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偶像の定理  作者: 御冬夏夜
25/43

ケルビムの炎 ⑤

 その日の昼休み。昼食のために食堂に向かうと、普段以上にざわついていた。耳に入ってくる周囲の会話は、どれも今朝の集会の話――リルハさんの事件についての内容ばかりだった。


「信じられないわ。一体どうして会長が……ひどい……」

「もしかして、他の生徒会の皆さんも狙われているんじゃないの?」

「犯人はテロリストよ! そうに違いないわ、だってリルハ様は筆頭貴族のご令嬢なんだもの」


 テーブルにつくまでの間、飛び交う様々な憶測に、私はずっと聞き耳を立てていた。どこかにヒントが転がっているかもしれない、あるいは誰か目撃情報を持っているかもしれない、そんな淡い期待を持って。と、席についてもまだ周囲を眺めていると。


「……ノーエル―」


 私の前に置かれた魚のフライの載った皿を、ポーラがフォークで軽くつっついてきた。


「今はご飯時なんだからさ、食べる事に集中しようよ。せっかくのご飯が冷めちゃもったいないしさ」

「……うん。そうね、ごめんなさい」

「気になるって気持ちは分かるけどね、僕も同じだし」


 そう言った後、彼女は手に持っていたサンドイッチを豪快にほおばる。そんな普段と変わらない彼女の様子は、私を安心させてくれた。考える事も大事だけれど、休む事だって大切な事だ。スイッチを切り替え、食事をとる。


「…………………」


 二口、三口と勧めたところで、さすがに気になりすぎてフォークを置いた。ポーラもその視線に気付いていたようで、苦笑いしながらパンを皿に置く。そして、真向かいにあるテーブルの席から、ひたすらこちらにじーっと熱い視線を送ってくるベレー帽の少女に声をかけた。


「あのー、よかったら一緒に食べる? ボクらは全然構わないよ」


 ポーラにそう声をかけられた彼女はすぐさま顔をほころばせると、テーブルに置いてあった大量の紙束を抱え、素早くこちらの席にやってきた。


「やあやあ失敬失敬」


 彼女は全く遠慮なしに私達と対面上の席に座り、どさり、と紙束を目の前に広げる。見てみると、どうやらそれは新聞の原稿らしきもののようだ。


「いやーしかし私も運が良いわね。ノエルちゃんにポーラちゃん、だったわよね? 君達にこのタイミングで会えるとか、うん、ラッキーだわ」


 目立つ黄色のベレー帽のずれを整え、彼女は満足げに頷く。


「そうなんですか? ええと……」

「ああ、そうだったわね、まだ名乗ってなかったか。私はロイ・ラスキュー。我が校の伝統ある新聞部の部長よ、よろしく」

「新聞部……って確か、部員がもう一人しかいなくて存続が、」

「さてさてそんな事より私って本当に幸運なのよね」


 ポーラの言葉を力技で遮って、ロイさんは新聞の原稿を万年筆で差した。


「そろそろ新しい号を出さなきゃいけない頃なんだけど、最近は記事にできるような話も事件もあんまりなくてねー。で、一人食堂で悩んでたらば、すぐそこに君達が居た訳じゃない。今、まさしく時の人な君達が」

「……それって」


 嫌な予感を覚える。まさか彼女は、この間の悲惨な事件や、昨夜の事件の事を記事にしようとしているのだろうか。


「その……私は良い気持ちはしません。痛ましい事件の事を根掘り葉掘り聞いて、記事に仕立てるなんて」

「えっ? 事件? えっ、もしかしてまたなんかあったの?」


 ロイさんの反応は、けれどそんな、思っていたものとまるで違うものだった。


「いや、今朝の全校集会でチェルシー先輩が言ってたでしょ。昨日、会長さんが何者かに襲われたってさ」

「……………嘘ぉ」


 顎が外れるんじゃないかと心配になるくらい、口をあんぐりと開けるロイさん。どうやら本当に初耳らしい。


「ええと、その。ロイさん、今朝の集会には?」

「いやー……あっはっは。私ってとことん朝に弱くてねー。今日は一時限目の授業が始まるタイミングで学校に着いたのよ。でも、なるほどね。どうりで今日は皆がやけにざわついてた訳ね……そっかぁ」

「そっかぁ、って。学校の、といったって一応は新聞を書いてるような人が、なんで他の皆より情報遅れてるのさ……」

「まあまあ人間そんな時もあるのよ、気にしない気にしない」


 ポーラのつっこみを、ロイさんはあっさりと受け流す。情報の遅れは記者にとって致命的な気もするのだけれど……。


「それにしても困ったなー、そうすると」


 私の心配をよそに、ロイさんは腕を組んで唸りだす。


「今度の記事は、君達二人を題材にした、学院七不思議路線で攻めようと考えてたのに。そんな事が起こってたんじゃ、あんまりおふざけ路線はマズいかな」

「わ、私達二人を題材に、七不思議? ええと……それってどういう事、ですか?」

「ほら、つい最近大活躍したじゃない、ノエルちゃん達。学院の小さな名探偵……しかし! その存在の影には、その活躍の裏にはおどろおどろしい七不思議の呪いが絡んでいたのだあっ! ……みたいな話ってどう、ワクワクするでしょう!」

「……………」

「……………」


 しばらく、私とポーラはお互い黙ったまま顔を見合わせる。やがて、意を決したように頷いたポーラが、新聞の原稿に手を伸ばした。


「ごめんロイさん、ちょっとそれ見せてもらってもいい?」

「もちろんいいとも。はい」


 渡された原稿をまじまじと見つめた後。ポーラは深く深く眉間に皺を寄せ、額に手を当てた。私も彼女の隣から原稿を見てみると――まず真っ先に目に入ったのは、でかでかと描かれた、おそらくは雪男のものであろうイラストだった。変に雑に描かれているのが逆に妙な味を出している。


