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あなたを殺す為に恋をする  作者: drink
一章 昇格試験
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1-1 全ての始まり

今日の午後10時頃にも投稿予定です。よろしくお願いしますm(_ _)m


 白銀の一閃で鮮血が宙を舞う。



 燕尾服の暗殺者に背中を向けた時が母親の最期であった。力が抜け落ち、意思のない人形となった母が宙へと投げ捨てられた。どさり、と音をたててから同心円状に赤黒い液体が広がる。月白に映る母親の表情は恐怖に満ち溢れたまま、半開きの目から白眼を露わにする。もうピクリとも動かない。


 阿鼻叫喚し抵抗する父も、やがてナイフが父の首と交錯した。断末魔の叫びが聞こえて間もなく、どさり、と音をたてる。震える指で首を抑えながらも、何とか逆の手で懐に手を伸ばす。しかし、間もなくして糸が切れたように地に伏した。


 屋敷は静寂となった。


 すでに抜け殻となった身体が仰向けに並んでいる。そんな両親の成れの果てを見た。これが汚い金で高い地位へのし上がり、権力を振りかざしていた父と母の末路であった。富の象徴である屋敷が、奴らの墓場になるとは夢にも思わなかったことだろう。


 しかし、心のどこかでほっとしている自分がいた。


 父の最期の言葉が「金は......渡さん......」だった。彼は死ぬまでそれを貫き通した。せめて、息子の心配の一つくらいはして欲しかったものだ。両親の死を目の当たりにして、平常でいられる俺も俺である。やはり、同じ血が通っているらしい。腐れた国の豚の血がこの体にも流れている。


 だが、そんな人生ともお別れだ。


 暗殺者の音のない足音が近づく。音はないが、やつの発する威圧感がそう錯覚させる。


 次は俺の番である。


 腰が抜け、立ち上がることすらままならない。それなのに、不思議と俺の足は震えない。こんな状況にも関わらず死への恐怖を感じない。人間という生き物は本当に死ぬと直感するとき、恐れを通り越して死を受け入れるのだろうか。


 いや、違う。そうではない。この感情はそんな生易しいものではない。



「すげぇ......」



 これは単なる憧れであった。両親の死に様よりも、芸術と呼ぶにふさわしい技量に惹き付けられた。常闇を引き裂くような一筋の刀光、それが両親の喉元へ差し掛かるまでの洗練された動き、すべてが魅力的だった。


 あぁ、俺もこんな風に自分の体を操ってみたかった。


 そんな高揚とした気持ちが収まらない。



「この状況でよくそんな言葉が言えたものですね」


「いいだろ。俺らはどうせ殺される運命だったんだ。せめて殺すならあいつらよりは華々しい最期にしてくれよ」



 自分の頬が自然と緩んでいくのが分かる。ゴミみたいな社会に殺されるのは癪だが、この芸術なら構わない。



「これは相当イカれていらっしゃる」



 敬語で優しげに言うのとは裏腹に、暗殺者は俺の言葉に狂気な笑みを浮かべる。



 確かに暗殺者の言う通りである。俺は昔から狂っていた。


 両親や他の貴族には、薄っぺらい笑いで良い子ちゃんを演じる。


 学校の奴らとはやんちゃな自分を演じ、お友達ごっこに精を出す。


 それで何もかもが自分の思い通りであった。その事に誰も気付かず、ぬくぬくと平穏な日々を送っていると思い込んでいる奴らを見るのが実に滑稽であった。


 こんな俺を狂っている以外になんと言えようか。



「さて、残念ですがお話はもう終わりです」



 血がベッタリと付いたナイフを俺に向ける。俺はもう死ぬだろう。まぁ、こんな人生ももう飽きた。どうせなら、何もかもを切り刻んで終わりにしよう。


 最期に暗殺者の顔を見る。悪魔のような紫の髪の男が月明かりに映え、片眼鏡の先の、殺しに飢えている目が俺に狙いを定めていた。暗殺者はナイフを天に掲げ、音もなく、空気諸共引き裂かれる。


