第七話 里への到着と私の秘密
《もうすぐですよ》
レアータさんがそう言って、つい、と指さす先を見ると、森が途切れて光があふれているのが分かった。おそらく、きっと、私のせいなんだと思うけど、歌ったせいで私たちの歩く道の上を覆いかぶさっていた樹々はどいてくれているから道は明るい。明るい道っていい。
そうして、ようやっとたどり着いた森の出口は小高い丘になっていた。私の視界を先ほどとは違う風景が圧倒する。高く抜けた青い空、黄金色に色づいた麦のような植物たちが植えられた畑は風が通り抜けるとさざ波を打つようにして広がっている。その先には小さな集落が見えた。牧歌的な感じだ。いつかテレビで見たヨーロッパの農村風景が一番近い気がする。
ああ、本当にここは、異世界なんだ。
《さあ、もう少しです。お疲れかと思いますが、頑張ってくださいね》
申し訳なさそうな顔をするレアータさんに首を横に振ってみせると、私はまた前を向いた。寂しい、と思ったんだ。ここはもう私のいた世界じゃない。それが彼女にはどうやらここまでの道のりで疲れてしまったように見えたみたいだった。疲れていないわけではないけど、そこまで繊細な作りをした体ではない。
ふと、ぎゅっと手が握られた。慌てて振り返ると、宗一郎が少し泣きそうな顔をまたしている。
「どしたの?」
「ごめんね、美雪姉ちゃん。俺が巻き込んだ」
「……いいんだよ、別に。宗一郎だけが悪いんじゃないでしょ」
「まぁ、そうなんだけど」
宗一郎の罪悪感を全部否定してあげることは出来ない。それはちょっと薄っぺらい気持ちになってしまうからだ。私は宗一郎に巻き込まれた。その一点だけは絶対に間違いないのだから。
《里に着いたら、屋敷にご案内します。そこで少しお休みになられると良いかと》
今はうつむいて後ろ向きになったっていいことなんて何もない。だから私は前を向いて、歩いていこうと思ったのだった。
レアータさんに先導されるように町の中へと足を踏み入れると、思ったよりも生活水準は低そうなのがよく分かった。建物の壁は土壁、屋根は茅葺き。レンガとかは見えない。まぁ、隠れ里ってぐらいだもんね。
さらに奥の少し大きめに作られた平屋の建物、そこがレアータさんの父である長がいる館だった。
《我らの王を、わが屋敷に迎え入れることができようとは! わたくしはレアータの父、この里の長スタロンニクと申します。王よ、どうかゆるりとお寛ぎください》
スタロンニクさんはレアータさんに似ていてでも精悍な顔つきをした人馬族だった。
挨拶もそこそこに、宗一郎に手を引かれてあてがわれた部屋へと入った。そして扉をばたんと閉めると、宗一郎は真面目な顔になって私の両手を取って自分の額へとそれを押し付ける。
「ほんとうにごめん」
「いいんだよー宗一郎」
「そうじゃないんだ。さっきの歌の理由も言わなきゃいけないけど、美雪姉ちゃん、こっちに来た時に死にかけたんだ」
「へ?」
思いもよらない宗一郎の言葉に、私はぱちくりと目をまばたきさせてもう一度しっかり宗一郎の目を見る。けして逸らさない。まっすぐな目は嘘など言っていない。
「この世界は魔力に満ちている。さっきレアータが言ってたの、覚えてる?」
「ああ、そんなこと言ってたね」
「この世界にあるものはすべからく、魔力を持っている。でも、異世界から来た美雪姉ちゃんは魔力を持ってなかったんだ」
「なるほど?」
「それで、緊急事態だったし、仕方なくて、」
「ん?」
「俺の魔力を姉ちゃんに少し移した」
「んんん?」
「それで、美雪姉ちゃんの髪が一部金色になってるんだ」
「あ、これってそのせいなんだ!」
一房色の変わった髪を持ち上げると、なんか手触りが違って変な感じだ。
「それで、その」
「歯切れが悪いなぁ。なぁに? 宗一郎。何かやましいことがあるの?」
「……えー、あー、えっと」
と、突然引き寄せられた。体ごと。身長差があるので、彼の腕のうちに私の体はすっぽりとおさまってしまう。
「俺の伴侶になってほしいんだ!!」
……はんりょ、とな?
伴侶ってなんだっけ? えっと、お嫁さんてこと? えええ??? お嫁さん??????
目が覚めたら異世界で、そしてようやく落ち着ける屋根のあるところにたどり着いたと思ったら、天使だと思っていた幼馴染に突然伴侶になってほしいと言われ、私の頭の中は真っ白になるほかなかったのだった。
隠れ里にたどり着いた描写は後で変えるかもしれません。
突然のプロポーズに美雪はどうするのか?!
次回へとつづく。