第1話:転生賢者は気付く
「…………ん」
目が覚めると、見たことのない場所だった。
遠くまで見渡すと、なだらかな丘が連なっている。いわゆる丘陵というやつか。
辺りにはチョロチョロと魔物のような見た目をした動物がチラホラ見られる。
天然のベッド——ふかふかの草の上で眠っていたらしく、横になっているからと言って泥に塗れてはいなかった。
「確か、コンビニを出て……銀行に向かう途中でトラックに跳ねられて……!?」
ってことは、ここは天国なのか……?
服装を確認すると、まるで冒険者風のコスプレ衣装だった。こんな服、俺は持っていなかった。
……いや、正確には持っていた。しかしあれはゲームの世界の話。
いや待て。落ち着け、俺。
ポケットに手を突っ込むと、見慣れたスマホと財布が入っていた。
……ということは死んだわけではないのか?
近くに水溜まりがあったので、水面を覗いて傷などがないか確認する。
「傷はないな……って、んん!?」
水面に映る俺の姿は、信じられないものだった。
俺であって、俺じゃない。
本物の俺よりもちょっとだけかっこいい姿——テイルズ・オブ・アストラルで俺が使っていたキャラクターのアバターそのものだったのだ。
俺はアバターにこだわりがある方じゃなかったので、全身をスキャンしたデータを使っていた。ちょっとだけ加工しているのは……そういうお年頃だったということだ。
頭がパンクしそうなので、ここまでの情報を整理しよう。
・この場所を俺は知らない
・魔物みたいな動物がいる
・なぜかゲームで使っていたアバター
・スマホと財布はそのまま持っている
ここからわかることは、少なくとも現実世界じゃなく、いつの間にかゲームにログインしているというわけでもない。
「異世界……?」
——という言葉が自然と出てきた。
突飛な発想ではあるが、ここが異世界で俺はゲームで使っていたキャラクターの身体で転生している。——あくまで仮説ではあるが、そう考えると辻褄が合う気がする。
ポケットに財布とスマホが入っていた理由は分からないが、そういうこともあるのだろう。
「いや、確かめればいいか」
俺は近くにいたゴブリンの方へ右手を向けた。
ゴブリンという名前が正しいのか分からないが、緑色の身体をした不気味な顔の人形魔物である。
一番簡単なスキル……そうだな、ファイヤーボール!
囂々と燃える火の球が一直線に飛んでいく。そして、一撃でゴブリンを葬った。
自然と身体が魔法の使い方を理解しているようだった。この感じなら、ゲームで習得していた魔法に関しては全部使えそうだな……。
「しかし、改めてここはどこなんだ?」
本当に異世界だとしたら見当もつかないが……。
俺はふと、スマホを開いて、なんとなくマップアプリを起動してみた。
どうせ地図なんか表示できないだろうと思っていたのだが、なんと詳細なマップデータを表示することができた。
まず、現在地は——
「アスコーネ王国・オリスティ領……聞いたことないな……」
ピンチインしてマップの表示領域を広くする。
どう見ても俺が知る地球の地理とは異なっているようだった。
見たことのない大陸や島々。航空写真が使えないのが残念だが、必要十分ではあった。
……ってことは、おいおい……本当に異世界ってパターンかよ!?
「とりあえず人がいそうなところ……」
マップを駆使して、村や町、街、都市を探した。
スマホの小さい画面では探しにくいのだが、現状これしか頼れるものがない。
「学園都市ミリオーラ……ここが一番近そうだな」
都市というからにはそれなりに人が集まっている場所なんだろうし、何か情報を掴めるだろう。
そんなことを期待して、歩き始めた。
道行く雑魚的を適当に処理つつ丘陵を横断していると、マップ上の道路に出てきた。
道路と言ってもきちんと舗装されているわけではない。
何人もの人が歩いていたのか、自然と拓かれていた。
ここを伝っていけば、目的地につけそうである。
目の前には、ちょうど荷馬車で移動する行商人の姿もあった。
こんなに早く人と会えるとはラッキーだったな。
「おーーーーーい!」
声をかけてみる。
しかし、なにやら様子がおかしいみたいだった。