 が、そのナイフは俺の眉間でピタリと止まった。少しでも動いてしまえば切れてしまいそうな距離を、寸分の狂いもなく。


 俺は血染めの隙間を縫うように光輝くナイフをただ見つめた。


 両親の忌々しい血が俺の顔へ滴り落ち、鼻筋を伝う。冷たい。そして、なぜだかその冷たさは俺の気持ちを落ち着かせた。



「いや、やっぱり止めにしましょう」


「どうした、まさかここに来て怖気づいたのか? 暗殺者さんよぉ」



 わざとそれっぽい言葉で問いかける。早く殺せと遠回しに言っているつもりだ。

 俺は今、死を欲している。



「なに、気が変わっただけですよ」



 そう言うと暗殺者の男は立ち去ろうとする。訳が分からなかった。こんな人生、生きてて何になる。偽りで取り繕った国にいてなんの意味がある。


 平和と秩序を謳いながらも、その機能を欠片も発揮したことなどない。それどころか、便宜上、メディアで良い方向に脚色した話を世に流し、あたかも正義を行使したように見せる。


 この国、アースガルズは俺自身だ。俺と同じ、嘘に塗れた空中楼閣そのものだ。



「こんな息の詰まりそうな国で生きても価値なんかねぇよ。さっさと殺せ」


 


 他国とは截然とそびえ立つ高い壁によって隔たれ、外の様子など一部を除いた国民以外は知る由もない。こんな秩序の刑に処せられた国で生きていたって意味は無い。


 窓ぎわのカーテンがなびいて、大きく膨らみ、俺の視界を塞ぐ。すると、そのカーテンは一瞬で木っ端微塵に切り刻まれた。赤黒い血がこびりついたナイフが月光で辛うじて見える。


 やったのはあの暗殺者なのか?



「なら"俺"たちについてこい」



──こんなクソったれな国、俺たちで変えてみないか



 その言葉は突拍子もなく告げられた。


 先程とは違う、乱暴で感情の起伏がない声であった。同じ暗殺者の男の声だとはにわかに信じられない。狂気を纏った狂人の雰囲気ではなく、もう一人の"やつ"からは何も感じられなかった。そして、それが何よりも恐ろしい。無の境地だった。


 やはり、訳が分からない。


 だが、その言葉は何とも魅力的に思えた。腐れきった表の世界から抜け出し、未知の領域へと入り込むことができる。


 暗殺者が差し出した右手を、自らの理性を押し退け、おもむろに手に取った。表情筋がぴくりとも動かない男のもう一人の顔へ言った。



「ルウシェだ。よろしく」


「ギルドマスターのロキです。よろしく」



 これが、俺、ルウシェ・トレンタッタが死に、暗殺者ギルド『反逆者(フェアレーター)』のエイルが誕生した瞬間であった。





「ねぇ! エイル、聞いてるの?」



 頬を膨らませ、いかにも不機嫌そうな様子で、テーブルの向かいに座っているフレイアは言った。


 ロキから任務が来た、と言うので話し合うべく、王都イザヴェルの最近人気であるカフェで集まることになったのだ。


 俺は黒を中心とした服装で、フレイアは春に合う暖色を中心とした、今流行りの綿素材の服を着こなしている。今どきの若者に近い格好だった。


 二人で話し合う時、周りに馴染むようにいつもこんな服装で集まっている。


 こういう小洒落た店は若者が多く、騒がしいことが多いので、周りに話を聴かれる心配がない。例え、見られたとしても、俺達は友達同士程度にしか思われない。まさにうってつけの場所である。下手に"いかにも"な店で話をすると、騎士団が潜入している場合が多いので逆に危険だ。


 そんな訳で、俺たちは"ぱふぇ"という店の名物を口に運びながら、早速話を始める。


 しかし、ここ数日まともに眠れていないこともあり、ぼーっとしていた俺は内容のほとんどを聞きそびれてしまっていた。



「ん? あぁ、この"ぱふぇ"思ったより美味いな」


「確かに、30分も並んだ甲斐はあったけど違うわよ。私たちのハネムーンはいつにするかって言う──」


「少なくともそんな話では無かったな。さっさと要件を言え」


「もう、聞いてなかったのはそっちじゃない」



 そんなことを言いつつも、フレイアは手元にあった資料の束をこちらに寄せる。資料を受け取ると早速表紙を開き、目を落とした。


 端は綺麗に揃えられ、紐で丁寧に結ばれた紙には、少女の写真と情報が事細かに記されている。艶のある黒髪を肩まで伸ばした幼気な少女だった。



「今回の暗殺対象か」


「ええ、名前はシャルロッテ。平民育ちだからファーストネームだけね。アカデミーの二年生で、彼女が噂の神童よ」


「あぁ、例の」



 3月下旬───その時に進級試験があったらしい───に王都北部に位置する学園付近で起きた爆破を思い出した。あまりに使う魔法が強力過ぎて学園の建物が耐えられず、大きな穴を開けたという事故が起きた。


