第二十話 迷いの森と王と獣人
森と隠れ里が自分の中のこの世界だった。
宗一郎の切羽詰まった姿を見て、私はちょっと視界が狭まっていたのかもしれないと思う。
樹精のふたりは、なんとなくだけど人間に敵対心を抱いているようにも見えた。
ここに宗一郎とふたりで匿ってもらうことになった時も、獣人の振りをしていた方がいいと付け耳を渡されたし、何かしら人間との確執があると考えるのが妥当だと思う。
レアータは教えてくれるだろうか。
片一方からの意見は、どうしても考えの偏りを生む気がする。けど、そうはいっても人間の知り合いなんていな……居たな。つい最近あった人が。
また、会えるのだろうか。
「ミーユおねえちゃん?」
名前を呼ばれてはっとする。そういえば今日はスーオといっしょにパンを作っていたんだった。
「どうしたの? ぼんやり」
「ああ、あああ、ごめん。ごめんね」
よく考えたらあれだわ。わたし、宗一郎以外の男の人とあんなに話したこと今までなかった。今までは気付けば必ず宗一郎が傍にいたし、それが普通だったから、そんなことを考えたこともなかった。
「さあ、あとは発酵させるために寝かせるだけだから、いっしょに絵本でも読もうか!」
「うん」
スーオちゃんはちょっと腑に落ちない顔をしていたけど、ちょっと声を張って乗り切ってみせた。
声を出してそう言ってみるとちょっとだけ、気持ちが軽くなるような気がした。
「人間と獣人の関係、ですか?」
どうにも我慢が出来なくて、その日レアータにあった時、聞きたいことを聞いてみた。噂話が好きとか、そういうんじゃなくて、宗一郎にはあれ以上何かを言わせるのは酷な気がしたからだ。なんていうか、甘やかしているっていうのかなぁ。これも。
「はい。ここに人間が来ることってほとんどないじゃないですか。だからちょっと気になって……」
「王から何か話がありましたか?」
図星―っ!!
いや、そうだよね。急にこんなこと聞いたら、そう思われるよね。
「ミーユ様はどちらかというと人間寄りの見た目をされているのでやはり気になるのでしょうか」
「いや、えーと」
「王の御姿をご覧になって、ミーユ様はどう思われましたか?」
「おすがた?」
「はい。金色の獣の御姿です」
金色の獣の姿。堂々としていて、きらきらと輝いていることしかちゃんと覚えてないなぁ。あと、もふもふとした毛の手ざわりがすごくいいとか。
そんなことを考えていたのが顔に出ていたのか、レアータはすごくやさしく微笑んでいた。
「王の御姿は、見るものの心によって変わるのです」
「え?」
「ミーユ様から見て、王の御姿は王という言葉から連想されるものでしたか? それとも」
「えっと、金色の毛並みがすごく綺麗でかっこよくて堂々としてて王様って言われたらなるほどなーってなる感じだった、気がする」
語彙力ー。語彙力がどっかにいった。とりあえず、伝えたいことはうまく言えたと思う。半分くらいは。
「ふふ。獣人たちの多くも、王の御姿はそう見えます。二心なくば、我らの守護者として信頼できる安心出来る存在としか見えないのです」
それから少し悲しそうな顔をしてレアータは続ける。
「獣の血が混じっているせいだ、と人間たちは言いました。獣の血を引いているから、その強大な力を恐れることがないのだと。大きな力を持つものを人間は恐れます。恐れを抱き嫌悪の眼差しで王を見れば、禍々しいものにしか見えなくなってしまうのです」
首を横に振って、何か考えていたものを打ち払う。レアータは考えながら話してくれている。
「その昔、王は人間によって殺されたことがあると聞きました。その頃から獣の血が色濃く目に見える獣人たちのことも人間たちは迫害するようになって、この隠れ里が出来たそうです」
殺された。胸がものすごくずきんと痛んだ。殺された?
「ころ、された?」
「そうです。恐ろしい魔物を打ち倒し人間たちの永劫の支配を、と望んだそうですよ。ばかばかしいことに」
ふ、とレアータが鼻で笑った。あ、これは嘲り笑いというやつだ。
「私たちは王を傷つけ、同胞を迫害した人間が嫌いです。でも、人間たちすべてがそうではないことも、分かっているのですよ」
最後にそう言ってレアータは話を締めくくった。
これが宗一郎が知られたくない、こと? もっと別の何かがあるのかな。
私はもやもやとした気持ちを抱えたまま、あることを決意していた。
やっぱり双方の意見を聞いてみたいと、そう思ってしまっていたのだった。
二十話まで来ました! 見てくださっている皆様、評価してくださった皆様、本当に感謝しています。
これからもゆっくりペースですが書いていきますので、どうかお付き合いよろしくお願いいたします。