1-8 次のフェーズに移ります
次回は明日の午前8時投稿予定です。よろしくお願いしますm(_ _)m
一番鶏が鳴く頃、俺とシンは学生寮から個別練習場へと向かった。個別の練習場はA、Bクラスしか使えないからか、教室練のすぐ近くにある。シンには何も告げる時間が無く、いきなり連れてくる形となってしまった。シンは早朝であるが故に上手く頭が動いていないようで、当惑しているようだった。
「君は初めましてだね。私はシャルロッテ。しばらくの間、一緒に練習することになるけれどよろしくね」
「は、はい! は、はは、ハシント・ユウです!」
練習場の前で待っていたシャルロッテに自己紹介をされ、ようやく我に返ったが、未だに肩の力は抜け切っていない。終始目をあんぐりさせているユウに、思わずため息が漏れた。もう眠気など吹っ飛んでしまったことだろう。
昨日、彼女たちに言っていた卑屈はどこへやら……なんか思ったよりも初心な反応をとっている。流石のシンも美少女の前では一人の思春期男子らしい。
「そんな固くならなくていいよ。同じ学年なんだし」
「いや、そんなこと言っても……」
シャルロッテの言葉に気まずそうに苦笑いで答える。自身の首に手を回し、しばらく目を泳がせている。シンが緊張しているのは明らかであった。
慌てふためく彼の様子は普段の彼とギャップがあって、実に滑稽である。ついつい維持していた表情も緩んでしまった。シンがシャルロッテから反らして、俺と目が合った。不味い不味い……彼の視線がきつくなる前に口を抑えて誤魔化しておこう。
「あ、そろそろ時間だから受付で部屋使っていいか確認してくるね」
「うん、分かった」
シャルロッテは俺にそう告げて、受付へと向かった。皆で揃って行ってもいいはずなのに……彼女に気を使わせてしまったのかもしれない。
シンは緊張から解放されたように肩の力を抜く。そして俺に向かって口元に手を添えて、小声で喋り出した。
「おいおい、どういうことか説明しろ」
「あはは、カクカクシカジカありまして。まぁ、良かったじゃん。個室の練習場所も取れたことだし」
「そりゃそうだけど……学園のマドンナにナンパする度胸があるとはなぁ」
「違うんだけど!?」
シンは「うっせ」と唇を尖らせながら、俺の横腹を小突いた。少し力が強いように感じたのは彼を嘲笑った仕返しであろうか。
「二人とも、もう練習場使っていいってー」
「あ、うん今行く!ほら、いくよ」
「分かったよ。後でじっくり馴初めを聞かせてもらうからな」
「だから違うってばぁ……」
2人に俺の声など届くはずもなく、弁解は虚空の彼方へと消え去った。
シャルロッテは俺たちを練習場へ案内する。
個別練習場とは言うものの、3人で練習するにも十分な広さだ。設備に関しては遠距離練習用の的や様々な武器が置いてあり、対魔法の障壁もきっちりと張り巡らされている。第3闘技場とは比べ物にならないくらいの豪華な設備だ。
「まずは基礎魔力だけ見たいから、無属性の魔法なにか見せてほしいな」
それぞれ、特訓の準備が完了すると、シャルロッテはにこやかに笑って言う。土台が分からなければそもそも練習方針すらままならない。判断としては妥当だ。
「だってさ、何見せる?」
「お前なぁ……まあいいや。いつものやつでいいだろ」
そう言って、シンは練りをやりつつ、横目で俺を見た。一緒にやれと言うことか。俺もシンに合わせて練りをやる。
「わぁ、凄いよ! 二人とも基本はバッチリじゃん! これだけでも、Bクラスの上位か、Aクラスにも食い込めるよ」
シャルロッテは両手を合わせ、ぴょこぴょこと子供のように飛び跳ねる。お世辞にしてはあまりにオーバーであるが故に真の反応なのだろう。俺は頬がチリチリするほどにむず痒く感じた。
「じゃあ、次は属性魔法を見せて貰おうかな」
だが一時の気移りも束の間、言い難い現実を突きつけられた。
「その事なんだけど……僕、実は属性魔法が使えなくて」
「え? えぇぇ!!」
シャルロッテの素っ頓狂な声が木霊する。空いた口が塞がらない。今の彼女を表現するにはこの言葉に尽きる。
俺はシャルロッテに自分の魔法と例の決闘について説明した。もちろん、シンに言ったこと以上のことは言わない。あくまでも違和感の内容に話をまとめていく。
「魔力が不安定だなって思ってたけどそんなぁ〜このアカデミーで属性魔法が使えないっていうのは相当なハンデだよ」
「でも、僕はAクラスに行きたいんだ!」
「何がルウシェ君をそこまで執着させるかは分からないけど、私もできる限りの協力はするよ。乗りかかった船だもの」
