第5話:転生賢者は料理する
◇
目的の買取を無事に終えたので、俺とミリアは商業地区を後にした。
「そ、それにしても凄い金額になりましたね……売れるとは思いましたけど、ここまでの値がつくとは思いませんでした……!」
「いまいち分からないんだけど、金貨857枚ってどのくらいの価値があるんだ?」
お金の価値っていうのは額面だけを見ても分からない。
あくまでこのお金を何に交換できるのかというところに価値があるのだ。
「ほ、本当に分からないんですか……!?」
「え、うん……」
な、なんか知らない俺が悪いみたいな空気になってないか……?
「え、えーと……平均的な村人が一日必死に働いて稼げる金額が、金貨1枚です」
「そ、そんなに少ないのか……」
「はい。4人家族の一ヶ月の生活費が金貨30枚ほどなので、一人なら4年くらい何もしなくても生きていけますよ」
「そんなに……!?」
感覚的には金貨1枚=1万円くらいの価値なんだろう。
つまり、約8000円のお金が857万円相当に化けたということになる。
ある意味銀行に入金する前にトラックに跳ねられたのは幸運だったと言える。
少しでもタイミングがズレていたら一文無しになるハメだった。
「あの、ユーマ……気が変わったりしてませんか?」
「何が?」
「お金はたくさん入りましたし、それで受験辞めようとか思ってないかなって……」
「いやいや、それはないよ。第一、俺が第七学院を受験しようと思ったのはお金というよりも常識を勉強するためだしな」
ぶっちゃけ、たった4年分の泡銭を手に入れたところでその先の見通しは暗い。
第七学院に入学すれば冒険者や騎士団など職に就きやすくなるみたいだし、在学中は給料ももらえる。おまけに常識も身につくのだから、受かるかどうかは別として受験を取りやめるという発想にはならなかった。
「それなら良かったです……安心しました!」
ミリアにとっては他人事だというのに、心からほっとしたように肩の力がスッと抜けた。
下心というほどではないが、ここでせっかくの出会いを不意にするというのも……ちょっと残念な気がするしな。
この子と一緒に学院生活を送るというのも悪くない。というか最高だ。
◇
その後、俺とミリアは一緒に宿を取った。
節約のため半額ずつを出し合って同じ部屋に泊まっている。お金があるから全額出すと言ったのだが、頑なに折半でと言うので、しぶしぶ応じた形になる。ミリアは本当にしっかりした子である。
ところで若い男女が同じ屋根の下で眠るというのは些か問題がある気がしなくもないが、ミリア曰く異世界の倫理観的には問題ないらしい。
俺としても変なイタズラをするつもりはないので、こう言われると断る理由がない。
……というか、逆に断ったら俺が変なことを企んでるみたいじゃないか?
「ユーマ、料理するんですか?」
「まあな。せっかくこの宿には各部屋にキッチンがあるみたいだからな。というか、驚いたよ。試験はもう明日の朝からとはな。しっかり栄養とって早めに寝ないとな」
現実世界では料理なんて義務教育の調理実習でしたことがない俺だが、TOAでは料理スキルの熟練度をかなり上げていた。
基本的な戦闘スキルや魔法技能に関してはかなりやりこんでしまってしまったので、他にやることがなかったという事情もある。
感覚的にどんな料理でも美味しく作れそうな気がするので、他の魔法技能などと同じく料理スキルの熟練度もしっかり受け継いで転生したのだろう。
しかし一つだけ問題があった——
それは、料理スキルはあってもレシピを何一つ知らないことである。
まあ、とはいえ多分大丈夫だろうという安心感があった。
何せ、俺にはスマホがある。
マップアプリやカレンダーアプリが作れるようになっているのだから、レシピアプリも使えるだろう。
そして、スマホは期待に応えてくれたのだった。
レシピ投稿アプリ『メイクパッド』。誰でも自由に料理のレシピを投稿できる。素人や料理研究家など属性を限定しないバラエティに富んだ膨大なレシピを無料で閲覧できる。
今までインストールしただけで使っていなかったが、噂によればランキング上位のレシピなら基本的にハズレがなく、どの料理も美味しいとのことらしい。
つまりランキング一位の最強レシピと、俺の料理スキルを組み合わせれば、相乗効果で最高の料理ができるということだ。
俺はスタミナ料理カテゴリから一位の『【疲労回復】野菜たっぷり! 豚肉キムチ入り野菜炒め』を選んで、食材の用意を始めた。
ちょっとお高い宿ということもあって、冷蔵庫の中に一通りの具材が揃っている。
異世界ということで足りない具材もあるので、それは代替するとして、これだけ揃っていれば問題なく調理できそうだった。
俺は手慣れた手際で下準備から加熱処理までを済ませていく。
サクサクトントン。
ジュージュー。
——あっという間に料理が完成した。
さっそくお皿に盛り付けて、二人で食卓を囲んだ。
「……!?」
一口目を食べた瞬間、ミリアが驚きの表情を浮かべた——
「お、美味しいです! こんなに美味しい料理初めて食べました! いったいどこで修行してきたんですか!?」
「ん、まあ色々あってな。美味しいって言ってもらえて嬉しいよ。作って良かった」
料理というのは手間と時間がかかるし、正直言って面倒臭い。
でも、苦労して作った料理をこんなに美味しそうに食べてくれるなら俺も幸せである。
「私、村を出てきて、ユーマと出会えて、本当に良かったです。ずっとこんな時間が続いてくれればいいのに……って、何言ってるんでしょう私!?」
焦るミリアもなかなか可愛い。
両手で顔を塞いでも赤くなっているのが見て取れる。
まあそんなことはともかくとして——
「俺も一緒の気持ちだよ。一緒に合格して、もっと一緒にいろいろなことをやりたいな」
「ふぇっ!? な、な、な、何を言ってるんですか……!? 私、爆発しちゃいます……」
あれ? どうしたんだろう……?
恥ずかしそうにしてるから、ほっとさせようと思っただけなんだが……。
なんか俺変なこと言ったっけ?
そんなこんなで、幸せな試験前夜は過ぎていった——