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あなたを殺す為に恋をする  作者: drink
一章 昇格試験
10/16

1-10 神童の思惑

次回は明日の午前8時投稿する予定です!よろしくお願いしますm(_ _)m


 あれから数日が経過した。俺は窓から日の出を拝みながら、通信用の魔法石に声をかけた。もちろん相手はフレイアである。久々の定期報告だ。



「フレイア、定期報告だ。おーい聞いてるか」


「ふぁぁ、今何時よ……まだ6時じゃないの〜後5分寝かせてぇ」



 魔法石を伝って布が擦れる音が聞こえる。こんなに早い時間だ。まだ布団を被って寝ていたようで、いつもより語尾が伸びている。



「うっせぇ。早朝は対戦映像の観戦、朝は実技試験の練習、昼間は勉強、夜は基礎練習と実技の戦略練り、たまに夜中はシャルロッテの話し相手だ。俺だって寝てないんだよ。時間だってあまりないんだ。早く聞け」


「待ってぇ、布団からでるわ。紙も用意しなくっちゃ。あ、ちなみに今、私下着姿だよぉ。真っ赤な花柄のやつ」



 フレイアはうっとりとした猫なで声で言う。


 あいつの事だ。俺からは見えてもいないのに、彼女はポージングでも取りながら言っているに違いない。それこそ、芍薬のように火照った頬や牡丹色の髪と同じ色の下着、それらが百合の肌を一層輝かせ、母性の象徴たる──あぁ、これでは彼女の思うつぼだ。


 俺は煩悩を消し去るために頭を左右に振った。



「どうでもいい。もう少しでシンが来る。早くしろ」



 雑念が俺の語尾を強くする。



「はぁい、準備できたわよ。それでシャルロッテちゃんに変化はあった?」



 俺は寮の窓から外を見渡した。木の葉の先に朝露がゆっくりと滴り、その勢いで葉は大きく跳ね上がる。数滴の真珠が宙を舞う。窓の外は朝の香りが広がっていそうである。


 あの時、シャルロッテはどう思っていたのだろうか。笑顔の裏の妬みに彼女は気がついていたのだろうか。



「変化はなかったが、シャルロッテのことを快く思っていないやつもいることが分かった」


「あれだけ目立っていればそうでしょうね。その中にいた人の名前とかは聞いた?」


「エリシアとカルメリアって名前だったな。前者がお嬢様で後者が召使い」


「ふーん……分かったわ。他に何かある?」



 なんとも味気ない返事だ。口には出したものの、大した興味はなかったらしい。そろそろ話題転換したほうが良い。



「いや、特にはないな。強いて言うなら昇格試験で頭を悩ませているくらいか」


「今のあなたでは厳しい条件が揃っているものね。でも、あなたを指名したのは紛れもないロキよ。彼の台本に実現不可能なことはない」



 フレイアの声色が少し柔らかくなった。いつも鈴の音のように笑ってからかう彼女にしては珍しく、俺を励まそうとしている。数年の付き合いからなんとなくそう思った。そんな器用な彼女の僅かな不器用さが微笑ましい。



「そうか、そうだな」


「ふふふ……惚れた?」



 甘い甘い声が耳を撫でる。疲れた心が暖かい炎に包み込まれ、思わず彼女の魅力に取り憑かれそうになる。思考の奥底が黒から赤に染まった。



「あぁ、惚れた」


「……」



 ふと、口から心の声が漏れてしまった。トンッと心臓を小突かれ、締め上げるような余韻が残る。予想外の返事なのか、口達者なフレイアも黙り込んだ。残念ながら今は彼女の姿を見ることが出来ない。彼女と俺の間に立ちはだかる確かな壁を感じた。これを解決する魔法など存在しないことにもどかしさすら覚えてしまう。



「じゃ、じゃーな」



 彼女の返事を待たずして、魔法石に魔力を注ぐのを止めた。俺は壁に寄りかかると、肺に溜まった息を吐ききった。少しずつ鼓動が治まる。その事に安心する一方で、どこか名残惜しい気持ちにもなる。まだ俺はこの高鳴る鼓動の名前を知らない。


 扉から小刻みとしたノック音が3回鳴る。それが思考の渦に飲み込まれかけた俺を引きずり戻した。




「おーい、ルウシェ、そろそろ行くぞ」




 シンが来た。また、偽りの日常が始まる。





「いよいよ、昇格試験も近くなってきたな」


「うん、そうだね。で、今からどこ行くの?」


「第一闘技場だ。そこでAクラス同士の決闘がある」



 シンは人混みをかき分けながら、行き先である大きな建物を指差す。レンガ造りのその建物は俺でも見覚えがあった。国内で大きな決闘や大会が催された時にもよく使われている所だ。新聞で見た位だが、それでも十分伝わる程迫力が凄まじい。



「へぇ……あれ? たしか同じクラス同士では決闘しなくても模擬戦は出来るんじゃあ」


「やらなくてもいいだけだ。やった方が利益になる場合はやるさ」


「やった方が利益になる……」


「例えば、昇格を狙っている奴らへの威嚇行為。偵察に来ることを逆手に取った戦略とでも言ったところだな。事前に申し込んでおいて、宣伝しておけば人は自然と集まる」


「なるほど」


「特に今回は皆注目してるだろうよ。対戦相手を見てみな」



 シンは親指で壁の張り紙を見るように促す。俺は剥がれかけた張り紙を直し、中身を読み上げた。



「あ、うん。えーと……エリシアvsシャルロッテってシャルロッテさん!?」


「あぁ、なんでも先日シャルロッテから申し込まれたらしい。エリシアとしては一年の頃から何かと申し込んでは断られ……って感じだったから好都合だと思うがな」



 エリシアと言えば数日前、図書館に来ていたな。あの時にそんな話はなかったはず……つまりその後シャルロッテは決闘を申し込んだことになる。しかも、わざわざ事前に決闘を申し込んでおいたのだ。彼女には何か思惑があるのだろう。



