1-6 ルウシェとしての欠点
次回は明日の午前8時に投稿予定です。よろしくお願いしますm(_ _)m
「正確には決闘の時と魔力の質がちょっと違うのかな」
「え……?」
思わず、そう呟いてしまった。
ありえない。これで二人目だ。
いくら神童といえども、こんな短時間で分かるわけがない。だが、現実はどうだ。ファーストコンタクトでぐうの音も出ないほどに当てられている。
いつもなら、ここを切り抜ける上手い返しが見つかるのだが、その思考すら止まっている。自分でも分かるほどに動揺してしまっている。言葉を返すことすらも思考が拒絶してしまっているのだ。言葉を失うとはまさにこのことか。
心なしか俺の呼吸も徐々に荒くなっていく。
「大丈夫、誰にも言ったりしないから。君にもそれなりの事情があるんでしょ?」
優しく微笑む彼女は言う。その笑顔が俺に背筋が凍りつくほどの恐怖を与えた。同時に、俺がまるで慈悲を与えられた罪人になったようで酷く惨めだった。
「君は一体……」
「あ、自己紹介がまだだったね。私はシャルロッテ。良かったら君の名前も教えてほしいな」
「……僕の名前はルウシェ」
「うん、ルウシェ君か、同じ学年見たいだし、また会えるといいね……もう時間も遅くなって来たし、私は寮に戻るから。またね!」
彼女はそう言うと、笑顔で手を振りながら俺の横を通り過ぎる。
その時、俺はふと彼女の瞳を見た。光に照らされているので、ハッキリと表情が見て取れる。やはり僅かに揺らいでいる。潤んでいて、目尻も赤くなっていた。
「ち、ちょっと待って!」
「うん? どうしたの?」
彼女は驚いたように俺を見た。
「すぐにAクラスに行くから!」
彼女は目を見開いた。瞳が先程よりも潤んでいく。しかし何か思うところがあったのか、少し表情が柔らかくなった気がした。
「分かった───待ってるよ」
彼女は嬉しそうに呟いて、立ち去った。
誰もいなくなって、俺ははっとする。なぜ、彼女を引き止めたのか、こんなことを言ってしまったのか。分からない。だが、彼女を見て、思わずそうしてしまった。何かが俺をそうさせ、気がついた頃には自然と口から出てしまっていた。
まさか、彼女を見て情でも移ったのだろうか。この俺が?ありえない。あるはずがない。あってはならない。俺は暗殺者だ。あいつとは違う。殺してなんぼの世界で生きてきた。確かに彼女を見て肩透かしをしたかもしれないが、ターゲットに情が湧くなど今までになかった。
そこまで考えて、俺はため息をついた。
また悪い癖が出てしまった。こんな意味の無い非生産的なことを考えても無駄だ。さっきもフレイアに言われたばかりなのに……あぁ、胸くそ悪い。
仕事も終わったことだし、早く帰って床に就こう。
俺は頭を掻きむしりながら、寮へと向かった。
★
次の日、早朝から俺はシンと一緒に会議室へと向かった。
会議室とは言ってもそんな大それた場所ではない。二人入るスペースがギリギリある小さなブースが借りられるだけだ。
だが、こんなに狭くても他人に見聞きされないだけ良い。
言ってしまえば、こんな狭くて窮屈な場所をかりなくては行けないほどに、状況は切羽詰まっていた。
「じゃあ、まずは昨日の反省会からだな」
「うぐっ……」
「あからさまに嫌な顔すんな」
シンはそう言って、ブースにはめ込まれている魔法石に魔力を流す。すると決闘の時のように、小さな火花を散らして半透明なガラス───ホログラムと言うらしい───が出現した。シンはそれを手際よく操作する。すると、俺とテオドゥロの決闘の映像が映し出された。
ちなみにホログラムにある記録によると、再生回数は既に二千を超えている。単純計算で校内生徒一人につき五回は見ていることになるのだ。
どうやら、俺の黒歴史を知らないものはいないと考えたほうが懸命らしい。道理で今日は行く道通る道で笑い声が聞こえるわけだ。おかげで事態は絶望的となっている。
僅か二十数秒の映像を目の前でエンドレスリピートされるという公開処刑を味わされながら、シンは分析を始める。
「正直、開始直後の動きは完璧にルウシェのほうが上だった。問題はここからだな」
「うん……」
「ここだ。この場面、なんでお前は攻撃しなかったんだ?」
シンは開始十五、六秒のところで映像を止めた。俺がテオドゥロの懐に深く入り込んでいる場面である。テオドゥロは反撃を試みるものの、重心を崩している状態だ。
千載一遇のチャンスにも関わらず、ホログラムの向こう側の俺は、ペン型の杖を向けるだけでなにもアクションを起こしていない。いや、そう見えてしまうのである。
