1-13 少女の話は止まらない
筆記試験を終え、昼休憩に突入した。俺たちは噴水広場にあるテーブルでお昼を食べていた。食堂のトレーには試験日限定メニューが乗っている。雑穀パン、牛肉のソテー、様々な豆の入ったスープ、新鮮なサラダ、色合いもよくバランスの取れた食事だ。
俺は牛肉をナイフで切り分け、押さえていたフォークで口に運ぶ。咀嚼するほど肉汁が溢れ、絶妙にソースと絡み合って旨みが広がる。つかの間の休息にしては十分過ぎる幸せだ。舌鼓を打った後も、さらなる幸福を求めてスープに手を出す。
「あ、あの」
「ん?」
その途中で突然、弱々しい声が聞こえた気がしたので、反応だけ示して顔を上げた。すると、声をかけた少女が小さく飛び跳ねた。
「ひっ!? す、すみません悪気はないんですただ少しお話してみたいと思っただけで決して意地悪しようとかそんなことは微塵も考えてなくて本当なんです信じてください本当の本当に──」
「え、ちょ、なに?」
ブロンズ色のアホ毛が揺れ、小さくて可愛らしい瞳の奥がじわじわと潤む。それにしても恐ろしいほどのマシンガントークだ。早口すぎて途中何言ってるかさっぱり分からないが、すごく申し訳なさそうにしていることだけはわかった。ただ、まぁ、なんというか
──すごく面倒くさそうなやつ来たぁぁ
これ関わっちゃいけないやつだろ。でも、目の前で矢継ぎ早にしゃべられるのも迷惑だし、また周りから悪い意味で注目を集めるのはごめんだ。最低限の対応くらいはした方がいいのか?
「1回落ち着こう! ね! ほら、深呼吸深呼吸」
「──ふぇ? は、はい。すぅーはぁー」
「そうそう。ほら、落ち着いて来たでしょ? 僕は別に怒ってるわけでもないから、ゆっくり用件を喋っていいよ」
小さな子供をあやす時も、こんなやり取りをしているに違いない。少女は落ち着きを取り戻すと、嬉しそうに笑った。
「分かりました。ありがとうございます。ルウシェさん……で良かったですよね?」
少女は何故か俺の名前を知っていた。顔は知られているが、名前まで知っている人はほとんどいないはずでなのにだ。
「そうだけど……あれ、どうして僕の名前を?」
「風の噂で聞きました。なんでもAクラスを目指しているそうで」
「まあね。周りでは結構叩かれてるみたいだけど」
「では、その……『周り』さんは見る目がないんですね」
変わった言い回しで少女は言った。不思議な雰囲気の子だ。弱々しい口調も徐々に収まっている。
「それってどういう意味なのかな?」
「言葉通りの意味ですよ」
少女を照らす陽射しを避けるように、軽快なステップで俺の周りを1周回った。それに合わせて草花も左右に揺れる。緑と一体化したダンスだった。彼女と少しの間見つめ合う。ゆっくりと口を開いた。あの小さな口から一体どんな言葉が発せられるのだろう。
ふとそこへ、教室棟から緑の髪の男が出てくるのが目に入った。慌てた様子の男はこちらの方へ目を向けると、ぎょっとした顔でこちらへ走った。
「ここにいましたか会長!」
「うぇ!! な、なんだファビオくんでしたか。驚かせないで下さいよ」
「それはすみませ──じゃないですよ!! 生徒会は昼休憩の時間に実技試験の準備を手伝うって話だったじゃないですか! 2年生の僕だって参加してるのに、会長がいないってどういうことですか!」
「うぅぅ、最近のファビオくんは厳しいですぅ……以前までだったら少しくらいは許して貰えたのに人が変わったみたいです私だって急な用事くらいは出来ますいいじゃないですか1人くらいいなくたって準備は間に合いますよなんなら──」
「御託はいいんで行きましょう」
「わわっ! 引きずらないでください〜! 私これでも先輩ですよもうちょっと大切に扱ってくださいそもそもレディに対する礼儀が──」
少女は男に首根っこ掴まれて引きずりながら連れていかれた。その姿は子猫を運ぶ親猫にそっくりだ。それにしても一連の流れがあまりにもスムーズだったため、誰一人生徒が気づくことはなかった。
2人が教室棟の中へ消えていくのを見届けると、あの少女のことを改めて思い返す。変なやつというのが一番しっくりくる言葉だろうか。アカデミーに変わったやつもいるもんだ。なんにせよ……
「疲れたー」
「……お前凄いな」
これまで黙っていたシンが呆れて言った。彼のトレーにあった料理は綺麗になくなっている。
「何が?」
「あの人のこと知らないのか?」
「うん、全然」
「なんでだよ……いいか、あの人はこのアカデミーの生徒会長だぞ。そんでもって、あの生徒会長は3年生だ」
