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偶像の定理  作者: 御冬夏夜
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幕後『真』

 ひと気のない路地、深い夜闇の中。こつ、こつ、と小さな足音だけが辺りに響く空間。私は一人、小さく笑みを零す。昏く、陰残な笑みを。


「どうだい? あんた。あたしの言った通りだったろ?」


 朗らかな声は塀の上の方から降ってきた。私はそこに、行儀悪く腰かけているルーラーに頷いて見せる。


「正直、予想以上だった。まさか本当に事件を解決にまで導くとはね。だが、これは嬉しい誤算だよ。()()()()()甲斐があったというものだ」

「蒔いた甲斐、ねぇ……でもそのせいで、あんたに悩みを打ち明けたあのメイスン先生の人生は、これにておじゃんになっちまった。ひどい事する子だねぇ、あんた」

「おやおや、それは心外だね? ルーラー」


 お互い悪ふざけだと分かっている白々しいやり取り。私は大げさに肩を竦めてみせた。


「私はただ、彼女の悩みに相応しい解決法について占ってあげただけさ。そしてそれとなく示唆してあげただけ……別にそうするよう強制しちゃいない。あくまでも、選んだのは彼女だよ。だろう?」


 言いながら、しかし私は口角が歪むのを抑えられないでいた。我ながら随分な詭弁だ。確かに強制こそしていないが、そうするように言葉の綾を用いて誘導していたのだから。勿論そんな事はとうに知っているルーラーは、そうさねぇ、と苦笑いを浮かべていた。


「それにしても。ノエル君、か。思いがけない逸材を見つけてきたものだね、君も」

「ま、出会いは本当にただの偶然だったんだけどねぇ……っと」


 ルーラーはそこで塀から飛び降り、するりと私の傍に歩み寄る。


「あんたのお目にかなったんなら良かったよ」

「ああ。これでようやく本格的に事を成せる。私の人生を賭けた目的――名探偵を『育てる』という夢を」


 こん、とチェスの駒の頭で仮面を軽く叩く。小気味の良い音が、路地の奥まで響いた。


「もっとも、当初の計画からは多少の修正が必要だろうけどね。まあその程度は問題ない」

「あん? ああ、そうか。あんた確か、最初は貴族のお嬢ちゃんの方を名探偵にするつもりなんだったねぇ。えーと……そうそう、リルハ・オーギュストって子だ」

「ああ。彼女も優秀な頭脳を持っているようだったからね。だがこれからは、ノエル君を軸に事を進めていく方が良いだろう。彼女には既に、事件を解決した実績が与えられた。あとは次の種がどこで芽吹くのかだが……」


 そこまで語ったところで、私はルーラーの表情の変化に気付いた。


「何か、言いたげだね? ルーラー」

「え? あーいや、別に大した事じゃないさ」

「いや、遠慮する事はないんだよ。なにせ、今までに例の無い事を試みているんだからね。気になる点があるのなら、むしろどんどん言ってもらいたい。そこからの気付きで新しいアイデアが生まれる事だってあるのだから」

「そ、そうかい? なら……」


 彼女はしばし気まずそうな表情をしていたが、咳払いを挟んだのち、真っ直ぐに私を見つめてきた。


「ちょいと思ったんだけどさ。名探偵を育てる、って目標の為に動くのはいいんだけど。そのやり方が、なんか回りくどくないかねぇ?」

「回りくどい……というと」

「今回の先生の件もそうだけどさ。結局のところ、あのトリックを考え付いたのはあんただろう? だったら、あんた自身でもいいし、あたしみたいにあんたの息がかかった奴が、直接ノエルの近くで事件起こしてやった方が、いくらか手っ取り早いじゃないか? それに、あの先生は実際に事をしでかしてくれたからいいけど、あんたの()()を聞いたからって、その相手が事件を起こしてくれるとも限らない。現にもう何人か、ただのお客さんになってるって奴もいるじゃないのさ」

「ふむ、なるほど」


 ルーラーの言いたい事は良く分かった。効率の悪さ、その点については、彼女でなくとも目に付く事だろう。しかし。


「少し私の説明不足だったようだね。私が必要としているのはただの名探偵じゃない。()()()名探偵、なんだ」

「本物の?」

「ああ。ところでルーラー」


 路地の左手に建つ、ブランド物に疎い私でも知っているような高価な品物ばかりを取り扱っていると見える、高級ブティック店のウインドウに視線を向ける。そこに並ぶ洗練されたデザインの品物は、どれも本物であるからこその気品が漂っていた。