恐らくシンは事の真相にまではたどり着いていないものの、この微妙な不自然さが目を見張ったらしい。
「あぁ、それね……攻撃しないんじゃなくて、出来なかったんだよ。実は僕、魔法が十分に使えないんだ」
「どういうことだ?」
「要するに属性魔法がほぼ使えないってこと」
「そうか、属性魔法が───ってえぇぇ!?」
ホログラムに目を戻そうとしていたシンは、絵に書いたような二度見をしてみせた。驚きが浮き沈みしてなんとも言えない表情になっている。
だが、残念ながら嘘ではない。
ここまで来てしまったらもはや隠し通せるものでもないし、元々いずれかはバレると思っていた。実際、その事についてはフレイアと事前に話もしていたことだ。
もっとも、大きな嘘を隠すためのカモフラージュとして使う、という妙案を早々に使うとは思っていなかったが。
「じゃあ、あの時攻撃しなかったのって……」
「うん、最初の一撃で無属性魔法の魔法弾が効かない事も分かったしね。単純に攻撃の術がなかった」
「おいおい、よくそれでAクラスに行くって言い切ったもんだな」
「あははは……でも次の試験でAクラスに行くって言うことは変わらないよ」
「当たり前だ。そうじゃなきゃ、今更こんなことしてねーよ」
シンはにやりと笑みを浮かべる。昨日よりもはるかに目がギラギラしていた。シンもやる気に満ち溢れている。もう後戻りはできない。
昇進試験は六月半ばにある。残り一ヶ月で何とかしなければならない。多くの制限や、フレイアたちのサポートがない分やはり難しくなる。
しかし、やるしかない。
「さて、問題はこれからどうするか……」
「とりあえずはルウシェの特訓だろ。無属性魔法でも対等に戦える方法を考えなきゃ」
「うぐっ……そ、そう言うシンは大丈夫なの?」
「少なくとも今のお前よりはましだ。安心しろ、俺も自分でちゃんとやってるから」
なんとも自信たっぷりに言う。
まぁ、初めて会った時も、シンは自分で鍛錬をしていたくらいだ。Eクラスである方がおかしなくらいに実力もある。下手な心配はしなくても良さそうだ。むしろ、自分自身に危機感を持たなければいけないだろう。
「あとはなんか聞きたいことはあるか?」
「僕のやつみたいに他クラスの人のログって見れるの?」
俺は真っ先に情報を挙げた。
やはり情報は重要である。俺もフレイアからの情報があるからこそ、もしもの事態でも対応出来ている場面が多い。あるのとないのでは戦況も、動き方も大きく変わってくる。
「あぁ。ログは基本的にブースの魔法石から見ることができる……だが、Eクラスだから優先順位は最後になる。今日みたいな早朝か、消灯時間直前に行くのが限界だろう」
「……分かったそうする」
俺はシンの言葉を聞きながら内心げんなりした。ここまで差別が徹底されていると、流石にうんざりしてしまう。
ただでさえ、夜はフレイアへの報告があって忙しい。そうなると早朝になる訳だが、今日は朝食を抜いてわざわざ来ているのだ。おかげで、眠いだるい腹減った……気分は最悪である。そう何度もこんな日があってたまるか。
そう叫んでしまいたいが、そんな訳にもいかない事態である。俺は渋々と言った感じで受け入れて見せた。
「残りの問題があるとすれば、練習場所の確保だな。特にルウシェはある意味有名人だから、下手に動いて魔法のことがバレたら終わりだぞ」
「この間の所はもう使えないのか……個室で練習とかはできないの?」
「いや、二、三人での練習ができる個室はあるけど数が少ない。ほとんどA、Bクラスの上位層に占領されてる。俺らは愚かCクラスでさえお断りだろうな」
「そうか……」
「まぁ、場所が確保できるまでは基礎練習だな」
シンがそう告げると、ホログラムに目を戻した。俺とテオドゥロの映像を消し、再び操作する。今度はアカデミーの一ヶ月の予定などが書かれているカレンダーや、一日のタイムスケジュールが書かれたものが出現する。
これから、試験までの日程の確認と、Aクラス入りのプランを練るのだろう。俺はこの一ヶ月間の裏のプランを考えながら、シンと話を続けた。
話し合いは使用時間ギリギリまで続いた。
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いかがだったでしょうか。
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