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あなたを殺す為に恋をする  作者: drink
一章 昇格試験
15/16

1-15 弱み

 今のシャルロッテは一糸まとわぬ姿、とまではいかないものの、欲情的な下着姿の彼女は限りなくそれに近い。



「え、あ、、な、ちが……」



 弁解しようとするも、言葉が上手く出てこない。下手したらうっかり“俺”が出てきてしまいそうだ。


 対するシャルロッテも顔を赤くして固まったままで話す気配がない。ついさっきまでの学年主席としてのお上品で気の強い彼女はいない。口をパクパクさせる純粋な女の子がそこにいるだけだ。



「早く行こうよ!」


「そんな急がなくてもまだ決闘は始まらないでしょ」



 別の所から女の人の声が聞こえてくる。こっちへ向かってきているのだろう。心臓が止まるかと思った。

 

 EクラスとAクラス、男と女、制服姿と下着姿、聞くだけで想像の膨らむワードが鎮座しているこの状況で見つかったらどうなるか。社会的な終わりの未来が見えた。



「!? ごめん、一回中入って」

「え——うわ!?」



 はっと我に返ったシャルロッテは俺の腕を掴み、準備室の中に引き込んで扉を閉めた。


 準備室はさほど広くない部屋に大会用の道具がこれでもかというほど詰め込まれていて、人一人ちょうど入るスペースしかなかった。それを細身といえども2人も入れば互いに触れ合う距離になってしまうのは必然である。


 シャルロッテは細身であれど成長期を終えた思春期真っ只中の16歳だ。当然女性らしい体つきになっている。そんな彼女が今布一枚で密着している。人一人の重みと柔らかさを意識しないわけがなかった。


 顔から火が出るほど熱い。恥ずかしさをこらえようと、シャルロッテを見ないように上を向きながらその場を凌ごうとした。



「……? 今なんか音しなかった?」


「そう? 気のせいじゃないの」



 2人程の話声がかなり近い距離で聞こえる。足音が止まったので扉の目の前で話しているようだ。



「だよね、こんな人気のないところに誰も来ないか。そう言えば、アンナは誰の決闘を見たいの?」


「やっぱり、第三戦のシャルロッテさんかなー」



 シャルロッテという単語が聞こえ、2人の話し声に耳をすました。



「アンナ超ミーハーじゃん」


「いいじゃん、平民なのはいけ好かないけど、強くて可愛いのはやっぱり憧れるよ。ミカは見たくないの?」


「いや、見たくないってわけじゃないけどさ。圧倒的過ぎて見るの飽きるんだよね」


「ちょっと言いたいことわかるかも。なんか才能見せびらかされてるみたいで」



 アンナは空笑いで答える。恐らくミカという少女の話に合わせているだけだ。



「そうそう、この間の決闘も序盤完全に手抜いてましたーって感じでさ……あ、いいこと思いついた」


「なになに?」


「後で教える。面白そうだからエリシアさんにも言っておきたいし」



 徐々に話に熱が入っていく。話の雰囲気としミカはシャルロッテをあまりよく思ってないみたいだ。アンナはシャルロッテというよりも平民自体が気に入らず、偶像としてのシャルロッテには憧憬しているようであった。



「そう言えばミカは誰を見たいの?」


「私? 私は……えーっと誰だっけ、Eクラスの編入性」


「あー24秒の雑魚? 確かルウシェだっけ」



 おいやめろ。俺をその不名誉極まりない名で呼ぶな。



「そうそう、結構かっこよくない? それに最終戦に残ってるくらいだから強いんでしょ。飛び級で来期うちのクラスに来ないかなー」


「Bクラスに? いやー無理でしょ。Eクラスでしかも平民だよ」


「でも噂によるとAクラス目指してるみたいだし。ちょーっとしくってくれればこっちくるでしょ!」


「ははは、なにそれ。くだらないこと言ってないで行くよ」


「はーい」



 2人の足音が遠くなる。もう立ち去ったようだ。とりあえず最悪の事態だけは回避したと見ていいだろうか。



「あ、あの、ルウシェくん……」



 ふとシャルロッテが俺を呼んだので、下を向くと彼女と目が合った。


 シャルロッテは潤んだ上目遣いで俺のことを見ていた。しかも彼女と俺の身長差が僅かにしかなかったせいか、互いの顔も息がぶつかり合うほどの距離しかないことに気が付いた。互いに緊張で息が荒くなっていく。


俺はこの距離で見つめ合うことが非常に恥ずかしくて目をそらした。

だが、そこでシャルロッテの声の意味を知った。客観的に見て俺はシャルロッテに抱き着いているような体勢になっていたのだ。意識しないようにしていた彼女の熱が今になって伝わってくる。