 国立魔法学園、通称「アカデミー」では対魔法に優れた設備が完備されていると聞く。つまり、それすらも突破する規格外の魔力を持つということだ。


 これを当時一年生だったシャルロッテが引き起こしたのだから、大きな話題になったものだ。


 短く会話を切ると、自然と資料を持つ手に力が入る。くしゃくしゃになる前に手を離し、資料をショルダーバッグに詰める。バックを肩にかけるとすぐさま立ち上がった。そして、言葉に出来ないモヤモヤした感情を薙ぎ払うように、店員にお金だけ乱雑に置いて外に出た。



「ちょっと! まだ、話は終わってないわよ!!」



 早歩きで商業地区を抜けようとする俺を引き止める。いつもならば、これで翌日にでも仕事を済ませて終わりなのだが、まだ話に続きがあるらしい。



「いつもはこれでお開きだろ。他になんかあるのか?」


「そんなにカリカリしないで聞いてよ」



 不思議と語尾が強まった。そんな俺の心境を察したのかフレイアは優しく咎める。


 すると突然、フレイアは俺の腕に抱きついた。


 これは道端で話を進める時の合図だ。本人曰く、周りに会話を聞き取られないように最低限の声量で行う為とのこと。個人的には逆に注目されるんじゃないか、とも思うが、フレイアに押し切られてしまい現在にいたる。


 そして彼女の豊満な胸が当たっている気がしなくもないが、それを言ったらからかわれるに違いない。気が付かない振りを貫こう。煩悩滅却。煩悩退散──あ、香水のいい香りがする。



「で、話の続きってなに?」


「今回は学園内での暗殺が条件よ。アースガルズの技術と財力を注ぎ込んだアカデミー内で事件が起きれば......」


「それこそ国家の信用に関わる。下手すれば、そろそろボロが出るかもな」



 フレイアは意図を察してくれたのが嬉しかったのか、口角が少し上がった。



「えぇ、でも侵入するにしても、あの広さで暗殺対象の位置をすぐに把握できるとは限らない。時間がかかれば、この間みたいなことになりかねないわ」



 「この間」、その言葉で思わず顔をしかめた。あれは本当にヤバかった。仕事が終わって逃げようとした時に、うっかりトラップに引っかかり、魔法騎士団に囲まれたのだ。なんとか数人切ることで無理やり突破口は作れたものの、そこからは街中での鬼ごっこが続いていた。あの時フレイアの逃走ルートの連絡が無ければ今頃どうなっていたか......想像するだけで恐ろしい。あんな思いは真っ平御免だ。



「じゃあ、どうすんだよ。流石に二度も鬼ごっこはしたくないんだが」


「しっかり方法は考えてあるわよ。ロキからも許可は得ているし。という事で──」



 一呼吸おくと、フレイアは抱きついていた俺の腕を引き下ろし、自らの口を俺の耳元に近づけた。



「──学園への潜入調査お願い♪」



 吐息に混じった魅惑の声を残すと、そのまま頬にキスをして人混みの中へ消えていった。表情は見えなかったが、彼女自慢の牡丹色の長髪と同じ色をした耳がうっすら見えた気がした。


 恥ずかしいならやらなきゃいいじゃん。そんなお門違いな感想を浮かべながら、ひとり立ち尽くしていた。


 この時、まだ募るイライラがあったからだろうか。それとも、自分も気恥ずかしくなっていたからだろうか。潜入調査のことの重大さに仕事を放棄したい思いに駆られるのは、もう少し後になってからであった。



いかがだったでしょうか。


感想、評価等は随時募集しております。作者のモチベに繋がります。

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