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あなたを殺す為に恋をする  作者: drink
一章 昇格試験
5/16

1-5 美しく儚い少女

次回は明日の午前8時投稿予定です。


 フレイアは魔法石に魔力を流すのを止め、通信を切った。



「ふぅ......」



 エイルの声が聞こえなくなるのを確認すると、密かに吐息を漏らす。そして、自分の心を落ち着かせるように胸に手を当てた。鼓動が僅かに速くなっている。いつものように全身を包み込む高揚感はない。むしろ、逆である。額を袖で拭うと、僅かに湿っていた。



「冷や汗かいちゃった。早くシャワー浴びたい」



 フレイアは薄暗い部屋を見渡して言った。ここは反逆者(フェアレーター)のアジトの一つである。表向きは至極真っ当な探偵業を営んでいる。だが、商店街の外れにあり、立地が悪いためほとんど人は来ない。週一度、猫探しの依頼が来れば幾分か良い方だ。

 ここは、店を開くための安い貸家である。そのため、シャワーや浴槽などはあるはずがない。



「家に帰っても良いんですよ。もともと今日は休みなんですから」



 アンティークなイスに腰をかけているロキは、フレイアにそう言って紅茶をすする。



「私にも事情があるのよ。帰りたいけど、今日は帰れそうにないわ」


「また、調べ物ですか?」



 ロキは目を細めた。紅茶に写る表情が曇る。フレイアはここ一帯の温度が下がった気がしてならなかった。鳥肌が収まらい。フレイアは自らのティーカップに淹れたての紅茶を注ぎ、口にした。砂糖を入れ忘れた熱々の紅茶ほと不味いものはなかった。


 そんなことは今更どうでも良い。目の前の恐怖から比べたら、舌がヒリヒリしている感覚などないに等しい。絶対零度の視線が彼女の感覚を麻痺させてるのだ。



「ちょっとね」



 それが彼女の精一杯の言葉だった。なにも悪いことをしようと考えている訳では無い。だが、ロキに疑われるということが何を意味するのかを彼女は知っていた。


 

「まぁ、あなたの行動に首を突っ込みはしませんが、私の邪魔だけはしないように」


「分かってるわよ」



 釘を刺したロキに言い返す。いたたまれない雰囲気からか、フレイアは感情を無理矢理押し殺し、部屋を出た。



 真夜中の商店街は、閑散とした空気が肌を刺す。音も光も人気(ひとけ)も、たった今、ここはみんな死んでいる。

 だが、フレイアにとって、この暗闇の死は心地よいものだった。闇とは実に美しい。何者にも染まらない唯一のものであると思っている。



「そして、この闇を持つ器があるのはたった一人……それがあなたよ」



──エイル



 フレイアは光のない天を仰いで、微笑んだ。





 フレイアの命令により、俺は半ば強制的に学校を見回りをすることになった。11:00ちょうどになって、南棟から時計回りに校内を散策するがこれといって何も無い。


 校舎内は厳重に鍵がかかっている。しかも、ピッキングで無理矢理開けると、警報がなるように魔法がかけられているようだ。時間をかけて解除したとしても魔力による痕跡が残ると考えたほうが懸命だ。真夜中に校舎内へ侵入するのは難しそうだ。


 さて、一通りは見終わった。フレイアのあてが外れたのか、単に見回りだけが目的だったのかは分からないが、もう帰っても良い頃だろう。


〜〜♪


 その時だった。風が人の声を運んできた。微かにしか聴こえないが、確かに一帯の柳の葉を揺らした。


 風に逆らうように歩みを進める度に、その声は歌声となって、はっきりと聴こえた。アカデミーの中心部から風が吹いていた。たしか、あの方向には広場がある。


 あそこに何かがある。なんとなくそう思って、俺はその広場の方へ向かった。


 広場には中央に噴水があり、それを囲むようにテーブルと椅子が置かれている。ここで朝礼が行われることもあるらしく、アカデミーの全生徒400人足らずが収まる空間だ。


 まだ昼間に訪れたことはないが、ユウが言うには、普段は憩いの場としてよくここを利用しているらしい。


 だが本来、この時間帯は人ひとりいないはずである。先程見回りした時もここを見たが、その時は誰もいなかった。


 校舎の角から顔だけを覗かせるようにして、広場を見渡す。目が慣れていたおかげで、今は暗闇でもシルエット程度であれば見えている。


 噴水の辺りに黒い影があった。



かなえて ゆめを 


わたし じゆうになりたい


いばらの あいを ころして ah──



 その歌に思わず、聞き入ってしまった。美しく、透き通っている。そして同時に、冷たく、脆い。


 この歌は「自由へ」という歌で、フリーデン王国では有名な曲だ。


 ある女性は人生の中であらゆる束縛を受けていた。ある日、その女の前に一人の男性が現れる。男は旅人だった。その男は女に様々な国の話をした。男が別のところへ旅に出ようとした時、女は自分も連れていくように言う。そして、二人は自由を求め、旅に出る。


