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偶像の定理  作者: 御冬夏夜
15/43

はばたく花嫁 ⑫

 翌日。祝日という事もあってか、晴天の下センター街を行き交う人の数はさすがに多かった。もっとも、普通の人ばかりが多い訳ではないけれど。


「さすがに物々しいね。ま、昨日の今日だし当たり前なんだろうけどさ」


 人混みの中、険しい表情ですれ違っていく警察の人達を横目に見ながら、ポーラがそう呟いた。その数は一人や二人ではない。慌ただしく走る人もいれば、道の傍らで地図を手に話し合う人たちもいる。センター街の入り口には、門番よろしく数名の警察官が立っていた。

 とはいえ、無理もない。つい昨日、大陸中に悪名をとどろかせる殺人鬼からの殺人予告が、この場所で突きつけられたのだから。厳重態勢にならないほうがおかしい。


「っと、それはそうと、ノエル」


 センター街の通りも終わりに差し掛かったところで、私より前を行っていたポーラが、くるりとこちらに振り返った。


「今日は朝から行きたい所があるーってノエルが言うから、こうしてついてきたけどさ。一体どこに向かってるの?」


 そう。今日は遊びにここまで来た訳ではなかった。学院での事件について調べるために、とある場所へと向かっていたのだ。それは。


「例の、今警察に拘留されている被疑者のアパートよ」


 ポーラのそばにより、なるべく小さめの声でそう答えた。ポーラはぎょっとした表情を浮かべ、けれど声までは上げなかった。


「な……なんでそんなとこに。ていうかノエル、いつの間にストーカーの家の住所なんて調べてたのさ」

「彼の証言について、調べたい事があって。それと彼の家の住所なら、昨日の朝刊に載っていたわ」

「なるほどね……それで、確かめたい事って?」


 人通りの少ない住宅街に向かう道に入ってから、私は目的について話し始めた。


「彼は、ナタリー先生からの手紙を読んだから学校に来た、と言っていたわ。けれど警察がいくら彼のアパートを調べても、それらしき物は見つからなかった」

「うん。だから警察は今のところ、ストーカーの嘘だっていう風に考えてるんだろうけど。ノエルはそう思ってないんだよね」

「ええ。おそらくは真犯人が手紙を盗むなりして処分した。私はそう考えているの。ただ、問題は……それが果たして素人にも出来るのか、という事よ」

「素人? ああ、そっか。アリバイのない二人の先生はどちらも一般人。空き巣の経験なんて、まずないだろうからね」

「そういう事。だから確かめておきたくて。そんな盗みの経験がない人でも簡単に入れるような環境に、アパートとその周辺がなっているかどうか。あとは、犯人の痕跡が何か残っていたら万々歳ね」

「まあそっちはあんまり期待できそうにないね、警察の人達だってさんざん調べ回っただろうし。怪しい痕跡の見落としなんてしないでしょ」

「そうね……」


 そうこうしているうちに、私達は目的地である、二階建てのアパートの前に着いた。繁華街から出て、だいたい二十分ほどの距離か。辺りは閑静な住宅街だ。灰色の外壁のアパートが建ち並ぶ通りには、私達二人の他に誰もいない。お昼時というのもあるのだろうけれど、それにしても。


人気(ひとけ)、無さすぎだね」


 私も感じていた事を、ポーラが先に呟いた。もしかすると、このあたりに住んでいる人の数自体が少ないのかもしれない。

 そして被疑者の男性の住むアパートの敷地に入ってみれば、その推測が少なからず当たっていると分かった。部屋の主だろう人のネームプレートがついている集合郵便受けが、彼の部屋を含めて四つしかなかったのだ。おそらくは周辺にあるアパートも似たようなものだろう。私はカーテンの閉め切られた部屋だらけのアパートを見回した。


「こりゃ、よっぽど派手に音立てるとかのミスでもしなきゃ、誰も気付かなさそうだね」


 そう言いながら、ポーラは何故か郵便受けの中に片手を入れていた。


「ちょっと、何をしているの、ポーラ」

「ん? ちょっとね……っと」


 ポーラは郵便受けから手を引き抜くと、私を追い越して、先に二階の廊下に上がる階段に向かっていった。これではまるで、私達が空き巣みたいね。そう苦笑いしながら、私も彼女の後に続く。彼女は既に、目的である203号室――つまり被疑者の部屋だ――の前に立っていた。


「うん、いたって普通の造りっぽいね」


 しげしげと黒い扉を見つめるポーラの横から、私もドアを眺める。見たところ鋼鉄製のものらしいドアには、目立った傷はない。ドアノブや鍵穴周りにも。そのまま視線を左斜め上の窓ガラスに移す。こちらにも妙な所はない。とすると。


