後藤君とスズメの子
昭和の時代の子どもたちの思い出です。
お読みいただけると幸いです。よろしくお願いします。<(_ _)>
それはたぶん小学三年生か四年生の、夏休みの前か後かの暑い日の出来事。
その日、いつものように女子友三人で駄菓子屋へ行き、世間話をし、ぶらぶらとほっつき歩いていた私たち。ふと見ると、高い木の上からスズメが地面をこするようにして降りては、また木の上に飛んでいく、を何度も繰り返していました。
「あ、あそこ見て!」最初に見つけたのは私ではなく『ならちゃん』と呼んでいた女の子。見ると、木の下にスズメのヒナが落ちていて、ピーピーと泣いていたのです。
「かわいそう…………」三人で木の下に行って、もう一人の子が(誰だったか忘れた)そのヒナを掌に載せました。
「どうする、あの上に、巣があるよ…………」三人で木を見上げると確かに、親鳥が往復している先に小枝を集めたような巣がありました。
おそらく、その時三人が思ったのは、同じ事。
当時『なかよし』に連載されて大ブームだった『キャンディキャンディ』のその時の先月号か今月号かの中で、おてんばキャンディがスカートをたくし上げ、輝く笑顔で軽々、すいすい、木に登って鳥の巣にヒナを返したあのシーン…………。
おそらく三人が各自それぞれ妄想したこと、それは……「私はキャンディ!(テーマソングの歌詞の一節)」
「あたし、木に登って、巣に返してきてあげる!」
掌にヒナをゲットしていた子が最初に登り始めました。
たぶん、その木は松の巨木だったと思うんですが。当時住んでいたその町は、海の近くで、松の木の根本には覆いかぶさるように砂がかけてありました。
木に登り始めたその子は、なかなか、思うように登れない。松の木には足をかけるところがない。
「かして!」今度はならちゃんが。
やっぱりちっとも登れない。なんといっても片手にヒナを持っているので両手を使ってよじ登ることができないということが最大のネックになっていました(キャンディたち、どうした、がんばれ!)。
そうこうしているうちに、クラスの男子の集団がチャリでやってきました。
「お前ら何やってんの?」声をかけてきたのは後藤君。
クラスでも、頭がよく、スポーツ万能で、背も高く、大人っぽい………今でいえば、上位カーストの人間(でも今考えるとただ単に、生まれ月が4月とか5月とかだということだったのかも。小学生の間は月齢違いで随分差が出るので、かっこよく見えたのは、そのせいだったのかもしれません)。
その年頃は、まだ男子は果てしなくアホで(念のため、くどくど説明させていただきますが、私がこのエッセイの中でアホ、と言っているのは、この年頃の男子について限定です)、女子は、もうそろそろ異性を意識し始める年ごろ。つまり、女子の中には女子の前と男子の前では態度が豹変する「オンナ」が出現し始める頃。そして、今思いかえせばだけど、実はだいぶ前からこの最初に木に登った子(今思い出した、中村さんだ!)の後藤君(を含む男子全般)への媚にイラついていたような記憶が。
中村さんがこれこれこうだと後藤君に説明し、「できないのよ~♡」
となれば、後藤君、「俺にかしてみろ!」になるわいな。
ここでお気づきの方もいらっしゃると思うけど、まだ、私がやってなかったのに、です。木登りキャンディ。
まあ、そのヒナの姿が結構グロくて、わたしは引いていたので、黙って男子に引き継ぎましたが(そうそう、最初に中村さんがヒナを手に乗せた時も、よく、そんなもの手に乗せれるな~と思ったっけ)。
男子集団は六、七人くらいだったかなー、もう、ワイワイガヤガヤ…………。
「こっちから回り込めば?」「ここに足をかけて!」
その声の合間に、当時は味噌っかす、という言葉で表された、グループ内でのカーストの低い、付け足しみたいな扱いの、いってみれば後藤君の家来のような立場にいる田丸君という子の「僕がやる!」「後藤君(←君付け)!」「僕、やりたい、やらせて!」の声がこだましておりました。
後藤君は着実に上へ、上へと登って行きました。途中にある太い枝まで行って、あともう少しで巣に届く――――みんなの期待を背負って進む後藤君。
中村さんが、「やっぱり、さすが、後藤君♡♡…………すごい、すごい♡♡」とハートを飛ばしまくっているさなか(今考えると、ちびまる子ちゃんの「みぎわさん」みたいな人だった)……………。
木の上の後藤君がはっと動きを止め、そしてゆっくり降りてきました。
地上に降り立った後藤君はゆっくりと左手を開き…………その手の中にはもはや鳴くこともしなくなった、ぐったりと息絶えたひなが………。
―――――力が入りすぎて…………握り………つぶした……。
「動いた! ま、まだ生きてるよ…………!」と誰かが言ったのは、きっと後藤君の手の震えが見せた幻……。
