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あなたを殺す為に恋をする  作者: drink
一章 昇格試験
9/16

1-9 勉強って頭に入らないよね

次回は明日の午前8時に投稿する予定です。よろしくお願いしますm(_ _)m


 俺がロキと出会う前、一応はそこそこの貴族で、俺は小さな頃から英才教育を受けていた。とは言っても、属性魔法の発現は精々中等部在学中などが当たり前なので、12歳で反逆者の一員となった俺は無属性魔法の知識しか教えられていない。反逆者の広告塔『暗殺者エイル』となってからは、暗殺スキルや、体術、その他の魔法については身をもって学んだものの、学術的なところまでは深く触れていない。



「やっべぇ……さっぱりわかんねぇ」



 つまるところ、俺は教育課程全般が完全に抜けていた。


 シンとの練習を昼間で切り上げてから、俺は図書館の自習スペースで教科書に目を通す。しかし、自国の言葉が外国語に見えて仕方がない。


 校内にある図書館は春にも関わらず、冷え込んでいる。制服の上に羽織ったコートを着ても染み込んでくるようだ。俺はコートに身を縮めながらも自習スペースで教科書と葛藤していた。



 この国の歴史? 知ってなんになる。


 魔法学? 知らんがな。分からなくても使えるわ。いや、属性魔法は使えないけど。


 数学? 四則演算出来れば生きていけるわ。



 だが、そんな言い訳すら出来ない状況になってしまっている。筆記試験で高得点を取らなければいけないのだ。



「あぁ、それもこの学校は赤点を取った時には問答無用で降格確定だ。俺たちの場合は退学だろうな」「飛び級でAクラスに入るなら5科目平均で8割は取っておきたいね」



 昨日の二人の会話を思い出すと自然にため息が漏れる。



「筆記試験? そんなのちゃちゃってやれば……あぁ、エイルは中等部出てなかったわね。ぷぷー属性魔法も使えなければ、勉強も出来ないだなんてつくづくダメね。そんなおバカさんなエイルくんにはスーパーエリート、フレイアちゃんが特別に──」



 こっちはこっちで別の意味でため息がでる。イラッとして「いらねーよ、バーカ」と言ったものの、今になって後悔している。もう一回フレイアに連絡して頼み込むべきか……いやないな。


 フレイアの話を認めたくはないが、確かにあまりにも足りないものが多すぎる。俺はロキと出会って得たものもあったが、その分こぼれ落ちたものがあることを再認識させられた。


 だが、やるしかない。ロキとフレイアが俺をここに送り出した意味など知ったことではないが、少なくとも信用を持って送り出してくれたのだ。その思いには応えたい。


 俺は教科書の中身をなんとか詰め込もうと躍起になった。



「に、にたいかん、ドージ……けつごぅ?」


「『二体間同時魔力回路結合』だね。無属性高度魔法の一種で、相手に魔力供給をする過程において自分と相手の魔力回路を繋げる操作のことだよ。そこら辺の範囲は単語っていうより、使用用途と操作方法が問われやすいからこっちの説明文を見ておいた方が効率いいかも」


「あ、ありがとう……ってシャルロッテ……さん?」


「気を使ってくれるのうれしいけど、今は誰もいないからいつも通りで接して欲しいな」



 シャルロッテはそう言って、口角を上げて微笑んだ。だが、やはり、クラスの立場に壁があるのだと実感したのだろうか。複雑な趣であまり嬉しそうではないように見えてしまう。


 これは彼女との関係性において良くない傾向だ。立場の差があるとこういったところが不便である。そう言った意味でも何としてもAクラスへ上がらなくてはいけない。



「そっか、そうだよね。そう言えば、シャルロッテはどうしてここに?」


「昨日のルウシェ君の様子が気になってね。ルウシェ君を探してたんだ」


「僕を?」


「うん、もしかして勉強苦手なのかなって思ってさ。良かったら一緒に勉強しない? 私としても教え合ったほうが勉強になるしね」



 シャルロッテは手に持っていた本を抱きしめて言う。心が弾んだような魅力的な笑顔である。


 これはなんとも都合の良いことだ。利用出来るものは利用した方がいい。それほどに切羽詰まっていることだ。彼女がどんな思いでこのことを言っているのかは定かではない。こんな笑顔でも内面とそぐわないことなんでざらにある。


