第四話 私はあなたと確認をする
何もわからないこの世界で、それでも傍に知っている人がいて、その人がずっといっしょにいてくれるのなら安心以外の何物でもないということを私は知っている。
「教えてほしい。俺たちはここのこと、何も知らないんだ」
それでも声を絞り出したのは、宗一郎だった。私じゃなくて。
肩に乗せた手に重ねた手はぎゅっと掴み直されている。手は震えていない。ああ、なんだろうな。いつの間に守られる子どもから守る側の男になっちゃったの? いっちょ前の男の顔をしている気がするよ。
そんな顔をしながら見上げているとそれに気づいたのかちらっと視線を下げた宗一郎が少し照れたように笑った。
(ちょっとだけ、美雪姉ちゃんの力を貸して)
囁かれた言葉になぜかドキッとする。なんだろうなぁ。ずるいなぁ。
視線を正面に戻して人馬族の人を見ると彼女は優雅に頭を下げたところだった。
《私は人馬族の長の娘、レナータです。恐れながら私如きで恐縮ですが、この世界のことを話すお許しを得たいと思います》
「……許す」
少し迷ったように宗一郎がそう言った。レナータさんと名乗った女性はゆっくりと顔を上げる。改めて見ると美人さんだなーうらやましい。目が大きくてきらきらしてて、顔立ちも外国の女優さんっぽい。北欧系の顔立ちをしている。
私は昔っから男っ気がなくて、付いてきてくれる男性といえば宗一郎くらいだったからなー。恋愛経験ももちろんない。喪女ってやつだと思う。
それはさておき、レナータさんの話だ。
この世界は、魔力に満ちている。
それはこの世界にあるものなら誰もが持っていて、それはこの世界を循環している。
魔力を治め、循環させ、維持するのは、金色の神獣。
この世界そのものの王。
この世界に在るものたちは敬意を持ってこう呼ぶ、魔王、と。
しかし王たる神獣も永遠ではない。
千年に一度、生まれ直しをして命をつなぐのだ。
歌うように朗々とレナータさんは言った。
《そして今世の神獣がダニエル様なのです》
ダニエル、さま。ダニエル? え?
慌てて宗一郎の顔を見ると、あまり顔色がすぐれない。
「そう」
「俺は、たぶん、少しだけ覚えてる。この世界に在ったこと、ここから別の場所に連れ出されたこと、そしてこの世界に強制的に連れ戻されたことも」
「そういちろ」
「ごめんね、美雪姉ちゃん。俺、人間じゃ、ないみたい」
泣きそうな顔の宗一郎は、前と変わらなかった。泣き虫で私が背中にかばっていた、あの宗一郎だった。背中から抱きしめられるような体勢を翻して、ぺちんと両手でその頬を軽く張るようにして包み込む。
潤んだ目は私だけを見ている。
ああ、なんだ。何か違和感があるとか、私の言い訳だっただけだ。
宗一郎は変わらなかった。いつもいつも私の傍にいてくれた、宗一郎だった。
「馬鹿ね、宗一郎。私がこんなことで宗一郎を見捨てるとでも思うの?」
この世界に二人きり。
私には家族もいなくなってしまったし、世界が変わってもひとりなのは変わらない。
でも、そばに。
「宗一郎が居てくれるなら、私、百人力なんだけど」
「ほんと?」
「人間じゃないとか、関係ないよ。この世界にたった一人しか知り合いは居ないけど、そのたった一人が宗一郎で本当によかったと思ってるもの」
「俺が」
ぐわ、と音がした。風圧でよろけて私は少し後退してしまう。
目の前の青年はみるみるうちに姿を変えていく。夢の中、まどろみの中、確かに見たその姿に。
金色の神獣。
狼のような獅子のようなその姿は見上げるほど大きく、そして神々しい。
「こんな、姿でも?」
声は変わらなかった。宗一郎のものだった。
ああ、なんだ。
私は少し離れてしまった距離を詰めるように、ぴょいっと飛びついてもふもふとした毛並みを堪能する。わしわしと撫でると少しくすぐったそうに宗一郎が身をよじった。
「何も変わらないよ」
確かめるように、私の気持ちがちゃんと伝わるように、ぽんぽんとする。
気づけばしゅるしゅると獣の姿は縮んでいって、そしてぽん、と元の宗一郎の姿に戻った。
「何も変わらないよ。私は宗一郎といっしょにいる」
そう宣言すると、宗一郎の潤んだ瞳から涙が一筋零れ落ちた。
泣くな、男だろ、なんて口に出す気はない。だって、ずっと不安だったものね。
「いっしょにいない、理由がないよ」
そう言って笑った私の目からも、なぜか一筋涙がこぼれていたのだった。
レナータさん置き去りでふたりは一番大事なことを確認したのでした。
次回はこれからどうするか、です。
10/30 ちょっとだけ修正しました。