一瞬、頬の筋肉が動いてしまった。
「あの背格好で先輩なの!?」
「そーゆうこった。なんつーか、面倒臭いやつに目をつけられたのは間違いない。」
なんとも衝撃的な事実である。俺、思いっきりタメ口使ってたし。にしても、生徒会長か……あの様子が素であるなら大丈夫だと思うが、もしかしたら厄介になるかもしれない。所々に気になる言葉もあったし、意識的にやっていたとするならば、立ち回りが上手すぎる。一応、少女のことはフレイアに報告するべきか。
「どうしよう」
「今はそれよりも次に始まる実技試験を優先しよ。早いとこ飯食って最後の確認をしよーぜ」
「うん! そうだね」
俺はシンの言葉に頷いて、トレーの料理を急いで平らげた。
★
「それではこれから実技試験の概要を説明致します」
第2闘技場の中心で長身の男が野太い声を張り上げる。その声と共に空気も張り上がった。各々の表情は硬い。皆、この試験に賭けているのだ。その思いに上も下もない。あるのは実力だけだ。
「これからこちらで決めた6組1グループで総当り戦をしてもらいます。その後、総勢17個のグループの上位は私たちの判断で決闘を行い、総当りの戦績と決闘内容から評価いたします」
シンやシャルロッテから聞いていた試験内容と変わったところはない。グループごとの総当り戦の成績と任意の決闘。グループで上位に行けば決闘の機会も増える。組み合わせによっては上位クラスでも散々な戦績になるかもしれないな。その点で中々シビアな評価方法だ。
「1人5戦。総当たりだと1グループ15試合か……相当な数の試合だね」
「それに加えて上位は1試合組ませて昇格の参考試合をやる。毎度夜遅くまでかかるんだ。まぁ、一学年で100人単位でいるし、昇格降格も厳格化されてるから仕方がないけどな」
「へぇ……で、Aクラス入りするにはどのくらい結果を残せばいいの?」
Aクラスという言葉に、一瞬周りの目がこちらを射抜く。
「そうだな。理想は総当りが全勝で、参考試合は目を見張る結果を残すことだな」
やはり、Aクラスへのハードルは恐ろしく高い。前提は全勝、良くて1敗と言ったところか。勝負には実力もだが、運も関わってくる。最大のハンデがある内は俺の方が不利に働く場面が多くなる。そこをいかに凌ぐか……もう少し作戦を練っておくか。
「教師の指示に従ってグループごとに分かれてください」
「それじゃあ、一先ずここでお別れだな。お互い頑張ろうぜ」
「うん!」
シンは笑って拳を突き出す。それに合わせて俺も拳を突き出した。
次にシンと会う時はおそらく実技試験のあとである。俺は奮起しているような仕草を見せながら、ホドフ先生の指示に従って、自分のグループへと向かった。
ホドフ先生によると、俺のグループは第3闘技場で行うらしい。急いでそこへ向かうと、いくつかのグループが集まっている。指示されたグループの所へ向かうと見覚えのある大柄な男がいた。
「げっ、テオドゥロ……」
「あ゛!? てめぇはあの時の白頭!」
テオドゥロは眉間にシワを寄せ、今にも殴りかかってきそうな勢いで迫ってくる。あんなに思いっきり殴っておいて、未だ気が済まないらしい。あの出来事のことを思い出すと、治ったはずの脇腹が痛んだ。
「なんの用?」
「Eクラスの癖して、そのでかい態度は相変わらずだな」
「今日でAクラスになるから、別に変える必要もないね」
「はん! 魔法もろくに使えない雑魚がよく言うわ!!」
テオドゥロは物凄い剣幕で睨みつける。一触即発、周りからはそう見えているのだろう。
「お願いですから、静かにしてください! 時間は有限ですよ。総当りの評価を一々付けなきゃいけない私の身にもなってくださいこれでも生徒会はいそがしいんですよ全くこれだから──」
俺らの間を割って入り、少女はマシンガントークを繰り返した。シンが生徒会長と言っていたあの少女である。生徒会長が俺らの試験の評価をするらしい。仮にも天下のアカデミーが学生に評価を一任するのはどうかと思うが、色々大人の事情があるのだろう。深くは考えないようにした。
その後、テオドゥロは興ざめしたのか、相手を生徒会長と知ってか、舌打ちだけして立ち去った。
少女は少し満足そうである。
「それではこれから実技試験を開始します」
全員が集まったことを確認すると、少女は高らかに宣言した。
いかがだったでしょうか。
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