 俺は目を細めて頷いた。



「せっかくだからお願いしようかな」


「良かったぁ。断られたらどうしようって思ったよ。じゃあ、隣に座るね」



 シャルロッテの肩の力が少し抜ける。そのまま俺の隣の椅子を引くと、勢いよく腰を下ろした。彼女の髪がふわっと広がり、柑橘系の香水の匂いが鼻をくすぐる。不意の出来事に一瞬鼓動が大きく鐘打った。


 慌てて、教科書に視線を移す。横目でシャルロッテの方を見ると、何も気にした様子もなく、教科書と別の分厚い本を広げている。あまりに対照的な違いに顔から火が出る思いだ。



「……? どうしたの?」


「い、いや、なんでもないよ。それで、何から始めればいいかな?」


「まずは去年の試験問題を友達から貰ってきたから、それをやってみて。簡単な実力を知りたいのと、問題の雰囲気を掴んで貰いたいな」


「分かった。やってみる」



 そう言って、早速渡された試験問題に目を通す。だが、張り切って解こうとしても、実力が伴わなければ解けるはずもない。とにかく分かる問題だけ手をつけていった。


 一方のシャルロッテは俺の様子をただ眺めているだけである。時々、気になって彼女の方を見るが、目を合わせるなり、にっこり笑みを浮かべている。


 神童たる彼女は今何を考えているのだろうか。


 やがて、問題を一通り解き終わり、シャルロッテに解答用の羊皮紙を渡した。シャルロッテは羊皮紙を受け取ると、一通り目を通し、一枚一枚丁寧に採点していく。



「うん、大体の実力は分かったかな」


「どうだった?」



 そう尋ねると、シャルロッテは無言で解答用紙を渡す。それぞれの羊皮紙の右端が見えるように重ねられ、そこには赤文字で点数が書かれている。



数学 34/100


国語 56/100


外国語(ニヴルヘイム語選択) 60/100


社会 25/100


魔法学 51/100


合計226/500(正答率45.2%)



「Aクラスの昇格基準が正答率80%だから、あと170~180点近くは欲しいかな。現時点の状況からすると芳しくはないね」


「うへぇ」



 俺を他所に彼女は自分のあごに人差し指を添える。



「国語、外国語、魔法学の3つは土台がしっかりしているのが救いだね。とりあえず、その3つだけ簡単に解説するね」



 シャルロッテは教科書と問題を照らし合わせながら、俺に問題の解説をしていく。各設問ごとのポイントと考え方だけを言葉を崩して説明するので、ぎりぎり問題の内容を理解することが出来た。


 全ての解説が終わったところで、シャルロッテは教科書の文字を指していたペンの動きを止める。ふと、シャルロッテの方を見ると彼女は不思議そうに俺の方を見ている。何かもの言いたげな様子だ。



「どうしたの?」


「ルウシェ君って不思議だね」


「僕が?」


「うん。今の解説の内容を理解出来るってことは、基本的な知識は十分に固まっている。でも、テストという形式ではあまり取れていない」


「うぐっ……それは知ってるよぉ」



 ここは涙目を作って、弱々しい声で呟いてみた。



「別に悪いわけではないよ。むしろ、いい事と言っても過言じゃあないね」



 一瞬、これは皮肉なのかと思ってしまった。しかし、これまでの彼女の言動を顧みるに、これが彼女の素であることは間違いない。少し血が上りそうになった自分を抑えようと、考える素振りを見せてから返事をする。



「……ごめん、僕には何が言いたいのかよく分からないや」


「物事を『知識』として理解してないって言えばいいのかな……多分だけど、ルウシェ君は今まで実践経験を多く積んできていると思うんだ。だから、物事を『知識』としてではなく、『感覚』として捉えている」


「なるほど……言われてみれば、確かにそうかもしれない」


「でも、試験だとそれは上手くいかない。相手に伝えるには、主観を客観へ、つまり『感覚』を『知識』へと言語化してあげる必要があるんだ。この調子だと数学と社会の課題も恐らくそこだけだね。これからは“知識への言語化”を筆記試験までの目標にしていこうね!」



 「そうすれば、80%に十分達する実力がつくよ!」とシャルロッテは満開の笑みで言葉を続ける。


 しかしながら、彼女の言葉に俺は終始驚かされた。彼女は単に魔法の才能や勉強が出来るというだけではない。それを使いこなすだけの圧倒的分析能力、分析を元にした推測力、問題解決能力、それら全てに長けている。神は彼女に二物以上のものを与えてしまったらしい。