「そう……質問に質問を返させてもらいたいんだが。君は、偽物と本物の違いとは何だと思う?」

「あー、違い……ねぇ? そうさね。そりゃあやっぱ、価値じゃないかい? ほら、ここのお店なんか分かりやすくお高いしさ。まあ憧れるけどねぇ、こういうの」

「価値、か。それもまた一つの正解だ」


 ブティックの前を通り過ぎ、一気に暗くなった通りで立ち止まる。振り返ってみると、ルーラーは未だに悩んでいるようだった。


「さて、ではその価値というのは、一朝一夕で成り立つものだと思うかい? そこのブティックがそうだが……数日分の食費を賄える程高価な値段で品物を置く事に、買い手が納得するのはどうしてか? 私はね、その納得できる価値を、今日(こんにち)まで育ててきたからだと思うんだ。そして逆に、あの手のブランド物の偽物が価値もろくに見出されず、乱雑に買い叩かれるのもまた、そこに理由がある。何故なら偽物は、ただ真似て簡単に作られたに過ぎない物だからだ。ちょっとの小手先技さえあれば、誰にでも作れる。誰にでも作れるから、偽物だと見破られる……それじゃあ価値なんか得られないに決まっている。そしてその点こそが、偽物と本物とを分ける最大の違いなんだ」

「最大の違い?」

「つまりはだよ、ルーラー。偽物とは()()()物であり、本物とは()()()物なんだよ。業と執念とあらゆる情熱を注ぎこんで、大切に育てられて、価値に相応しく成長できた時、それはようやく本物となれるんだ。万人が認める本物に」


 ルーラーは黙って話を聞いてくれていた。少なくとも、納得はしてくれているようだ。私は話を続けた。


「君はさっき、手間について意見をしてくれた。それは間違いじゃない。我々が直接動いた方が早いし確実だ。コントロールも出来る。だが、そうやって私達に作られた名探偵を、周囲の人間はどう見るだろうか?安物のブランド品紛いの物で満足したり、贋作のアンティークで満足できるような安い人間ならまあ騙せるだろうが。大半の人間はきっと、我々に踊らされているにすぎない人形としか見てくれないだろう。そして、名探偵からはかけ離れた評価を受ける羽目になる……それじゃあ全く意味が無いんだよ。だから私は、手間がいくらかかるとしても、舞台裏の演出家である道を選んだ。君達にはあくまでただの脇役でいてもらう事に決めた。あくまでも自然に……()()()()次々と事件に巻き込まれ、それを解決していく事で成長する、王道の名探偵を育てる為に」


 話を全て聞き終えたルーラーは、実に正直に呆然としていた。が、やがて大きくため息をついた。

「普通、そこまで物事を深く考え込むもんかい? 全くあんたって子はいつも……初めて会った時から、とんでもない子だって分かっちゃいたけどねぇ。馬鹿なあたしじゃ、ついてくだけで精一杯さね」

「ははは、誉め言葉として受け取っておくよ」


 ルーラーはやれやれと肩を竦めてはいたものの、私の考えを受け入れてはくれたようだった。ひとまず私は胸をなでおろす。彼女と私の間に考え方の齟齬があっては、今後の計画に支障をきたしかねない。


「さて、小難しい講義も一通り終わったんなら、クチナシ。そろそろ飯にしないかい?」

「ん? なんだ、お腹が空いていたのなら、一言そうと言ってくれればよかったのに。別に食事しながらでもできる話だったんだから」

「ヤだよあんた、飯食う時までわざわざ頭使いたくないよ。せっかくのご馳走もまずくなっちまうじゃないのさ」


 お腹をさすりながらそう言うルーラーに、私は苦笑いしていた。実に彼女らしい考え方だ。と、そんな私の袖を、早く行くよと言わんばかりに彼女は引っ張る。


「今日は成功祝いにあたしが奢るからさ。ま、パーっといこうじゃないのさ」

「そうだね。では、お言葉に甘えようかな」


 私を追い越して先に行く彼女の背中にそう言葉を返しながら、繁華街の方へ向かう。近付くにつれ、裏路地の陰気な静けさは、雑踏にかき消されてゆく。

 ふと、夜空に浮かぶ三日月の形に欠けた月が目に入った。不完全な形で、死んだ光を放つ塊。黄色いその楕円は、さながらこちらに醒めた視線を投げかける眼のようでもあり。その光が妙に眩しくて、私は目を細めていた。


 ……さて。

 次に蒔いた種が芽吹くのは、どこだろうか――

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