「ルウシェは編入試験だってパス出来たんだろ? なら今回だって大丈夫じゃねーの?」
「だといいんだけど……」
シンの励ましに俺はお茶を濁して答える。編入試験なんてさらさらなく、気がついたら合格通知だけ来てました……なんて言えるわけがない。
「それじゃあ、ハシント君の属性魔法だけでも見せて貰ってもいいかな? そうだな……あの的に当てて見せて」
シャルロッテは5mほど先の丸太を指す。丸太は真ん中の赤い丸を中心として、同心円状に白く描かれている。
「お易い御用よ!」
シンはシャルロッテの言葉に頷いて杖を構えた。うっし、と声を出して気合いを入れる。その気合いは魔力の増幅にも如実に現れていた。
「……ぶっ飛べ!!」
魔法の発現には魔力と命令式の2つの要素が欠かせない。エネルギー源である体内の魔力を命令式によって魔法へと変換していく。
無属性基礎魔法に分類される『練り』で言えば、魔力を「体内の魔力を体外へ放出せよ」という命令を与えることでそのように発現している。
命令の方法は主にイメージと演唱の2種類がある。イメージは俗に無演唱とも呼ばれ、難しいが発現は最短でできるし、相手に魔法を悟られない。逆に演唱は簡単だが、演唱完了まで時間がかかり、魔法がどんな動きをするのか分かってしまう。
シンは「ぶっ飛べ」という命令のみを演唱し、他はイメージに委託している。これなら演唱の欠点を最低限に抑えることが可能である。
シンの演唱から一拍の間が空いて、土の塊が形作られ、丸太へと飛んでいく。
発現が遅い。これはあまり期待出来そうに──
そんな考察が脳裏を掠めると同時に、土の塊は段階的に加速して丸太を粉々にした。その余波が微かに皮膚に触れた。
「凄い火力……」
思わずそう呟いてしまった。確かに発現速度の遅さは目に余るものだったが、火力だけで言えばテオドゥロにも負けていない。むしろ、テオドゥロは近接戦闘が得意だったのに対して、今のは中距離攻撃を前提とした魔法だ。汎用性に関して言えばシンに軍配があがりそうである。
これにはシャルロッテも驚いた様子だった。
「物凄い威力の魔法だね。演唱から発現まで時間はかかるけれど、時間差攻撃として扱えば十分使えるよ」
「へへっ! こういった魔法は親父に教わってたからな」
シンに関しては魔法の力自体は十分あるようだったので、実践面をどう鍛えるかについて考えるということに方向性は定まった。
シンはもう次の段階まで来ている。俺もそろそろ次のフェーズに移るべきか。
「……となると、問題はルウシェ君だね」
「そのことなんだけど、試験って要するに沢山勝てばAクラスに行けるんだよね?」
「言ってしまえばそうだね」
「そしたら一つ試してみたいことがあるんだ」
「なんか打開案があるのか?」
本当は"試す"ではなく、"もう出来ている"なのだがそれを言ったら無粋になる。段階的に見せていった方が有効だろう。
俺はシンの言葉にゆっくり頷く。ここは戦略家っぽく不敵な笑みでも浮かべて見せようか。いつもの"ルウシェ"に"エイル"の一端を混ぜ合わせる。
「うん。できるかどうかはやって見なきゃ分からないけど、────っていうスタイルで戦ってみるのはどうかな?」
「……へぇ」
「お前って普通っぽい感じなのに、たまに突拍子もないこと言うよな」
シンは呆れたように呟いた。しまった、段階を飛ばしすぎたか? いや、もう一歩手前で留めたほうが変に疑われなくて済むが、時間的に足りない可能性が出てくる。なんとかこれで貫いていくしかない。
「でも、戦法だけで見るなら理にかなってるよ。今のルウシェ君の現状を考えるなら特にね。問題があるとするなら、試験までにそのスタイルが間に合うかどうか……」
「そこは安心して、似たようなことはやった事あるから」
シャルロッテからの肯定的意見のおかげで、なんとかうまい具合に補足出来た。思わぬ助け舟である。
「それじゃあ、実技試験までもあまり時間がないわけだし、2人とも実践練習を中心に特訓していこうね!」
「あぁ、そうだな」
「うん、わかった!」
こうして俺たちのAクラス入りへの特訓が始まった。
のだが……
「そういえば、2人は勉強大丈夫?」
「勉強?」
「まぁ、それなりにはやって来てるよ。流石に筆記で落とす訳にはいかないからな」
「ねぇシン、筆記ってどういうこと?」
「試験なんだから決まってるだろ」
──筆記試験だよ。
俺のAクラス入りは、思っていたよりも茨の道であるようだ。
いかがだったでしょうか。
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