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偶像の定理  作者: 御冬夏夜
26/43

ケルビムの炎 ⑥

怪盗仮面(マスクド・シーフ)』。それは流行に疎い私でも聞いた覚えのある名前だった。

 ギャングや汚職政治家、あらゆる悪徳の蔓延る人間からしか盗まない義賊。そして盗み出した大金や資産はその翌日、孤児院や難病に罹った人、あるいはその盗んだ相手から苦しめられていた人などの元に届けられる。そんな、冒険小説だとかにしか出てこないような怪傑、それが『怪盗仮面』だ。自らの呼び名の記された予告状を前日に出し、予告と寸分違わぬ時間にきっちり盗みを行い、颯爽と消えていく。当然そんな怪盗の存在を世の雑誌や新聞などが放っておくはずはなく。一時期は連日のように『怪盗仮面』特集が組まれ、特集の載っている雑誌はその日の午前中に売り切れてしまう程の人気を誇っていたのだ。けれど。


「でもさー、その怪盗ちゃん結局焼け死んじゃったんでしょ?」


 つまらなそうに頬杖を突きながら、ロイさんが気のない声でそう言った。

 そう。『怪盗仮面』は今からおよそ三年前に、この国の首都にある王立美術館に盗みに入った際、美術館の三分の二を焼き尽くす大火事に巻き込まれて、そのまま行方不明となってしまったのだ。もっとも、『怪盗仮面』らしき遺体は警察も見つけられていないため、もしかすると死んだふりをしているのではないかという噂もあるのだけれど。それでも、その大火事から今日に至るまで、『怪盗仮面』は一度として予告状を出していない。だから世間的には、『怪盗仮面』はもう死んだのだと思われている。

 けれど、どうやらポーラは少なくともそうは思っていないようだった。


「だけどさロイさん。それってすごく怪しくない?」

「怪しいってーと?」

「そもそも最後の盗みが王立美術館っていうところから、なんか変じゃないですか。だって今まで悪人からしか盗んでこなかった怪盗ですよ? それが急になんで王立美術館なんかに盗みに入ったのか。しかもその時の予告状。普段は明確に盗む物の名前とかを書いてたのに、その時の予告だけ、『あなたの悪企み、いただきます』……だなんて抽象的な内容だったし。とにかくあの事件には、遺体が見つかってないとこも含めて、おかしな点が一杯なんですよ。でしょ?誰だってそう思うよ、絶対。ね?」

「お……おう」

「ポ、ポーラ、やけに詳しいわね?」


 やたらと熱量を込めて話すポーラに、ロイさんと揃って私も驚く。彼女は小さく照れ笑いしていた。


「ああいう社会の影で悪を挫き弱きを助ける、みたいなダークヒーローって、結構好きなんだよね」

「なーるほど。ま、確かに今でもそういうファン層はいるみたいだもんねぇ」


 けど、とロイさんはあくまでも冷ややかに言葉を続ける。


「どんなにかっこよくたって、最期の最期でド派手に死んでちゃあね。おまけに盗めそうなもんも全部火に呑まれて燃え尽きちゃって。それこそ大怪盗最大の敗北ってなもんでしょう。仮に何か盗むのだけは成功してたとしたって、結局は命あっての物種だし」

「うーん……そう言われちゃうと、何も言い返せないなぁ。でもなぁ」

「謎が多くて気になるってのは分かる。私も新聞記者の端くれ、よーく分かる。けど、私のポリシーとして死人は茶化さないってのがあるの。負けてしまったからって新聞の一面で大々的に晒し上げるってのもナンセンス。だからポーラちゃんには悪いけど、その記事はちょっと書けないわね。ごめんね?」

「ううん、別に気にしないで。ボクだって無理言いたい訳じゃないから」


 ポーラが頷く傍ら、私は若干驚きの混じった顔でロイさんを見ていた。おちゃらけているように見えて、実は結構真面目な人なのだろうか。と考えていると、そこでロイさんと目が合う。


「おや? なにかなその顔は。ひょっとして次の記事では君達の事を書いちゃって良いよって事かな? いやー嬉しいわ、やっぱり私ってば幸運だわ」

「あはは……えーと。その、記事にするにしても、お手柔らかにお願いしますね?」


 ロイさんはにこにこと笑うだけで、何も言ってくれなかった。不安だ。正直、ものすごく不安だ。


「ところでさ、ロイさん」


 私が顔を引きつらせていたところで、ポーラが話を変えた。


「リッツ先輩とロイさんって、随分親しげだったけど。昔からの友達なんですか?」

「そうねー。ま、リッツはたぶん『ただの腐れ縁です』とかなんとか言いそうだけど。小学校の頃からの付き合いだよ。はあー、あの頃は可愛かったのにねー。私の事を、お姉ちゃんお姉ちゃーんって慕ってくれて。なのに今やあんな生意気なヤンキーに育っちゃってまあ」

