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夢はいいものだ

作者: 田尻山 一由

 2年前まで私はニートだった。


 小学校はクラスのリーダー的存在としていつもクラス委員などで活発に活動する子だった。

中学校では優秀ではなかったが、それなりにいい成績を修め、進学校(自称進学校と呼ばれるかもしれないが)に進学し、推薦で大学に入った。そこで私はそれなりに勉強しサークルにも参加したが、就活で1週間に1通以上のペースで「お祈りメール」が届き、とうとう大学卒業までに内定を得ることはできなかった。その結果私はバイトをしながら就活浪人をしていた。


「今日の予定は?」

「今日は○○銀行のセミナーに参加してくる。その後、19時までバイトして返ってくるから夜ご飯は家で食べるよ」

「そう…頑張ってらっしゃい」


このような会話が我が家に存在していたのももう数年前だ。今の私は親が外出している時間、もしくは親が就寝している時間にこっそりと冷蔵庫の中を漁っている日本で社会問題となっているニートだ。




「加奈子は今日も部屋から出てこないのか」

「そうみたいね。あんなに毎日いろんなところに出かけて、頑張っていたのにこれだけ駄目だったんだもの。仕方ないわ」

「仕方ない?そんなことない。あいつはやればできる子なんだ。何とかできるはずだ。たとえ非正規登用で始まったとしても、まだ30歳にもなっていないんだ。まだ間に合「お父さん」…」

「あんまり無茶させないで上げてください。あの子は就活の数年でもう疲れてしまったのよ」


私の部屋は2回に上ってすぐのところにあり、私の部屋のすぐ下にはリビングがある。両親はともにそこで食事をとるため、今のような会話は毎日のようにされている。気にしていないかと言われたら気にはなる。しかし、私はもう慣れてしまっている。


「別に仕事につかなくてもいいが、どこか行く場所がある子になってほしいな」

「高校卒業時に足を怪我していなかったらまた違ったのかねえ…」


 私は高校で水泳部に所属していたが、右足のアキレス腱の断裂によって運動があまりできない体になってしまった。辛うじてではあるがインターハイに参加できる権利を獲得したレースでプールから上がろうとした時に断裂した。医者曰くたまたまその時に断裂しただけで、いつ切れてもおかしくないくらい切れたアキレス腱は弱くなっていたらしい。そんなことからも私のことを両親は強く怒れなくなっている。


 しかし、私はニートであることは社会的によろしくない。いい加減仕事を見つけなければならないが、どこに行っても私に正社員登用してくれるような優しい会社は存在しない。そして、私はまだ若いので他があるだろうとどこも雇ってくれない。それもそうだ。私は資格という資格を一つも持っていないのだ。しかし、私は勉強をやめてからもう5年以上経ってしまったので、履歴書以外を書いていない。


「どうしてこうなっちゃったのかね」


リビングでの両親の夕食も終わり、父親が2階に上がってきた。いつもなら父は2回に上がってすぐに自分の部屋に行くのだが、今日は私の部屋の前で止まって私に話しかけてきた。


「加奈子に頑張れとは私は言わない。その代りに、家にいるなら家事か何かをしてもらいたい。もうしばらく就活もしていないのだろ?」


いまさらになって父は何を言っているのだろうか。


「いまさら何?」

「いや、暇だろう?空いてる時間ずっと家にいるなら父さんの相手をしてほしい」

「は?」


もう27になった娘にこの父親は何を言っているのだろうか。気味が悪い。でも、ネットサーフィンももう飽きたし。親から呼ばれて部屋を出るのだからこそこそ隠れる必要がない。


「父さんの将棋の相手をしてほしい。」

「いいけど…」

「まあ、とりあえず今からやろう」


 父は、老後の趣味を将棋にすることにしていたらしく、久しぶりに親と顔を合わせると父が小さなテーブルの脚の部分を顔のすぐ横に掲げていた。


「それ、将棋に必要なの?」

「そうだ。これが父さんが買った将棋の盤だ。20万もした「20万!!」。でもな、お前と話すための趣味であり、俺の元々の趣味だから、母さんも納得してくれたぞ」


それからリビングに二人で行くと母が私に「久しぶりね」とぎこちない笑顔で声をかけてくれた私はぼそっと「うん」ということしかできなかった。


「お前将棋の指し方わかるよな?時間制限とかなしでいいから、一局指してみよう」


そう言うと父は駒を並べ始めた。私はそれを見よう見まねで並べた。飛車と角行が逆だったのは仕方ない。


「お願いします」「お願いします」


二人で将棋を向かい合って指すことで父のやさしさが身に染みた。


(これは父さん私に楽しませてくれているな)


駒を取ったり取られたりを繰り返すことで私は小さくではあるが一喜一憂をしていた。この感情は久しぶりだ。


「これで詰みやな」


しかし、1時間ほどして私はどうやっても王様を逃がすことができなくなった。私は負けたらしい。でもこれで私は趣味を得ることができた。


「父さん。私将棋始めるよ」


それから私は毎日朝から晩まで将棋の勉強をした。久しぶりに心が動いたのだ。この感覚をもう忘れたくない一心で私は将棋に打ち込んだ。1ヶ月ほどして父親に勝てるようになり、私はアマチュア名人戦の県予選に参加した。結果は準決勝敗退。しかし、その会場に来ていた女流プロの方に指導対局をしてもらい私は勝てたのだ。ただの指導対局なので、勝った負けたという問題ではないのかもしれない。でも私には勝ったという事実だけで十分だった。


「私将棋で食べていけるようになりたい。」


引きこもりニートだった私がまさかこんな特殊な職を得ることになるとは数年前は思いもしていなかった。でもこんな夢を持てたことを私は幸せに思う。


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