1-14 実技試験
実技試験の第1戦は見知らぬ人同士だった。制服に付いたバッチからしてDクラスとCクラスの戦いのようだ。2人とも見知らぬ人であるが、どちらもホログラムに収録された映像で見たことがある。
Dクラスの男は風属性の魔法を主体とし、火力で押していくスタイルだ。対して、Cクラスの女は水属性魔法を主体とし、相手に合わせて近距離と遠距離を切り替えていくスタイルだ。
「風よ! 俺の前に収束し、直線に発射せよ!!」
「水よ! 収束・直線・発射!!」
Dクラスの男は演唱を具体的に言わなければならず、少し省略できるCクラスの女は発現が速い。だが、火力ではやや男の方が勝っている。
判断能力はCクラスの女の方が圧倒的に上で、一気に間を詰められる。まさにテキスト通りの動きだ。
そして、この展開がいつもの彼女の勝ちパターンだ。恐らく、Dクラスの男は自分の立ち回りをさせて貰えずに負ける。今まで集めたデータ通りならばその未来が確定する。俺は自分の情報と照らし合わせながら、戦いの結末を見届ける。結果は予想通りだった。
決闘の機械的な音声が会場に鳴り響く。
「はいはい、勝負が決まりましたら、さっさと履けてくださいねー! 次は、Eクラス、ルウシェくんとCクラス、テオドゥロくんです。前に来てくださーい」
少女の緩い声で俺は闘技場の中央へと向かう。俺の名前を呼ばれた瞬間、少し空気が異質になった気がした。
他者から見たら俺は"ぽっと出のEクラス"にほかならない。こんな空気になるのも当たり前か。
「あばらを折られる準備は出来てるか」
「そっちこそ大恥かくかもしれないよ」
そう言って俺はあの時のようにバッチを突き出した。テオドゥロも舌打ちをしながらバッチを合わせた。力を込めて握られたバッチは今にも潰れそうである。
戦いのカウントダウンと同時にテオドゥロから距離をとる。互いに向かい合って深く息を吐いた。自然と体から余計な力が抜けていく。
この戦闘は負けることが許されない。任務を遂行するためにもやらなければならないのだ。それは何も特別なことではない。少し昔に戻っただけだ。たとえ十分な力が出せなくとも──
「今は俺だ」
──俺はエイルだ。
《決闘始め》
始まった瞬間、俺はテオドゥロの間合いにあえて入った。テオドゥロが魔力の込めた拳を万振りした。
「業火よぉ!」
拳に火炎が宿る。魔法をブーストさせたパンチを2発交わし、腰の入っていない3発目をガードを固め、バックステップしながら受けた。それでも威力は完全に殺し切れず、壁まで飛ばされた。ガードした手に魔力だけ込めていたので傷は浅い。
レンガの壁に手を添えながら立ち上がる。
「はん! 所詮そんなもんかぁ!!」
「安心しろ、今準備が出来た」
「は?」
俺はトップスピードで駆けた。テオドゥロが構えるよりも速く間合いを詰めた。
「なぁ!?」
テオドゥロは桁違いのスピードに驚いて後退する。俺は拳を振るうフェイクを入れて、相手の制服を後ろに引っ張りながら足をかけた。重心が後ろにある状態では踏ん張ることは不可能である。
「ぐぅ……この!」
倒れた僅かな隙を危険と感じたのか、倒れながらも全身を回転させて拳を振るった。俺を近づけさせまいと必死だ。俺は最小限のバックステップでそれかわし、ペン型の杖を振って魔力弾を数発放った。
テオドゥロは咄嗟に腕をクロスさせ、魔力を込めることでガードを固める。当然、前回同様でこの程度では彼の装甲は突破できない。だが、当初の思惑通りテオドゥロを仰向けに倒し、視界を奪うことに成功した。
これで終わりだ。
俺は魔力を練り上げて、杖に集めていく。杖は魔力を帯びることでナイフのような形に姿を変える。フレイアお墨付きの超高速錬成だ。属性付与されていないので特殊攻撃といったものはないが、人を殺めるには十分な強度と切れ味だ。
この場面での暗殺は幾度となく経験してきた。テオドゥロが思わずしてしまった瞬きは試合の優劣を決定づけた。
