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偶像の定理  作者: 御冬夏夜
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はばたく花嫁 ④

悲劇が降ってくる、その少し前――


「――え、占い?」

「そうそう、今さ、クラスの皆の間でも大流行なんだってさ」


 一日の授業がすべて終わり、ナタリー先生がさっさと終礼を終わらせた後。いつも通り私の所にやって来たポーラは、急にそんな事を言いだした。最近、街の方に神出鬼没で現れるという、仮面を被った妖しい雰囲気の辻占い師が話題なのだそうだ。特に女性からの人気が高いらしく、近頃は私達の学院でも、その話題がぽつぽつと出始めていた。流行に疎い私の耳にも、その辻占い師の名前くらいは聞こえてきている。


「確か、クチナシさん、だったっけ?」

「そうその人。なんでも、初対面のお客さんでも、どんな悩みでも、すごく的確なアドバイスをくれるって評判でさ。あの人のおかげで人生変わったー、なんて言う人もいるほどらしいんだ」

「それ、占いというよりお悩み相談室みたいに感じるわね」

「あはは、そだね。でもまあいいじゃん、悩みを解決する手助けしてくれるっていうならさ」


 それもそうね、と私も頷く。実際、占い師の元に行く人の中には、占い自体よりも自分の話、悩みを聞いてもらいたいという人も多いのだろう。


「それで、ポーラ。どうして急にその占い師の人の話を? 何か深刻な悩みとかあるの?」

「ああ、深刻な事だよ……」


 ポーラは笑顔をふっと消して、影の濃い表情を見せる。気のせいか、周りの空気も重くなったように感じた。


「それって、一体」

「薄々分かってるだろ、ノエル。ボクらの未来がかかってる話さ」

「私達の未来が……」

「そう……今度のテストについてさ。あわよくばクチナシさんの占いの力でテストの答えでも見通してもらえたらえっへっへ」


 どうやら当たりの空気が重くなったというのは私の気のせいだったようだ。さっさと教科書などを学生鞄に片付け始める。


「さあポーラ、早く家に帰ってテスト対策の続きをしましょう」

「ああ待ってそんな酷いあしらい方しないで。ボクは大真面目に言ってるんだよー」

「じゃあ大真面目に私の目を見て同じ事言える?」

「ハハハまさかそんな光のない目を真っ直ぐ見つめられるはずないじゃないかーごめんなさい」

「分かればよろしい」


 流れるように謝罪してきたポーラに、私はうんうんと頷いてみせる。彼女はひときわ大きくため息をついていた。


「全くもう、ノエルは怒ると鬼みたいに怖くなるから困っちゃうよ」

「何を言っているの。別に今は怒ってなかったわ」

「怒ってないのにあの殺気かぁ……」

「こほん。ところで、テスト云々は抜きにして。そのクチナシさんという占い師の人には、どこに行けば会えるの?」

「どこで、かなぁ。決まった場所でやってる訳じゃないらしいんだよね。だから日によって居場所が違うし。そういうミステリアスなとこも人気の理由なんだけど」

「そうなの。確かに分かる気はするわね」

「……意外と食いついてくるね」


 気になるの? と、ポーラは期待の眼差しを私に向けてきた。


「まあ、人並みにはね。私も女の子ですから」

「じゃあさじゃあさ、今日一緒に会いに行ってみようよ」

「ええ、今日? テスト勉強はどうするの……まさか本当にクチナシさんに、」

「大丈夫だって、そんな事はしないから。ただ単に、どんな人なのか一度は会ってみたいなってだけだよ」

「そう。ならいいけど……」


 教室の壁に掛けられた時計を見上げる。時刻は五時を過ぎていた。多少寄り道をしても、帰り着くのが夜遅く、という事にはならないだろう。


「それじゃあ行ってみる? でも、今日はどこにその占い師さんがいるのか分かるの?」

「うーん、おおよそはね。色んな所に現れるっていっても、大体は街はずれとか交差点だとか、あまり人気のない場所に決まっているそうだからね。で、現れる場所もある程度は決まってるみたいだし」

「なるほど、そういう所をあたっていくのね。結構時間かかりそうね」

「ま、よっぽど会えなかったら今日は諦めるよ。特に近頃は、夜道を女の子だけで行くのはかなり危ないからね」


 ポーラもさっと帰り支度を終え、私と並んで教室を出る。そして、階段のそばまで来た時だった。


「あっ、君達、ちょうどいいところに」


 渡り廊下の方から人の合間を縫って駆け寄ってきたのは、リルハさんだった。その少し後ろにはミーシャさんも息を切らしている。二人とも、その表情は心なしか険しく見える。


「どうかされましたか? そんなに慌てて」

「ああ、ちょっとね。ナタリー先生の姿を見かけてはいないか?」

「え、先生ですか? 終礼をすぐに終わらせてから教室を出ていかれてましたけど、その後の事は……」

「そうか……困ったな」

「何かあったんですか?」

「ああ、いや、大丈夫だ。うん、きっとな……君達が気に掛けるような事ではないよ」

「すみません、お二人ともお騒がせしました。会長」

「ああ、行こう、ミーシャ君」


 二人の有無を言わせない雰囲気に何も聞けず、私達はそのまま、リルハさん達が下の階へ早足で降りていくのを眺めている事しかできなかった。私とポーラはお互いに顔を見合わせる。


「どうしたんだろ、ほんと」

「分からない、けれど……あのリルハさんがあそこまで慌てているなんて余程よね」

「うん……あれ? 今の声って」


 ポーラはそう言うと、渡り廊下の入り口から顔を出し、校舎の北側にあるグラウンドを見下ろした。私もその横からグラウンドを見る。目に入ったのは、部活動中の生徒達に、物凄い剣幕で何かを言っているらしいクラリネ先生の姿だった。ここから見る限り、叱っているというような様子ではなさそうだけれど、何を言っているのかまでははっきり聞こえない。


「先生も、なんか慌ただしいなぁ。ほんと、何があったんだろ?」

「早く下校した方が良さそうなのは確かだけれど。ほら、部活をしていた皆も帰り支度しているわ」


 再びグラウンドの方に目を向けると、複雑な表情をした生徒達が、いそいそと用具や荷物を片付けていた。その中にクラリネ先生の姿はない。すぐに校舎の中に戻っていったのだろうか。視線を廊下に戻す。校内の空気も、どことなくざわめきだっているように感じた。


「もしかして、さ」


 唐突に、ポーラが暗い表情を作り、話を切り出した。


「最近また活発に動いてるっていう、()()()が近くに現れたのかもね」

「あいつ?」

「ほら、二年くらい前から大暴れしてる、あの連続殺人鬼(シリアルキラー)だよ。なんだっけ、確か……そうだ、『バートリーⅡ世』なんて呼ばれてる奴」


 その不吉な言葉に、私は昨日の朝刊に載っていた痛ましい事件の記事――二十代の若い女性が惨殺されていたというニュースを思い出した。その手口が、ポーラがたった今語った殺人鬼のものと全く同じであった、という内容も。その現場が、学院からそう遠くもない場所であった事も――

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