第二話 金色のゆりかご
ゆらゆらと黄金のさざ波が目の前をよぎっていく。
体がふわふわとして現実味はうすい。
なんというか、あれだ。プールの底に沈んでゆっくりと水面を見ているときに似ている。
さざ波の音が聞こえて、きらきらとした光を水の中から眺めるのは、なぜかとても気持ちがよかった。
あれはおかあさんのお腹の中に似ているからなんだっけ?
(王よ、王よ、お連れ様がほんのり目を覚ましておられます)
(ほんのりならまだ、眠らせていていいよ)
ゆらり、とわたしの体を包んだ黄金が揺れた。やさしいやわらかい何かがわたしの髪をゆっくりと撫でる。うとうとと微睡んでいた意識が本格的な睡眠へと傾いていく。
(もう少し寝ていて。ここは安全だから)
聞き覚えのある声だ。えっと、これ、誰だっけ?
(ここは俺の揺籃だから)
ヨウラン、ようらん、ようらんって何だっけ?
ああ、揺り籠とかそういうのだっけか? どこで聞いた言葉だったっけ?
(おやすみ、美雪姉ちゃん)
ああ、この声。
宗一郎のだったか。
そこまで考えたところで、ふっつりと意識は途切れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
金色の獣であった。現実世界に即していえば、狼のような獅子のような姿をしている。伏せた姿のその内側には、黒髪の乙女がすやすやと寝息を立てている。
「騒がしくしてはいけないよ」
金色の獣は声を出した。囁くような声であったが、その場にいた獣たちは平伏した。
金色の獣は森の奥深く、大きな樹の根元に座し、その周りをあらゆる獣たちが守るように取り囲んでいる。
「お連れ様はまた眠りの淵に落ちられたようです」
黒髪の乙女の側にいた人馬族の女性が金色の獣の声にそう囁いた。
「まだ準備が整っていないからね。まだもう少し、寝ていてもらわねば困る」
こうして抱きこんでここに留まっているのには意味がある。
起きたら彼女にはいろんなことを説明しなくてはならない。
怒るだろうし、戸惑うだろうし、帰してほしいというかもしれない。
でも、もう離れたくはない。
「約束したからね」
愛しい人。
その思慕の情が伝わったのか、獣たちは黒髪の乙女を尊崇する瞳で見つめ始める。
「彼女は俺の大事なひとだから、誰も彼女に近づいてはならない」
改めて、金色の獣がそう宣言すると、獣たちはさわさわとざわめき、そして平伏した。
王である金色の獣がそう決めたのであれば、彼らに否を唱えるすべはない。
しかも乙女は金色の獣の懐にいるのだから猶更だ。
「目を覚まして、いろいろ状況を説明したら、みんなにも紹介するよ。待ってて」
砕けた口調で金色の獣がそういうので、周囲の獣たちはそれぞれうなずいていた。
それから1か月、眠れるまま眠って時間はあっという間に過ぎていったのだった。
前半は美雪、後半は宗一郎視点のような第三者視点でした。
一人称で書くの難しい…。