1-2 早速編入したけれど……
明日の午前8にも投稿しようと思います。よろしくお願いしますm(_ _)m
5月上旬頃、いよいよ暗殺任務が始まる。ターゲットに関する情報は一通り頭に入れたし、いつも通りの準備もしてきた。ただ、アカデミーへの編入とか、それ故の任務期間とか、少々いつもとは事情が異なる。
なんにせよまずは初めの一歩、ここから全てが始まる。俺はおもむろに教室へ入った。
「えー、編入生のルウシェ君じゃ。仲良くするんじゃぞ」
気だるそうな声で隣にいる老人が俺の名前を言う。その老人、ホドフ先生の話が終わると、俺はハキハキとした声で自己紹介をした。
「ルウシェです。訳があってこの学校に編入することになりました。皆さん、よろしくおねがいします」
いつもとは違って新品の制服に身を包み、表情筋をうまい具合に調整して、緊張感を含ませながらも雰囲気よく聞こえるように声を出す。これで好青年を演じれているはずだ。周りの生徒の表情も緩まっている。
久々だが、我ながら上手くいったと思う。第一印象は完璧だ。昨日まで、鏡とにらめっこしながら練習した甲斐があったものだ。
ここにターゲットのシャルロッテがいたらの話だが......
ホドフ先生に案内され、窓側の一番後ろにある自らの席に座ると、そっと息を吐く。緊張が解けてほっとしたのではない。ただのため息である。
ホドフ先生は自慢の長いあごひげを二本の指で弄りながら、のそりのそりと教室を出た。
恒例の質問タイムが始まる。数人の男女が俺の席に集まる。俺はありがちな質問に、無難な解答を続けた。もちろん、笑顔は絶やさない。話の内容など関係ないのだ。所詮は雰囲気と見た目で第一印象が決まってしまう。
まだかまだかと無駄な会話で時間を消費させながら、授業が始まるのを待つ。しかし、チャイムが鳴っても会話は終わることはなく、かと言って先生が来る訳でもなかった。自然な流れでそれとなく聞いてみる。
「なぁ、先生来ないけど、大丈夫か?」
「は? このクラスは先生が来ないんだよ」
「え?」
「俺たちはEクラスだから、落ちこぼれにする授業はないんだとよ」
思わず、聞き返した。同時に、ここはそんなに酷いのかと絶句した。
Eクラス、通称『来期退学クラス』
噂には聞いていた。近年の若年魔法使いの弱体化問題を解決するべく、アカデミーで取り入れられた新制度。それがこのEクラスの設立であった。
このクラスは二学期までにDクラス以上に上がらなければ退学が決まってしまう。このクラスにいる十人程度が言わば退学候補生とでも言ったところか。
昇格するまでは教師の指導すら受けることができない。つまり、自力でどうにかしなければならないのだ。
明らかな差別と厳しい環境。どうやら、アースガルズの上層部は、それが「ゆとり魔道士」と揶揄される現代魔法使いの風潮を改善させると本気で思っているようだ。
本当にバカだ。
ゆとり魔道士の卵にいきなりこんな環境を与えても、一時的な効果しか現れない。現に、ここにいる退学候補生たちの目は死んでいる。下にいる者は反骨心を見せるどころか諦めモードになっていた。
強者の育成は大事である。だが、それは弱者の育成を疎かにしていいという訳では無い。底辺の底上げをしなければ、なんの意味もなさないと言っていいだろう。
誰かしらが気付いて報告すれば、少しは変わったのかも知れない。事なかれ主義のこの社会へ言っても意味をなさないだろうが。
やはり、ロキの言った通りだ。この国は何もかも間違っている。だから俺たちで変えなければならない。
「じゃあ、適当に外で魔法の練習でもするよ」
「あ、おい!」
他人の呼びかけに応じることなく、軽く周りをあしらって教室を出た。
俺はこんなところで立ち止まる訳にはいかない。俺達の目的のためにも、エイルとしての役割を全うしなければならない。建前の顔を剥がすことなく、長い廊下をひとり歩いた。
静けさに包まれた廊下には、若干であるが風の切る音が聞こえる。横を見ると、他のクラスが授業をしている。タン、タン、タン、と小刻みにチョークが黒板を震わせる。
しかし、違う。これではない。
そのさらに屋上の外から聞こえる音......厳密に言えば第六感から感じる圧力がある。ここは二階であるが故、外に何があるか見ることは出来なかった。
漠然とした興味が急き立てられて、早歩きで廊下を渡った。
「はぁ! ......ふっ! ......たぁ!!」
校舎裏の人気の無いところで、その声は聞こえた。足音と気配を完全に絶って、茂みに隠れる。そっと頭半分だけ出して、その様子を見た。
茶髪の男が一心不乱に剣を振るう。見た目はチャラそうだが、真面目なようだ。