―――――後藤君、心配しなくてもいいよ、君のせいじゃないよ、私、今だから分かるんだけど、ヒナを巣から落としたのはたぶん親鳥なんだよ、弱い子、育たない子、と見限ると、親鳥はそうするんだよ、親鳥が何度も往復してたのは、ただ、鳴き声に対する『反射』で、『愛』なんかじゃないんだよ――――――。
(※大人になってからテレビの動物番組で仕入れた私の鳥に関する雑知識です)
いまこれを読みながら、『そうだよ、そうだよ後藤君!』と思って下さった優しいあなた、ありがとうございます(泣)。
では、この後、そんなあなたの優しさを裏切る、後藤君の真実をお読みください。
まー、これが、なかなかどうして(←古)。
後藤君は次の瞬間、「田丸(←呼び捨て)」と呼びかけると、田丸君の手をつかんで、「さっき、欲しいって言ってたよな。これやる」と、ぽいっと、その田丸君の手に、ひなを押し付けたのです。
田丸君は反射的に手を振り払いました。
「ボスッ…………」田丸君の手から投げ捨てられたそれは松の木の根元の砂の上に落ち、かすかにだけど、確かにそんな音をたてました(あの音は砂がクッションの役目をしたのかな?)。
体感温度は一気に30度ほど下がり、その場にいた全員が凍りついた、夏の昼下がり……………。
「ひっどーい、まだ生きてるかもしれないのに!」
最初にヒナを手に木に登った、あの後藤君ラブな中村さんが、叫びました。
あたしはその瞬間思いましたね、「ばかっ!こっちに振られる!」と。
―――――――どうせ、ろくなことにはならない。
実は男子がやってきた時点で、私の中ではそんな予感がしておりました。
その当時から危機管理能力にたけていた(要するに逃げ足だけは速かった)私は、もし、その場に友達と一緒にいたんじゃなくて自分ひとりだけでいたなら、こんなことになる前に、こっそ~と、いつのまにか消えて、帰っていたんじゃなかろうか、と思うのです(笑笑)。
案の定、「んじゃ、お前ら助けてやれよ、見つけたのお前らだろーが!」と、中村さんはラブ後藤にひどい言葉を投げつけられて泣きだし、男子は自転車に乗ってみんなどっかに行ってしまい…………。
さて、ここで問題です。
この後、その場に残った女子三人の取った行動は次のうちどれだったでしょうか?
①「かわいそうに…………」動かなくなったヒナを見つめ、女子達は思った。
アホの男子たちと違い、心の優しい女子三人は相談して、「やっぱり、私たちの力で巣に戻してあげよう!」と、三人で力を合わせて、木から滑り落ちたり、枝で傷を負ったりしながらも、何とかしてスズメの子を巣に戻した。
すべてが終わった時、辺りは夕闇に包まれていた。
②「かわいそうに………」ヒナを見つめながら女子達は思った。三人は、ヒナの亡骸を取り囲み、ひとしき り泣いた。そのうち誰からともなく、お墓を作ってあげよう、ということになり、三人でスズメの子のお墓を作った。
③「かわいそう…………」「でも、あたしたちじゃ、どうにもできない」
三人は学校の職員室へ行き、担任の本村先生に相談することにした(現場は学校の裏手ですぐ近くでした)。
……………正解は、
実は、そのあとの記憶は定かではないのです(平身低頭)。
ただ、他の事とごっちゃになっているのかもしれないんですが、③の行動をとったようなかすかな記憶が…………あったんですが……………。しかし、その後に、そのかすかな記憶を塗り替える衝撃的な思い出の存在が…………。
しばし、再現ドラマ風にお付き合いください。
―――――――――――季節は廻り、すっかりその出来事を忘れてしまっていた冬のある日、私は一人で、いつもは通らない、あの松の木のある道を歩いていた。
歩きながら、ふと、何か月か前の出来事を思い出し、「そういえば、あんなこともあったなあ」と、過ぎ去った夏の日を思い出しながら、松の木を見上げ、そして、微笑みを浮かべながら、松の木の根元に、目を落とした。すると、そこには――――――
なんと、小さな白骨が…………(驚)!小さな小さな頭蓋骨と細くて節のある骨がいくつか周りに散らばって…………(泣)。―――――――――――
あのスズメのヒナ、なんでしょうね。大きさもちょうど(大泣)。
つまり私たちもそのまま放置して帰ったんですかね(乞許)。
………………なので、正解は④ということで。(←こらっ!)
うんにゃ、やっぱり私は自分を信じたい!
きっと、③の後に、本村先生が「先生が何とかしてやる。お前たちはもう帰んなさい」と言ったとか何とかあったんじゃ……………。(希望)
なので、放置したのは本村先生ということで!(強希望)
まったく、子どもなんて無責任で残酷なものです(認了)。
ですが今回思い出したことで一つはっきりしたことが。
なんと、私、ヒナに触ってなかったんですね、ラッキー!(←こらっ!!)
でもなんとなく、ヒナの死に部外者でいられたんだと安心感が……………。(←無責任。いまだに精神年齢、子ども!)
スズメのヒナちゃんに………合掌。
『まるちゃんへ』で登場した駄菓子屋さんのすぐ近くの通りでの出来事でした。
お時間取ってお読みいただきまして、ありがとうございました。