 そんなストーリーがこの歌にはある。


 だが、この歌を歌っている人は───声からするにおそらく女性だろう───全く別の意味で歌っているようにも聞こえる。


 自由になりたいのに、殺してと言っている。ただの歌詞の一節の比喩的表現でしかないはずなのに、その人は本当に現実のものとして起こってほしいようで、だから、今もこうしてここにいるのではないか。そう勘違いしてしまう。


 なんだろう。この異常な風は、心の底まで吹き付けてくるこの弱々しい風は、一体なんなのだろうか。


 「そこまで死にたいならここで殺してやろうか」そう言って、早く首を狩りあげてしまいたい。それで終わってしまえばいいのだが、今回に限ってはそういう訳には行かないのだ。


 とりあえず、俺はこの場を去ることに───



 カラン



 甲高い音は空気を支配した。


 刹那、風は止み、世界は静寂に包まれる。俺はその場で立ち尽くしてしまった。



「……誰かいるの?」



 あぁ、やってしまった。


 俺を嘲笑うように、瓶のらしきものがカラカラと音を立て、俺の方に転がってくる。やがて、足元でコツンと音をたてて止まる。



「ねぇ、誰かいるの?」



 透き通った声は再び問いかける。



「ね、ねぇ……」



 少し不安げに言う。先程よりも声が近い。


 事態は一刻を争うようだ。誤魔化すために猫の声真似でも出来れば良かったのだが、残念ながらそういった方面の才能は皆無である。


 考えている暇などない。ここは何とかしてこの場を逃れるしかない。



「……いだァ!!」



 だが、世界は残酷で無慈悲だった。


 激しい痛みが俺の脇腹を襲う。怪我の苦痛に意表を突かれ、思わず大きな声を出してしまった。周期的に痛みはあったが、いくらなんでもタイミングが悪すぎる。


 自ら居場所を教えているみたいで、なんとも馬鹿らしい。そう思うと顔が熱くなった。


 そして、この声が誰かいることを確信づけてしまったらしい。もう問いかけることも無く、ただ足音だけがこちらに向かっていた。


 俺は半ば諦めたように、その場に立ち尽くした。校舎の角で女性が来るであろう方向を見つめる。


 まぁ、制服着てるし、上手くやり過ごせばいいだろう。この後、フレイアにドヤされるのは目に見えているが、こうなったものは仕方がない。


 音が間近になる。やがて、その音が止んだので目を凝らして見ると、先程歌っていたであろう女性が目の前にいた。



「あ、灯りつけるね」



 暗闇で顔も姿も恐らく見えていないであろう俺に、律儀にもそう言った。そして、簡略化された魔法を唱え、灯りがついた。


 目を細め、ぼやけていた視界がクリアになる。女性の姿を確認すると俺は目を見張った。


 肩まで垂れた夜と同化するほどの漆黒の髪は、灯りに照らされ、艶めかしく輝いている。彼女の年より幼さのある顔立ちは、ついつい惹き込まれてしまうほどの魅力で満たされているようだ。


 情報のみの資料で見るとき、実物を見るとギャップが垣間見えるのは良くあることだ。しかし、ここまでは初めてである。


───暗殺対象、シャルロッテ


 こんなにも美しく、今にも壊れてしまいそうなほど儚い人は初めて見た。



「あれ、君は確か」



 彼女が喋りかけるまで呼吸が止まっていた。表情を固めたまま慌てて思考を巡らせる。違和感のないように取り繕わなければならない。



「……? 僕のこと知ってるの?」


「うん、編入初日に決闘やってた子だよね? 戦闘のログが出回っててね。クラスで話題になってたよ」


「ちなみにその話題って……」


「あんまり聞かない方がいいかな」


「やっぱり」



 苦笑いを浮かべたシャルロッテの言葉に肩を落とす。


 いや、分かってはいたんだ。あんな無様な負け方で、しかも記録として残されたのだ。保健室に運ばれ、気絶していたほんの数時間で、そのログは校内全体に広まっていた。


 良い印象を植え付けるどころか、もはや黒歴史と成り果てている始末だ。保健室から自室まで向かう途中で、他クラスの生徒から後ろ指を指される俺の気持ちにもなって欲しいものである。



「それで、君はどうしてこんな所にいるんだい?」



「いやぁ、怪我でなかなか寝付けなくて……折角だしちょっと散歩でもしようかと」



 怪しまれた時に答える定型文をさらっと述べる。もちろん、乾いた笑い忘れない。


 シャルロッテは「ふぅん」と、鼻を鳴らしながら、まじまじと俺を見つめる。その姿はまさに値打ちをつける宝石商だろう。どうやら俺を品定めしたいらしい。


 若干の間のあと、彼女の瞳が揺らいだ気がした。



「やっぱり」


「……? どうかした?」


「君、なんか昼の決闘の時と違うね」



 切れ味のない、それでも充分な殺傷能力を持った果物ナイフが俺の心臓に突きつけられる。そんな感覚を覚えた気がした。



いかがだったでしょうか。



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