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偶像の定理  作者: 御冬夏夜
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プロローグ

 冷たく黄色い光。黒い夜道で立ち尽くす少女と、しがない占い師の私を照らすものは、ただのそれだけだった。住宅街に続く道の向こうに何があるかは、目を凝らしても見えはしない。人の気配もなく、圧し潰してくるかのような濃い黒のみしか目には映らない。ただ、そこから流れ来る夜風は、いやに穏やかに頬を撫でていく。


「――その奇妙な推理が。もしもそれが、偶然ではないとしたら?」

 

 右手の指先で弄んでいたチェスのクイーンを口元に運び。諭すような口ぶりで、私はそう目の前の、セーラー服姿の少女に対して答える。それだけで、先に問いかけてきた彼女の表情は面白いようにころころと変わった。呆然、愕然、そして憤怒。月明かりの下の白い肌が、めくるめく万華鏡の如く色を移ろわせてゆく。


「どういう、意味ですか」

「言葉通りさ。ここまで来た君なら、言わなくとも分かるだろう?そう――


       ――私が()()()事件を解決してきた、君ならね」


 顔の上半分を隠す白い仮面をチェスの頭で小突き、軽く顔を下に向けつつ一歩前に出る。そうでもしなければ、とても隠し切れそうになかった。

 ようやく彼女が――私が()()()()()()()()()彼女が、ここまで来てくれた事への喜びを。その笑みを、とても隠せそうになかったのだ。

 私が育てた。彼女を、そう――


「名探偵として。ここまで成長した君の事だ。これ以上の証拠(ヒント)など必要ないだろう?なあ、ノエル・ホームズ・アッシュランド君」

「……それが真実だという訳ですか、クチナシ」


 互いの名前を呼びあう、今までも幾度となく交わされたやり取り。しかし、今までとはまるで意味合いの異なるやり取り。私は思わず身震いしていた。ようやくここまで来たのだという実感。思わず笑みがこぼれてしまいそうになる。正直、それを誤魔化すのに必死だった。


「……さない」


 彼女は一歩、歩み寄る。細い手が赤くなるほどに、拳を握りしめながら。普段の穏やかさと可憐さからはかけ離れた、怒気をはらんだ表情を浮かべて。


「私はあなたを……あなただけは決して許さない」


 明白な怒り。それに対して、私は穏やかにふっと笑ってみせる。


「それが正しい。悪い女の悪事を赦す名探偵など、この世にあってはならないのだからね」


 手を伸ばせば届く距離まで、互いに歩み寄った。私と彼女、互いの瞳に移る互いの姿。まるで正反対の感情を宿した二人の顔が、暗がりの中に青白く浮かんでいた。


 だがこれは、終わりではない。ここにまで至った事で、ようやく私達は全てを始める事ができるのだ。

 私と彼女を中心に踊られる喜劇。

 私と彼女を中心に騙られる悲劇。

 そして、誰からも望まれない物語が、今、ここから――




        ――それは、名探偵を『育てる』為のミステリー。



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