「へえ。どっちかっていうとリッツ先輩の方が年上っぽく見えるけどなぁ」

「失敬な。私の方があの子より三つ上よ。よくそう言われるけど!」

「あはは……ん?」


 笑いかけたところで、違和感。今、ロイさんはリッターさんより三つ年上と言った。二年生の先輩であるリッターさんよりも三つ年上だと。


「……………あの、ロイさん。そういえば聞いていなかったんですけれど。ロイさんの学年は……?」

「二年生。れっきとした君達の先輩よ。だからポーラちゃんもほら、敬語敬語」

「え、えーと……えぇ……」


 さすがに私も顔が青ざめた。ポーラも何かを察したようで、さっきから挙動不審に視線を彷徨わせている。これはまずいかもしれない。今、間違いなく私達は、踏み入ってはならない領域に踏み入ろうとしている。

 けれどロイさんは、私が話を逸らそうとするより先に、自ら地雷を踏みぬいた。


「そうそう、私は三年留年してるんだ、だから、」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」

「すみません、ノエルにも悪気があってそんな事聞いた訳じゃないんです、ほんと」


 私とポーラは全力で平謝りした。まさかそこまで辛い事を掘り返す羽目になるとはさすがに思っていなかったのだ。今更謝ったところで焼け石に水かもしれないけれど。

 一方、当の本人はというと。


「いやいやちょっと、そんな深刻にならんでも。私は別に気にしてないし」


 と、いたって平然としていた。



「で、でも、その……大丈夫なんですか? 三年も、というのは」

「仕方ないのよ。最初の一年の時にちょっと大けがやらかして、ろくに学校来れなかったし。それ以外にも新聞のネタ探しやら記事の仕上げやらと、まあなんやかんやあったし。だから三年間の留年くらいしゃーないしゃーない」

「……………」


 別の意味で返す言葉が見当たらなくなった。縋るような視線をポーラに向けてみる。彼女はただ黙って首を横に振っていた。


「……おーい後輩二人。なんでリッツと同じような反応してるのよ、失敬極まりないわね」


 ロイさんはむすっとした表情で私達をじろりと睨んできた。私はそれに曖昧な笑みでこたえる。


「ロイさん、もう少し勉強もした方が、」

「おおっともうこんな時間ね! それじゃ二人とも、次に取材の機会があったら是非とも協力お願いね!ではでは失敬!」


 そうまくしたてて、彼女はこちらの話も聞かず、荷物を瞬時にまとめて勢いよく食堂から飛び出していった。


「……逃げたな」

「逃げられちゃったわね」


 実に鮮やかな逃走劇を見せつけられて、私もポーラも笑うしかなかった。なるほど、リッターさんの彼女に対する接し方がどことなく雑なように感じたのはこのためだったのか。


「あはは……なんというか、まさしく嵐のような人だったわね」

「だねー。面白かったけど、リッツ先輩も大変そうだ」


 ポーラは少し疲れたように笑う。あのパワーと勢いに呑まれては、それも仕方ない事だろう。


「……それにしても、新聞部か。面白そうね」

「え」


 言った途端、ポーラは分かりやすく体をのけぞらせた。私は笑いつつ首を横に振る。


「別に入部しようっていう話じゃなくて。どういう新聞なのか、一度読んでみたいのよ」

「あ、そっちか。そうだね、それはボクも興味あるな。オカルト雑誌めいた新聞だなんて、逆に凄そうだもんね」

「ポーラは読んだ事ないの?」

「そもそも書いてる人がいるって事すら知らなかったよ。まあボクは配られるプリントとかすらほとんど読まないで机の上に山積みだから。そういうのが貼ってあったりする校内の掲示板とかも、まず見ないもんね」

「うーん、そうよね。ポーラならなんとなくそうだろうと思っていたわ」

「あ、なーんかその言い方傷つくなー」

「あはは、ごめんごめん」


 頬を膨らませるポーラに軽く謝りつつ、私は食事を進める。と、そこでふと気づく。ロイさんの座っていた席の前に、私達が持ってきた覚えのないパンケーキがぽつんと置かれている事に。


「ロイさん、食べるのも忘れて行っちゃったのかしら?」

「ううん、ノエル。そうじゃないみたい」


 そう言ってポーラは、皿の下に挟まれていたらしい手帳のページを取った。そこには。


『ご飯のお邪魔したお詫びにプレゼント、二人で仲良く食べてちょーだい!

             ――ノースヤードの美人記者  ロイ・ラスキュー』


「……だってさ」

「そっか」


 なんだか、リッターさんがなんだかんだ言いつつも、ロイさんと仲良くしている理由が分かった気がする。


「こういう憎めない人って本当にいるのね」


 微かに笑いながら、私とポーラはその甘い差し入れをありがたくいただいた。それから放課後に至るまで、ロイさんにずっと後をつけられる羽目になるとも知らないで――

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