 だから、シャルロッテはターゲットになってしまったのだろうか。出る杭は打たれるように、ロキの目に止まってしまった彼女は贖罪の対象へと導かれたのだろうか。まぁ、俺が彼女にかける情などない。今は勝手の良い相手、Aクラスに上がってさえしまえばただの暗殺対象である。



「うん! 分かった」



 俺は聞き分け良く返事をして頷いた。




 それから俺は教科書を見ながら、既存の『感覚』を言語化して、羊皮紙にペンを走らせる。こうして一通り纏めてみると、するする『知識』が入ってくる気がする。特に、魔法学は実際に暗殺した時に対面した魔法が多く、イメージとしては掴んでいたので、後はそれに名詞を結びつけておくだけで済んだ。


 すると勉強の途中で、急に肩が重くなる。目を向けると、シャルロッテが俺の肩に頭を乗せ、静かに吐息をついている。未だ手に持っている本を見る限り、読んでいる途中で寝落ちしてしまっていたらしい。


 黒曜石の髪と白い肌のモノトーンは、血色の良いシャルロッテの唇をより好色に引き立てる。他人の前では決して見せることのない無防備さに息を呑んだ。


──うっかり、彼女の喉元にナイフを突き刺したくなってしまう。


 色々と利用している立場としてはシャルロッテにここで風邪を引かれても困るので、着ていたコートをゆっくり脱いで、彼女の体を覆うようにかけた。


 その時──


 カタ、コト、カタ、コト


 足音が2つ。こちらへ近づいてくる。誰かがこちらへ向かっている。


 不味い。ここで俺達の様子が見つかったら面倒なことになってしまう。これ以上、悪い意味で注目を浴びるのは避けておきたい。


 俺は急いで自分の物を片付ける。この事態をしらないシャルロッテを起こさないように静かに立ち上がり、本棚の影へ身を隠した。


 棚からシャルロッテの様子を伺うと、その傍へ2人組の姿が見えた。身なりから察するに、一方が貴族のお嬢様で、他方はその召使いといったところだろう。



「エリシアお嬢様、あちらにいるのはシャルロッテ様ではありませんか?」


「あら、ほんとだわ。こんな所で居眠りだなんてはしたない。シャルロッテさん、シャルロッテさん……」


「──んっ、あれ、え? 私寝ちゃってた!?

 ごめんルウ──」


「ごきげんよう、シャルロッテさん」


「──ええ、ご、ごきげんよう、エリシアさんにカルメリアさんも」



 突然の出来事に戸惑いがあるが、シャルロッテは瞬きする僅かな時間で自らに蓋をした。彼女の空気が入れ替わる。あれがもう一つのシャルロッテの顔である。


 そこでエリシアと呼ばれたお嬢様は明らかな作り笑顔を浮かべた。

 


「あなたが自習中に寝てしまうなんて、随分とお疲れのようですね」


「ええ、どうやらそうみたい」


「それとシャルロッテ様、午後の授業は全て欠席していたようですが」


「うっ……」



 カルメリアという召使いの言葉にシャルロッテは言いよどむ。その様子を待ってましたとばかりに目を光らせた。


 それにしても、シャルロッテが授業を欠席? 一体なんのために……



「まぁ、そうでしたの。あなたは平民と言えど、一応はわたくしと同じアカデミーのAクラスなのよ。それ相応の姿勢で望んで頂かないと困りますわ」


「わ、わかりました。それでは私は用事があるので失礼します」



 シャルロッテは荷物を素早く纏め、腕に上着を下げて、颯爽と2人の間を抜けて立ち去った。


 シャルロッテがいなくなると、エリシアの表情は笑顔から一変、苦虫を噛み潰したような顔になる。



「チッ、これだから平民はいやなのよ。行きましょ、カルメリア」


「はい、お嬢様」



 次いで、2人も図書館を後にした。


 一連の流れを見るに、彼女らの関係は良好ではないらしい。やはりAクラスの中にはシャルロッテを邪険に扱うものもいるのか。特に貴族何かは爵位ではなく、実力で階級が決まることをもどかしく思っていそうだ。


 彼女の身の回りの問題についてもフレイアに報告しておいた方がいいだろう。その上で、Aクラスに上がった後は、気をつけておく必要があるな。


 これからのことを考えながら、俺も一層冷え込む図書館を後にした。


 あれ? そう言えば、俺のコートはどこに……?







いかがだったでしょうか。



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