「……ええと。これが、新聞。新聞……?」

「ノエル、これあんまり深く考えちゃダメなやつだよ、うん」

「あら、いまいちな反応。うーん、『街角に迷い込んだ雪男の影』、少しインパクト不足だったかな……」


 私達の表情の意味を勘違いしたらしく、ロイさんは明後日の方向に向かって悩み始めた。悩むべき所はもっと他にあると思うのだけれど……それをどう伝えようかと考えていた時だった。


「ロイ、あなたまたオカルト雑誌なんて書いてるんですか。懲りないですね」


 コップを片手に持ったリッターさんは、私達のいるテーブルに通りがかるやいなや、なんとも微妙な表情をロイさんに向けていた。対してロイさんはというと、「失敬な」、と原稿を片手で叩きながら頬を膨らませていた。


「そこはパルプ・マガジンと呼んでもらいたいわね、リッツちゃん」

「ああ、新聞じゃないって自覚はあるんですね……書いてるあなたがそれを認めるのもどうなんだって話ですが」


 それより、とリッターさんはロイさんに、窘めるような視線を向ける。


「あまり後輩に無茶振りしないでくださいよ。昔っからあなたは人をトラブルに巻き込む事だけは上手いんですから」

「何たる失敬な物言い。私だってさすがにもう分かってるって」

「だといいんですけどね……すみませんね、ノエルさん、ポーラさん。もしこの子に妙な事を頼まれたら、遠慮なく自分に言ってください。この子の駄々を宥めるのは得意ですから」

「ちょっ、その言い方あんまりじゃない!?」

「あはは……まあ、ボクらは大丈夫ですよ。多少の無茶振りくらいは慣れてるし。ね」

「うん、そうね……それより」


 ふと気にかかった事があって、私は一人ここにいるリッターさんに尋ねた。


「今はチェルシーさんとはご一緒じゃないんですね?」

「ええ。彼女なら今はミーシャさんといるはずです。事件が起きたからといって、生徒会の仕事をやめられる訳でもないですから。自分は別に、こんな時ぐらい休んでもいいとは思うんですが。チェルシーはどうもそれだと気が済まないようで」

「そうなんですか……でも、大丈夫なんですか? リッターさんは離れていても」

「ん? ああ……別に心配はいりませんよ」


 私の問いの意図を察してか、彼女は柔和に笑う。


「チェルシーはチェルシーで護身術を学んでますからね。特に射撃の腕に関しては、それこそプロレベルの物を持ってるんです。まあ、勉強より派手な事をしたいのですわーっ! っと長年駄々をこね続けて勉強から逃げてきた賜物なんですけどね……全く」

「あはは……なるほど」


 深くため息をつくリッターさんに、私とポーラはただ苦笑いを返すしかなかった。

 と、ふと静かになったロイさんの方を見ると、彼女は一心不乱に何かメモを取っているようだった。リッターさんもそれに気付いたようで。


「ロイ、あなたさっきから何を書いてるんですか」

「え、これ? ほら今、リッツから面白い話を聞いたから。次々号はチェルシー嬢の華麗な生活特集でも組もうかな、」

「没収」

「ああ!? ちょっとぉ!?」


 目にも止まらない速さで手帳を取られたロイさんは目を剥く。けれどリッターさんはそんな彼女の方には目もくれず、さっさと手帳をポケットの中にしまった。


「自分はこれでもチェルシーのボディガードを務めてるんでね。こういう不埒な代物は没収させてもらいます」

「なんて失敬な! 報道の自由を何だと思ってんのちょっと!」

「あなたのは報道じゃなくて創作でしょうがい。……っと、すみません、お二方、お騒がせして。じゃあ自分はこれで」

「あ、はい」

「ちょっとぉ! 二人ともさらっと送り出さないで!? あー! 私の記事が! 誇りが、魂がっ!」


 なおも諦めきれないロイさんの袖を掴むポーラの姿を尻目に、リッターさんは気持ち早足で食堂を出て行った。それからようやく諦めたのか、ロイさんはぐったりとテーブルに突っ伏した。


「ちくしょー……なによ、君達も庶民ならブルジョワジー側のリッツじゃなくて私の味方しなさいよ、失敬だわ……」

「いやー、ごめん。でも、ロイさんが大暴走して、後から会長さんとかにめちゃくちゃ怒られる羽目になるよりかは、今止められてた方が良かったと思いますよ、ボクは」

「こんのぉ……権力に取り込まれよってぇ」

「そ、そんな大げさな。それより、他に記事になりそうな事を探した方がいいんじゃないでしょうか?」

「他ぁ? そうほいほい記事になるような事件が起こるようなら、もっとたくさん私も新聞発行してるのよう、ぐすん」


 突っ伏したままのロイさんの体がぐねぐねと動く。上を見上げる顔には滝のような涙が流れていた。


「ううん、こりゃ割と深刻だ。でも記事になるような事かぁ……あ。そうだ」

「そうだ? 何、なんか良い記事ネタでも持ってんの? ちょうだいちょうだい、ぜひちょうだい」

「い、いや、もう使い古された話だけど昔流行った話で、っていうか近いよロイさん!」


 文字通り目と鼻の先まで迫りくるロイさんを押し返しつつ、ポーラは話を続けた。


「ほら、確か二、三年前くらいだっけ? 大暴れしてた大怪盗が居たじゃないですか。えーっと、そう、『怪盗仮面(マスクド・シーフ)』だなんて呼ばれてた人だよ」

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