第二十二話 王都とさらわれた聖女
その国は人の一族が支配する国の中では一番大きな国でした。
魔力を統べる獣のことを、その国以外の国は皆恐れ敬っていたというのに、迷いの森のすぐ近くにあるその王国だけが獣を軽視していました。
この世界は人間のもの。
獣になど、領土の端のひとつもやるものか。
思いあがった人間は、獣を討伐するために討伐軍を結成することにしました。最初は少人数で冒険者を金で雇いけしかけていたのですが、まるっきり役に立たなかったのです。
軍を率いたのはひとりの王女。
身分の低い母から生まれた彼女は、一番王位継承権から遠かったのでその仕事を任されたのです。
かくして、獣は討ち果たされました。
王女の命を犠牲にして。
がたん、と体がひどく揺さぶられて目が覚めた。
なんだか物語を聞かせられていたような気がするし、頭はまだぐらぐらと揺さぶられている感じ。
そこまで考えてはっと思考が覚醒する。私はジュードの手をとって、それから気を失ったんだ。
目を開けても目隠しをされているようで周囲は見えない。猿轡のようなものも噛まされていて声も出せないし、というかそもそも喉が枯れていて今声を張り上げたら喉が切れる気がする。手も足も拘束されているみたいだった。
ああ、なんてこと。
私、なんだか魔法にかかったみたいに、変な疑心暗鬼の気持ちが沸き上がってきていろいろと考えが否定的になってしまって、宗一郎を疑ってしまった。でも確かに私には直接言えないようなことが、彼の中にあるのは確かだと思うんだよね。これは女の勘なんだけども。
いや、それよりも今のこの状況だ。きっと多分宗一郎のことだから、ものすごい一生懸命になって探していると思う。そういえば昔家族旅行の日程を伝え忘れていて、泣きに泣いて探し回って学校の連絡網からの親の携帯に連絡が入ったことがあったなぁ。……今まさにそうなっているとは思いたくないけど、その時と同じ必死さで探していないとは限らない。
「目が覚めたようだね」
声がした。聞いたことのある声。私が声を出せないのを知っていて、声をかけてきている。口を開けて声を出して返事をしたかったけれど、それは出来ないようにされている。私が身じろぎしたのに気付いてか、少しだけ笑った気配がした。
「もうすぐ王都だよ」
人間の国。見てみたかったそれがどんな場所なのかを私は知らない。
ジュードは少し考えたように間を置いて、それから私を起き上がらせた。目隠しをはずしている気配がする。
「ゆっくりと目を開けるといい。目が潰れたくなかったらね」
言われて、恐る恐るゆっくりと目を開いた。どれぐらいゆっくりなら大丈夫なのかとかは分からないから、本当にゆっくりゆっくりと開く。
太陽の光が眩しくて目がくらんだ。気を失ってからどれくらい経ったのだろうと思いながら、またもう一度目をゆっくりと開いていく。
そして、目の前に広がる光景に驚いた。馬車の中だったのだ。あちらに居た頃に一度だけ、訪れた先の牧場で乗ったことのある馬車と同じような内装をしている。目の前のジュードは不遜な顔をしていて、私は思わず目を背けるために窓の外へと視線を動かした。
そこには思ったような光景はなかった。
王都の近くというのであれば、きっと街並みはヨーロッパのどこかの国みたいな整った明るい風景が広がっているのだろうと勝手に思っていたのだ。
ひどく寂れたような街並みに、あまり上等とはいえない衣服を身にまとった人々が行き交っている。誰もかれもがどこか疲れたような顔をしていて、この国は、あの獣人の隠れ里とはまったく違うのだと思い知った。
「ようこそ、人間の王国へ」
猿轡も外してくれたけれど、声は出せなかった。喉元に手をやると首輪のようなチョーカーにたどり着く。多分、これに何かが仕掛けられていて声が出せないのだと思う。
初めて会った時とはまるで正反対の表情をするジュードは、私を見ても冷たい表情を崩すことはない。まるで別人のようだけれど、何となくこれが彼の本当の姿のような気がした。
(……どうしよう)
これはいわゆる攫われたってやつなのではないか、と思う。今更だけど。声は出そうとしてみたけれど出ることはない。歌うことが出来たら、何か出来るかもしれないと思ったのだが、それもまた浅はかな話なのか。
私はただ、目の前の能面のような顔をした男の顔をじっと見つめることしか出来なかったのだった。
大分間が空きましたがゆーっくりと書いていきます。
ひとまずの終盤へと差し掛かりつつあります。よろしくお願いします。