短調で荒削りな剣だが、その力強い剣はどこかで見覚えがあった。というか、魔法使いで、こんな剣を使うのは一人しか知らない。
アルバロ・ユウ
元魔法騎士団の副団長で、魔法剣士という新しい戦い方を確立した男だ。土魔法の使い手で、魔法を使いながら同時に接近戦をこなす。「英雄」とも呼ばれた魔法使いである。俺が活動してから一度だけ戦ったことがある。正直、戦い辛すぎて速攻で戦闘から離脱したくなった。
仕方がないと言えば仕方がない。身体強化に、土魔法での地形変化、その上接近戦は魔法界随一の実力である。夜での戦闘じゃあ無かったら間違いなく、終わっていただろう。
しかし、目の前にいるのは英雄本人ではない。面影のある姿から察するに、その家系なのだろう。
有名人とのパイプは作るに越したことは無い。後々、使える駒になりうるものだ。
気配を元に戻し、わざとらしく草むらを揺らす。そして、あたかも今現れたように装った。茶髪の男は俺に気づくと、剣を鞘に収めた。
「誰?」
「あぁ、ごめん。もしかして、邪魔しちゃった?」
「あーいや、丁度休憩を挟むところだったから気にすんな。それより、お前が噂の編入生か?」
「うん。僕はEクラスのルウシェ。よろしく」
「こちらこそ! Eクラスのハシント・ユウだ。シンって読んでくれ!」
朗らかな笑みを浮かべながら、手を差し伸べる。軽い握手を交わした。しかしながら、ハシント・ユウはEクラスと言っていたが、教室にはいなかったはずである。
「Eクラス? 教室にいなかった気がするけど」
「あんな奴らと一緒にいたらDクラスになんか上がれねーよ!」
シンの言葉は皮肉と苛立ちが込められているように聞こえた。
俺は先程のEクラスの様子を思い出す。確かにその通りだ。あの雰囲気はとてもではないが、上を目指しているものには思えない。まぁ、編入生の紹介ぐらいだったから教室に行く意味もないのか。ホドフ先生は出欠の確認すらしてなかったし......
そこまで意識が高いのに、どうしてEクラスにいるのだろうか。剣の素振りを見ても実力が無いわけでは無さそうだ。
「って言うか、編入生なのにEクラスなんだな。実力のある奴しか編入出来ないと聞いたんだけど?」
「僕もそう思ったよ。先生が言うには、編入生は実力関係なくEクラスからスタートって決まってるらしい」
「へー、そうなんだ。編入生も大変なんだな」
「全くだよ」
俺も最初は驚いたものだ。本来は編入試験に参加する必要があるのだが、何故か知らない間に合格通知だけが届いていた。恐らく、フレイアが情報操作で何かしらしたのだろうが、よく分からない。あいつ、一方的に情報渡すだけでそれ以外は教えてくれないからなぁ。しかしながら、一方的とは言ってもいつもなら事細かに資料に載っている。なのに、今回は抜けている点が多い。
Eクラスの件だってそうである。今日ホドフ先生に言われるまで分からなかったことだ。
「まぁ、お前もDクラス目指すんだろ。一緒に頑張ろうぜ」
「いや」
そうはっきりと言った。シンはポカンと口を開けたままであった。言葉の意図を理解しかねたのか、目を細める。
「......? まさか、編入早々退学でもする気か?」
「違うよ。僕の目標はAクラスだ。次の昇進試験でAクラスに行く」
俺は自信を持って言い切った。
今回の依頼だって期限が決まっている。半年でこの依頼にけりをつける。そのためには、シャルロッテのいるAクラスへも上がらなければ難易度が一気に高くなる。何としても一発でAクラスへ上がる必要があるのだ。
フレイアの調べでは、かつて編入生からAクラスへ上がったという前例は無いらしい。Eクラスの導入自体がここ数年なのだから当たり前だが、前例を作るというのは中々出来るものでは無い。
それでもやるしかない。
シンもその難易度を知ってか、戸惑いが隠せなかったようだ。やがて、俺が本気で言っていると理解したようだ。値踏みするように俺を見て、ニヤリと笑った。
「はは! いいね、乗った!! 俺も、最終的にはAクラスに行く気だったんだ。やるなら2人でやってやろうぜ!」
「あぁ!」
コツンと互いの拳を合わせた。正直、こいつも乗ってくるとは思わなかったが、良い誤算であった。利用できる駒が長く使えるなんてこれ以上のことは無い。
おっと危ない危ない。素の表情が出そうになった。すぐさま、いつもの化けの皮を被る。気付かれなかったから良かったものの、このタイミングで疑われたら面倒くさいことになる。
シンに誘われ、2人で空いている闘技場へと向かう途中、そんなことを考えていた。
いかがだったでしょうか。
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