇高な理念があるわけではない。意識高い系ぼっちに見えるだけで、要するに孤独なだけ。それが俺、本戸勇太だ。
別に友達がほしくないわけではい。俺だって話し相手くらいほしかったりする。
ただ、俺の『悪癖』のせいで友達を作るのは憚られる……いや。この話はやめておこう。ひとまず俺がぼっちだという自己紹介をさせてくれ。
子どもの頃から、ずっとクラスに馴染めなかった。当然、学校に話し相手などいない。用件があるときのみ誰かに話しかける……そんな寂しい学園生活を送っていた。
そう……今年の春までは。
「勇太。おしゃべりしようぜー」
放課後、教室で読書していると、同級生の緋崎英梨が話しかけてきた。右手には紙パックのジュースを持っている。
艶のある髪を金色に染め、制服を着崩している英梨の姿はまさしく陽キャ。俺とは真逆の存在だ。
俺は視線を本に戻して読書を再開した。
「あ、こら! あたしのこと無視すんなし!」
「俺に関わるな。読書の邪魔だ」
「えー。読書は家でもできるじゃん」
英梨は俺から本を奪った。
反射的に顔を上げると、そこには英梨の顔があった。お互いの鼻先が触れそうなくらいの至近距離だ。
「今はあたしと話してるんだからさ。あたしだけを見てよ」
英梨の挑発的な薄桃色の唇が目の前で震える。
「なっ……何言ってんだよ……」
「……ぷっ! あはははっ!」
英梨は腹を抱えて笑い出した。
「あははっ! 勇太、顔真っ赤だし!」
「う、うるせー! 英梨があんなに顔を近づけてくるから……」
「近づけてくるから……キスされるかと思った?」
「……思ってない!」
「あははっ。照れてる勇太、ちょー可愛いんですけど」
「ぐぬぬ……本返せ!」
俺は英梨から文庫本を奪うように取り返した。英梨はまだ声を上げて笑っている。
何が面白いのか、英梨は俺のことを今みたいにからかってくる。理由はよくわからない。陰キャの俺をイジって何が面白いのだろうか。
英梨は紙パックから伸びたストローに唇をつけてジュースを飲んだ。
ふと彼女と目が合う。
「なになに? ジュース欲しいの?」
「いや。別に」
「そんなにツンツンすんなよー。勇太のぶんも用意してあるよ? 怒らせちゃったお詫びにあげる」
「……そういうことならもらう」
「おけー。はい、どーぞ」
英梨は自分が飲んでいた紙パックを俺の目の前に置いた。
「……いや、これ英梨のだろ? 俺のぶんもあるって言ってなかった?」
「あたしの飲んだ残りが勇太のぶん」
「はっ? お前、それって……」
間接キスじゃないか。
そう思った瞬間、顔がかあっと熱くなる。
英梨は俺の反応を見てニヤニヤした。
「勇太ってば、耳まで赤くなるんだもん。かーわいっ」
「お、お前なぁ……!」
「今どき間接キスくらいでドキドキするなんて……ピュアだなぁ、勇太は」
英梨は俺に顔を近づけた。
心臓が、どくんと跳ねる。
「……ね、勇太。想像しちゃった?」
「な、何を?」
尋ねると、英梨のふっくらした唇が愉悦の曲線を描く。
「決まってるでしょ……あたしとのキスだよ」
わずかに濡れた唇を見て、俺の心臓はますます鼓動を早める。
やめてくれ、英梨。俺を緊張させないでくれ。
これ以上ドキドキしたら、『悪癖』が出てしまう。
「間接キスが嫌なら……直接してみる?」
英梨は俺の耳元に唇を近づけた。
生々しい息づかいと共に、甘い声が耳をくすぐってくる。
「くすっ。ドキドキしてるの? そんなに興奮しないでよ……えっち」
もう限界だった。
俺はおもわず立ち上がる。
「ドキドキするに決まってるだろぉぉぉ!」
「ふえっ?」
英梨は驚いたように目を丸くした。
やってしまった。
俺の悪癖――『本音無双』が出てしまった。
しかし、こうなってしまっては自分を止めることはできない。俺は本音を爆発させた。
「こんなに可愛い子と間接キスとか! ドキドキしないほうがおかしいだろ!」
「かっ、可愛い? あたしが?」
「英梨以外にいないだろ! 目が大きくて、顔も整っていて! スタイルもいいし、笑顔もキュート! 非の打ち所がない美少女でしょ!」
「ちょ……はずいって。マジかんべんしてよぅ……」
英梨は顔を真っ赤にしてあわあわしている。照れている君も可愛いな、ちくしょう!