「水の魔法でも使って、内側から鍵を開けたのかしら?」


 そう推理していると、ポーラが突然、鍵穴に手を伸ばした。そして、かちゃり――と、鍵の開く音。


「……えっ?」

「うわっちゃあ、やっぱりか」


 戸惑う私をよそに、ポーラは右手で額を抑えていた。その右手の指先には、どこから取ってきたものなのか、一本の鍵がつままれていた。


「ええと、ポーラ。その鍵ってもしかして」

「うん、この部屋のだよ。さっきさ、もしかしたらと思って、ここの部屋の郵便受けを調べてみたら。まさか本当にあるなんて」

「ええ……」


 あまりの不用心ぶりに、私も呆れる事しかできない。今時田舎の地方でも、そんな分かりやすすぎる場所に家の鍵を隠さないだろうに。ポーラも苦笑している。


「とりあえず、これでどこの誰でも簡単に、その気になればこの部屋に侵入できるって事は分かったね」

「そうね。思っていたのとは大分違う形だけれど……」


 複雑な感情でポーラの持つ鍵を見つめる。ともあれこれで、メイスン先生やクラリネ先生でも簡単に侵入できる事は証明できた。

 その後私達は203号室の中に入り、手紙と手掛かりとなりそうな痕跡を探した。けれど、やはりというべきか、どちらとも見つける事はできなかった。


「まあ、ボクらで見つけられるようなものを、警察が見落とすなんて事はないよね」


 後片付けを済ませて部屋を出た後、ポーラがすました顔でそう言った。そうね、と私も頷く。初めから予想出来ていた結果ではあった。


「残るは、学校ね。明日になったら屋上を調べてみましょう」

「オッケー、ボクも付き合うよ。で、今日の調べ物はもう終わり?」

「ええ。どこかでお茶でもして帰る? ポーラ」


 そしてアパートの敷地から街道に出た、その時だった。


「――ん? お前ら、こんな所で何してる?」


 聞き覚えのある、少し気怠げな声。そちらに向くと、そこにはいつものように、丸まった背中に白衣を羽織ったクラリネ先生の姿があった。


「……先生は、どうしてこちらに?」


 顔が強張らないよう気を付けながら、あくまで平静を装いそう尋ね返す。先生は、先ほどまで私達がいたアパートを見上げた。


「まあ、あれだ。有り体に言うなら、懺悔しに、かな。あいつから例のストーカー野郎の居場所を聞いた時に、力づくでも野郎を叩きのめしておけば、こんな事にはなんなかったんじゃないかって……今更、何もかも遅いんだけどな」


 先生の顔に、淋しい笑みが浮かぶ。よく見ると、目元が少し赤く腫れていた。なんともいえない後味の悪さのためか、思わず目を逸らしてしまう。けれどすぐに気を取り直し、一つ疑問を口にした。


「あの、先生は一体誰からここの事を聞いたんですか?」

「メイスンからだよ。あいつ、人一倍ストーカーの事を危惧してたからな……今にして思うと、何か嫌な予感でもしてたんだろうな」

「メイスン先生から……」

「それより、お前らはお前らで何してるんだ?」

「え? えっと、それは」


 思考に没頭しかけたところで、不意打ちの問いかけ。どう答えたものか。まさか散歩だなんて答えでは納得してもらえないだろう。アパートから出てきた所を見られている可能性もある。そう悩んでいると、横からポーラが助け舟を出してくれた。


「ボクらもメイスン先生から教えてもらったんですよ、ここの事。それで、何か証拠でも残ってないかなーって」

「証拠ぉ?」

「ほら、今捕まってるストーカー男、徹底的に犯行を否認してるらしいじゃないですか。だから、そいつがぐうの音も出ない確実な証拠でも残ってないかなーって。ノエルがそう言ってました」

「……………」


 私はあえて何も言わず、ジト目でポーラの顔を見上げる。そんな私達を見て、クラリネ先生は呆れ顔でため息をついた。


「お前らなぁ。そういうお年頃なのは分かるけどな……あんまアホな事するなよ。見かけたのが先生だからまだよかったけどな。これがお巡りさんとかだったらどうするつもりだったんだ」

「あはは、それはー……ごめんなさい」

「やれやれ……」


 頭を下げる私達に、クラリネ先生は困った表情を向けてくる。それから小さく頬を掻いて。


「まあ、やっちまったもんはしょうがない。今日はおとなしくもう帰れ」


 そう言って、軽く手を振った。どうやら私達の行動を不審には感じていないようだ。ひとまず私は安堵する。


「それじゃあ、私達はこれで失礼します」

「おお。気を付けてな」

「じゃーねー先生、また明日ー」


 私達は元来た道へ引き返し、すぐ右手の道に曲がる。そして、曲がって少し歩いた所で、急にポーラが足を止めた。


「どうしたの、ポーラ? いきなり、」


 振り向いて、ぎょっとした。彼女はひどく青ざめた顔で、じっと私を見つめていた。


「ノエル。ボクら、マズいかもしれない」

「……どういう事」

「ノエルは気付かなかった? こっちの道に曲がってくる時にさ。ボクには見えたんだ、視界の端に――こっちを食い入るように睨む先生の姿が、さ」

「……………」


 さすがに何も言葉を返せなかった。いや……よくよく考えてみれば当たり前の事なのだ。殺人事件の被疑者の住むアパートに生徒がやってくるという事を、怪しまない人間はそういないはずなのだから。ましてやそれを目撃したのが、()()だったなら、なおさら。気付いていない演技の一つくらいするだろう。


「ノエル、どう思う」

「そう、ね……とにかく今は、一刻も早く帰りましょう。出来る限り人混みの中を通って。例の『バートリーⅡ世』程の殺人鬼ならともかく、この事件の犯人には、大勢の人の中で事を起こすような真似は出来ないはずよ」

「そうだね。少なくとも、ここで突っ立ってるよりは安心だね」


 いつの間に、色濃い雲に太陽を隠された空。その下を私達は、はやる気持ちを抱えて歩く。辺りは昼間とは思えないくらいに薄暗かった。

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