「ご、ごめんなさい! すぐに出るから!!」



 ギリギリ保っていた理性で俺は用具準備室を出た。後ろからはしゅるる、と布のこすれる音が聞こえる。下手に意識してしまいそうなので、扉から距離を置いた。


 ようやく解放されて、何とか落ち着きを取り戻そうと深く息を吸う。まだ顔の熱か取れない。俺はたまたま手に持っていた魔法石を額に当てることで熱が冷めないかと——



「って、あ!?」



 フレイアに連絡しようと魔力を流しっぱなしにしていた。つまり、当然フレイアに繋がっているはずで、この出来事も全部聞いていたということが……



「……」


「おい、フレイア」


「ワタシハ、ナニモキイテナイヨ。アイビキシテタナンテ、シラナイヨ」


「うそつけ! そもそも逢引きじゃねーよ!?」



 一応、周りを見渡して声を潜める。しかもよりによってフレイアにあらぬ誤解まで受ける始末だ。こういう時のフレイアは本当に面倒くさい。



「じゃあ何よ、私に見せびらかすために連絡したならやめてくれる? 見せしめたいなら映像で送りなさいよ」


「誰が送るか! あれはただの事故だ」



 送ったところでそれを何に使うのだ。聞きたくもないから声には出さないけども。



「ふーん、まあどっちでもいいけど。途中聞こえた陰口、あれが本当ならターゲットしっかり見ておきなさいよ」


「どういうことだ」


「まったく、これだから恋愛初心者は……いい? 強すぎるっていうのは彼女にとっても色々とプレッシャーなのよ。勝つのが当たり前になると人々は面白くなく感じてくる。強いのは羨ましいけど、出来レースはつまらない。周りのそんな感情が表に出てきたら彼女、折れるわよ」


「やけに、詳しいな」


「そりゃあ私は恋愛マスター、フレイアちゃんだからね。人の弱みに漬け込んだ恋愛もお手の物よ」



 彼女らしい最低な発言だ。



「彼氏いたことないくせに何が恋愛マスターだよ」


「恋愛はしてなくても、恋はしてるからわかるの」


「あっそ」


「今フレイアちゃんに興味なくしたなー。とにかく、シャルロッテのことも最終戦までしっかり見ておくのよ」



 そう言って、フレイアは通信を切った。相変わらず一方的に情報だけ伝えて切りやがった。こっちだって状況報告しようと思ってたのに。



「……あれ、そういやあいつまだ最終戦の話してないのになんで知ってるんだ?」



 扉が静かに開かれる。重苦しく響き渡る扉の音が空気を引き締めた。



「お、お待たせ」



 シャルロッテは気恥ずかしそうに呟く。こちらに視線は合わせてはくれない。あんなことがあった後だ。仕方ないと言えば仕方ない。


 とても気まずい雰囲気だ。一度に来る情報が多すぎてどこから話せばいいものか、そもそも触れていいものなのか、様々な思慮が錯交する。



「急に扉開けてごめん。わ、わざとじゃなくてさ」



「う、うん。ルウシェくんがそんなことする人じゃないってことはわかってるよ。ただ、色々ありすぎてちょっと混乱してるだけ」



 彼女の表情はすっかり沈み切っている。彼女にとっては見られたこと以上に聞かれた、もしくは聞いてしまったというショックの方が大きいのかもしれない。


 もうすぐで最終戦が始まるというのに今の彼女は夜の姿になってしまっている。水平線に沈みつつある夕陽とともに、英雄シャルロッテとしていられるタイムリミットが刻一刻と迫っている。


 しばしの沈黙が続く。それが短いのか長いのか、沈滞しきった思考では判断しにくい。



「やっぱりだめなのかな」



 ぽつりと白い紙に墨が垂れる。


 僕は黙って彼女の話に耳を傾けた。



「平民で生まれて、たまたまちょっとした魔法の適正があっただけだよ。分からないことだらけでも一人で必死に勉強して、誰よりも魔法の練習もしてようやくここまで来れたのに……」



 自制がきかなくなって、とめどなく墨が激流のように流れ落ちる。


 俺は言葉が出なかった。今の俺には魔法の適正なんてこれっぽちもなかったし、ずっと孤独でいた経験もない。同情することも理解することもできないと思っている。


 特に彼女は稀代の才能に恵まれていた。だが、才能だけで魔法が使えるはずがない。当然、知識やそれなりの経験、最低限の訓練も必要である。それが全属性同じクオリティになるまで鍛え上げている。想像を絶するくらいの時間を割いてきたのだろう。


「ダメなわけないよ」



 否定してしまった時、間違いなく彼女は立ち直れなくなる。



「じゃあなんで! なんで誰も私を認めてくれないの! もうどうすればいいのか分からないよ!!」



 シャルロッテの目から涙が垂れる。彼女が手で覆おうとしてもあふれてしまうほど、彼女の感情がこぼれていく。彼女は限界だった。


 静かにシャルロッテの頬に触れる。そして俺は彼女の額に自分の額を合わせた。視線を逸らさないように真っ直ぐ彼女を見据える。


 シャルロッテはゆっくりと視線を上げて俺を見た。目元が腫れあがり、しわくちゃな表情でなんとも酷い顔だ。



「僕が君を認める。逆境の中頑張ってもがいてる君も、みんなの前では強がってる君も、少し迷って弱気になってる君も、全部が正真正銘のシャルロッテなんだって認める。誰がなんと言おうとそれだけは曲げないよ」


「どうして、どうしてルウシェくんはそこまでしてくれるの?」



 シャルロッテは弱々しく言う。

少し返答に迷った。俺は暗殺者で彼女は暗殺対象。本当はそんな感情を持ってはいけない。



「シャルロッテもそうしてくれたから」


「私も……」


「Aクラスに行くって言った時、“待ってる”って言ってくれた。君が僕を認めて、信じてくれた。だから、今度は僕がシャルロッテを認めて、信じる番だ」



 これが本心か建前か分からない。でも何故か考えもせずに自然と答えが湧き出てきた。つまりはそういうことなのだろうか。裏で生きてきた俺には今までなかった感覚だ。


 シャルロッテの涙はすでに止まっていた。彼女の返事を待つも口を開く様子はない。ただ震える手で俺を抱きしめた。静かにゆっくりと打ち付ける鼓動が伝わる。



「もう少しだけこのままでいて」



 彼女の表情は読めないが、良い心境になったのだと信じたい。



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