「この様子だとが闘技場は満席になるから、急いで席を取ろう」


「うん、そうだね」



 俺達は急いで闘技場の中に入る。第一闘技場は第三闘技場と違って、客席から闘技場の様子を覗くことができるようだ。すでに多くの人がこの決闘に足を運んでいる。制服に付いているバッチを見ると、A~Dまでランクは様々で、皆の目的は間違いなくシャルロッテだ。いかに彼女が注目されているかが分かる光景だ。何とか前列の席で腰を下ろすと、シャルロッテとエリシアはすでに中央に集まっていた。


 二、三言の言葉が交わされる。観客の地面を揺らす歓声で中身までは聞き取れないが、エリシアの目が鋭くなっていくのだけは分かった。


 そして、2人は互いのバッチを天に掲げるように合わせた。例の半透明のガラスが現れる。



《決闘の申請を受理しました。1分後に開始致します》


《──3......2......1……決闘始め》



 彼女らの交差する思いはいざ知らず、俺は2人の決闘を見定める。





「ルウシェ君、見てるかなぁ……」



 口から溢れ出る一途な彼女の想いは、轟く歓声にかき消される。


 シャルロッテは観客という雑木林の中から植えられたばかりのモンキーポッドを探していた。だが、目当ての木が白髪の目立った少年であろうとも見つけるのは容易ではない。やがて諦めて瞳を伏せた。


 第三者から見ればその様子は絶景かな。穏やかな春風がシャルロッテの髪をかきあげ、見目麗しき顔立ちを撫でる。目を閉じてため息をつく姿は、異様な程に見る者の保護欲を掻き立てる。男性だけに留まらず、女性までもがその魅了に心を射抜かれてしまう。


 まぁ、ルウシェ君は恐らく見に来てくれるだろう、彼女の心情はそんなところだ。


 そんな中で、シャルロッテと対峙するエリシアは酷くいきり立っていた。しかし、エリシアは誇り高き貴族だ。上品に振る舞うことを求められる彼女はその気持ちをグッと抑えた。



「周りを気にするなんて、随分と余裕がお有りのようですね。流石は神童といった所でしょうか?」



 その言葉に皮肉が篭っているのは致し方ない。それに加え、彼女は怒りを抑えようとすると、敬語をやたら使う癖がある。その事を知っているシャルロッテは、何故かエリシアが怒っているという事実だけ察した。



「余裕なんてありませんよ。観客が集まってきて、私だって緊張して来ました」



 今ではもう人前の敬語も使い慣れてしまった。



「そうでしょうか? わたくしにはご友人もといいつもの取り巻きが見に来ているか確認している様に見えるのですが。わたくしのことは歯牙にもかけていらっしゃらないと、状況が仰っていますわ」



──なんか凄く怒ってるぅぅ!?


 プラス1しか言っていないのに、それをマイナス100くらいに負の拡大解釈をされてしまっている。シャルロッテは下手な事を言うと理不尽な口撃が待っていると悟った。


 シャルロッテとエリシアの関係は思わしくない。


 と言っても、シャルロッテは比較的仲良くなりたいと思っているのだが、エリシアがそれを良しとしない。


 彼女は生粋の貴族社会で生きている。ハイソサエティの文化を嗜み、他の貴族と同じように振舞ってきた。平民に対しての印象など持っての他で、住む世界すら違っていると考えている。


 そんな2人は自然と水と油の関係になってしまった。



「それで……どうして急に決闘を申し込む気になったのかしら?」


「え?」


「今までわたくしの決闘には一切応じなかったわよね。シャルロッテさん、明らかに不自然よ。一体何を企んでいるの?」



 エリシアの質問にシャルロッテは言い淀んだ。もちろん、元々シャルロッテはエリシアに決闘を申し込む気などなかった。だが、ルウシェが現れてから考えが変わったのだ。


 シャルロッテ自信に利益はなくとも、Aクラスを目指すルウシェには利益がある。彼女はそのことに気がついた。だから、今回の件でエリシアを利用したのだ。


 その事を伝えると、シャルロッテとルウシェの関係がバレてしまう。


 貴族と平民、AクラスとEクラス、この2つに優劣をつける人は少なからずいる。ましてや、エリシアは特にその傾向が高い。そんな彼女に知られていい事などあろうはずがない。


 故にシャルロッテは言葉を選びずらい状況になっていた。



「え、えっとー」


「まぁ、いいわ……始めましょう」



 エリシアはそう言って制服に付いたバッチを外した。それに応じてシャルロッテもバッチを外す。どちらもAという最優秀の証を身につけている。


 そして、互いに天に掲げるようにしてバッチを合わせた。


《決闘の申請を受理しました。1分後に開始致します》


 シャルロッテとエリシアは互いに距離を取って杖を構える。



「決闘で勝って全てを吐かせるだけよ。すぐにその化けの皮を剥がして差し上げますわ」



──あぁ、ダメだこりゃぁぁ……



 シャルロッテの心の叫びが木霊した。


 あらぬ誤解を受けているものの、聞き入れて貰えないであろうこの状況。シャルロッテは複雑な気持ちで一分間を待ち続けていた。出来れば、この決闘なかったことにして貰えないかとすら思っている。



《──3......2......1……決闘始め》



 2人はそれぞれの思惑を胸に地面を蹴った。



いかがだったでしょうか。



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