俺の悪癖……それは『興奮しすぎると、心の内に秘めた本音で相手を圧倒してしまう』こと。
昔からそうだった。緊張したり怒ったりすると、本音をぶちまけてしまう。止めようと思っても、感情のままに思ったことを口にしてしまうのだ。
今も英梨に「可愛い」とか「美少女」などと本音を言ってしまった。英梨も照れくさいだろうけど、言った俺も相当恥ずかしい。
「どうして英梨はそんなに可愛いの! 俺をドキドキさせないでくれ!」
「しっ、知るかばかぁ! そっちが勝手にドキドキしてるだけじゃんか!」
「しょうがないだろ! 英梨だってキスするときはドキドキするでしょ!?」
「そ、それは……したことないから、わからないもん」
「ファーストキスまだなのか! 意外! 俺とおそろいじゃん!」
「う、うっさいし! もうマジ最悪……っ!」
英梨は「なんであたしの恋愛事情まで暴かれないといけないの……」と弱々しくつぶやき、両手で顔を隠した。
「照れる英梨も可愛いなぁ……そうだ!」
俺は紙パックを手に取り、ストローをくわえて一口すすった。そのまま紙パックを英梨に手渡す。
英梨は焦った顔で俺を見た。
「ちょ、間接、キス……マジでしちゃったの?」
「した。英梨もしよう」
「なんで!?」
「君をドキドキさせたいからだよ。仕返しだ」
今度は俺が英梨に顔を近づける番だった。
「……英梨。顔真っ赤だぞ?」
「へっ? そ、それは……」
「俺との間接キス……想像したら、ドキドキしちゃった?」
「んなっ……うっさい、ばかぁ!」
「いでぇ!」
英梨は俺のすねを蹴った。
「勇太のくせに生意気! マジありえない!」
英梨は「勇太はあたしにからかわれてるのがお似合いなんだから!」と言って教室を出ていった。
俺は自席に座り、突っ伏した。
「はぁ……またやってしまった」
この悪癖のことを俺は『本音無双』と名付けている。ドキドキしたら、どんな相手でも本音で言い負かせてしまうからだ。
俺はこの本音無双が怖い。
本音って、いいことばかりではない。相手を勇気づけることもあれば、逆に傷つけることもある。
もしも大切な人を本音で傷つけてしまったら……そう考えると、怖くて友達なんて作れない。俺のことを「意識高い系ぼっち」と呼ぶヤツがいるがとんでもない。臆病な俺は、誰かに嫌われるのに怯えているだけだ。あえて名づけるのなら、「ビビり系ぼっち」がお似合いである。
そういう事情もあって、俺はクラスメイトと極力関わらないようにしている。話しかけられても、冷たい態度で接して好意を持たれないようにしてきた。
だが、英梨だけは特別だった。いくら拒否しても、俺のところにやってきて、からかってくる。女子に免疫のない俺は、なす術なくドキドキしてしまう。彼女は俺の天敵なのだ。
陽キャの可愛い女の子に意地悪されて、つい本音で言い返してしまい、相手を辱める……最近の俺の日常はこんな感じだ。去年までは想像もできないくらい騒々しい学園生活を送っている。
友達のいない俺の日常が賑やかになったのは、あの席替えがきっかけだった。
話は俺が英梨に初めてからかわれたあの日まで遡る――。
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