「そこまでです!」
少女の凛々しい声が響く。
ナイフはテオドゥロの首筋に添えられている。決闘とは違って勝敗の裁量は試験官に一任されている。つまり、相手はどうであれ、その実力差を見せつければ決定力がなくとも勝つことはできると踏んだのだ。
暗殺者として培ってきた体術を中心としたスタイル。実践であれば死んでいた、と認識されるのだ。
——楽しいが、物足りない
「僕の勝ちだね」
高揚する気持ちを抑えながら、静謐を装う。今はもうエイルではない。一学生のルウシェだ。そこに人を殺すという意思は要らない。
何がともあれ一勝だ。俺は止まぬ周囲のどよめきを身に受けて、テオドゥロを眺めた。
テオドゥロは炯眼で睨み付けながらも全身の力を抜く。そして一言、くそう、と呟いた。
5戦5勝0敗でグループ成績1位、属性魔法が使えない中でこの成績は大健闘しただろう。Bクラスが2人ほどいたが、どちらも接近戦中心の超短期決戦には慣れていない様子で、ほぼ初見殺しという形で勝利を収めた。
★
「では、これからグループ上位による決闘を行いたいと思います。次の組み合わせで行うので呼ばれた方は返事をしてください」
第一闘技場に集められた上位成績の人達に向かって長身の男は言う。俺、シン、シャルロッテはこのメンバーの中に含まれている。Eクラスの俺やシンが残っていることは波乱だったようで、観客席で決闘を観戦する学生たちは騒然としている。
「第10戦、Eクラス ルウシェ対Bクラス ファビオ・ノートレス」
一番最後に俺の名前が呼ばれた。よりによって最後か。夕暮れ時の今から始めるとすると、俺の決闘の頃には暗くなっていることだろう。
朝から長時間の筆記試験に連戦での実技試験があって、流石に集中力が切れてきた。周りを見渡してもやはり疲れの色が見えてきたように思う。依然として凛とした表情を維持するシャルロッテの胆力は凄まじいものだ。
「——以上が昇格試験の最終戦と致します。各自準備を怠らないように!」
男が解散を言い渡すと、ぞろぞろと闘技場の外へ移動し始める。俺も近くにいたシンと合流してから皆に合わせて歩き始めた。
「ついに最終戦の決闘までこぎつけたな」
「なんとかね」
「謙遜するなって。皆お前の話題で持ち切りだぜ。24秒の雑魚覚醒ってな」
「それ馬鹿にされてない!?」
「さーな、注目されていることは確かだぜ。まぁ、お互いに頑張ろう。次会う時はAクラスだ!」
ニヤリと口角を上げて笑う。しかし、その笑いは無機的で固いように見える。恐らく、緊張しているのだろう。
——第5戦、ハシント・ユウ対ハワード・リガク
早朝の騒動から察するにシンにとってあの細身の赤ハットは因縁の相手なのだろう。それが最終戦の相手になる。意識しないわけがない。
「うん、絶対勝とうね!」
それだけ言って、決闘の準備をするシンと別れた。これ以上、下手に心配するのは無粋である。
俺は順番的に最後だから準備するには早すぎる。といっても今から観客席に向かっても下手に注目を集めるだけだ。流石に自ら笑われにいこうとは思わない。人混みのない所でも探して、今のうちにフレイアに状況報告でもしてみるか。
適当に競技場周辺を歩いていたら、用具準備室という看板が目に入った。ここら辺は人混みもあまり多くない。ここならしばらく身を隠せるし、話声も通らないだろう。
俺はポケットから魔法石を取り出して、フレイアへ繋いだ。繋がったのを確認すると、素早く用具準備室の扉を開ける。
「え?」
その声は影に溶けていく。どこから聞こえたのか。俺かそれとも“目の前にいる少女か”。
夕方の淡い日の光が準備室の中に差し込む。その赤い光は目の前の少女——シャルロッテの脚、太股、腹、腕と全身を順にめぐって、白い肌を紅く染める。そして、その熱が次第に顔へと伝達していった。
用具準備室の中には何故か着替えている途中のシャルロッテがいた。




