第二十一話 迷いの森と陋劣なる魔手
人間側の意見というか、話も聞いてみたいと思ってしまった。
商人たちに付いてくる吟遊詩人の人に聞くのも手かもしれなかったけど、獣人の里でこの話を出すのはなんとなく憚られた。どうして、とその時の自分にもし問うことが出来たら言っていたかもしれない。どうしてなのかは分からない。
迷いの森は鬱蒼としている。深い色の影が足元に落ちている。
何か、頭の中でぐるぐると考えが浮かんでは消えていってしまって、何もまとまらない。
ここがどういう世界なのか、宗一郎が一体何なのか。
私はどうして、今まで疑問に思わずにいたんだろう。突然ここに連れて来られて、言われるままに生活をして宗一郎の恋人になって、どうして、おかしいと思わなかった?
気付けば、森の縁まで来ていた。
考えはなぜかどんどんと暗い方向へと向かっている気がする。止めることが出来ないほど、暗く、後戻りがきかなくなるのではないかと不安が押し寄せる。
ああ、後戻りなど出来ないのか。
わたしは、もう。
「お嬢さん?」
声がして、顔をあげた。額ににじむ脂汗が気持ち悪くて手の甲で拭う。心臓がどきどきと早鐘を打っている。
「どうかしたのかい?」
近付きすぎない距離でジュードが声をかけてくる。喉がからからで声が出ない。
声を出そうとしてけほけほと咳き込むと、近付いてきたジュードの手が差し伸べられた。
「俺からはそっちに近付けないから、悪いんだけどこっちに来てくれないか? 絶対危害は加えない。約束する」
この前出会った時のチャラかった態度が嘘のように、ものすごく真摯な表情をしてジュードが言う。
瞬間、頼りたい、と思った。その手に。
呼吸が浅くなっているせいか、酸素が足りないようで頭がくらくらする。
どこか遠くに感じる理性が、その手を取ってはならないと言っているような気がした。その心の声とは裏腹に手は伸びて、その差し出された手を握っていた。
「……つかまえた」
そこまで、気を張って騙されないようにと気を付けていたのに、どうして、そんなことになったのだろう。
つかまえた、と確かに聞こえたその声に驚いて、うつむいていた顔を上げた時、ジュードは笑っていた。
私が今まで生きてきた中で、一度も見たことのないような、邪悪な笑顔だった。
タイトルは「ろうれつなるましゅ」と読みます。
卑怯で軽蔑すべき手段、という意味。
つまり、美雪がやたらネガティブな感情に囚われてしまったのは?
今回短めですいません。人間側の事情も少しずつ書いていきます。




