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歌う聖女は金色の獣のお気に入り  作者: 小椋かおる
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第十九話 迷いの森と獣人たちの隠れ里

 人を信じるなかれ、と彼らは言った。




 どうしても、どーーっしても、気になっていたことがあった。

 だから午後のお茶の後、二人きりになったのを見計らって、私は宗一郎に問いかけることにした。


「ねぇねぇ宗一郎」


「なに? みゆ姉」


「獣人の人たちと人間って仲が悪いの?」


 人間がほとんどやってこない隠れ里。それは何か理由があって、人間と交流が断絶しているのではないのか。獣人たちは人間を警戒している素振りがある。

 私が思っていた予想はそう違わなかったようで、その質問の後の宗一郎はちょっと困ったような顔をした。


「誤魔化さないで、ちゃんと言って。どんな話でも、聞くから」


 先手を打ってそう言ったのは、宗一郎が誤魔化すかもしれないと直感で思ったからだ。言葉を区切って、力をこめてそう伝える。私は宗一郎の恋人になると決めたのだから、宗一郎が背負っているものも聞いておきたい。苦労はひとりで背負うより、ふたりで背負った方が軽くなる気がするものだ。するだけかもしれないけど、気持ちの問題かもしれないけど、そういうのって大事だと思う。


「……誤魔化そうとしたのバレたか」


「どのくらい一緒にいたと思ってるのよ。宗一郎のことなんて、お見通しよ!」


 私が胸を張って答えると宗一郎は仕方ないと首を横に振った。


「まず、この世界の創世神話の話になるんだけど」


「けっこう前からスタートするのね。はい。どうぞ」


「やりにくいなぁ。えっとね」


《すべての母たる闇はオプスキュリテと呼ばれた。

 闇より光が生まれた。

 光は獣の形を取り空間に満ちた魔力を練って世界を象った。

 世界を満たす様々な精霊たちも生まれた。

 そうして命に満ちた世界を見回した獣は安息を得るための闇を求めた。

 母たる闇へは戻ることは叶わぬために、獣は共に生きる伴侶を得た。

 聖なる乙女はオプスキュリテと同じく闇を纏い獣に安らぎを与える。

 獣は幾たびか生まれ変わり必ず乙女の元へ戻る》


「というのがざっくりとした創世神話で」


「……長いのね」


「……細かく話すとむっちゃ長い。聞く? 多分夕食の時間すぎても終わらないと思う」


「あ、じゃあいいです」


「まぁ、とにかく人間も獣人も元は同じところが起源なんだけど、人間は獣人みたいな腕力がない代わりに知恵がやたら回ってね。それで獣人たちは素直な性分のものが多かったせいもあって、奴隷みたいな扱いをしている人間たちが多かったんだそうだよ」


 宗一郎の眉間に深い皺が浮かぶ。


「そのうち、人より魔物に近いんじゃないかとか、魔物に成り代わるものがいるんじゃないかとか心無い噂が流布されて迫害はより酷くなった」


 迫害、という言葉に背筋がぞっとする。この集落の中ではそんなものは微塵も感じたことはない。


「獣は迷いの森の奥深くに居たから、獣人たちは救いを求めた。助けてほしいと。獣はその声を聴いて、ここに隠れ里を作った。獣人たちに危害を加えるようなものは立ち入れないように結界を張って」


 だから、悪意のある人間はここには来られない。迷いの森をどうにか抜けても隠れ里には近寄れない。そう言って宗一郎は大きく息を吐き出した。


「みゆ姉を怖がらせたくなくて言ってなかった。ごめん」


「そうだったんだ」


「ねぇ、みゆ姉。ちょっとこっち」


「うん? どうしたの?」


 手招きをする宗一郎に誘われるままに近づくと、座ったままの宗一郎の腕が私の背中に回ってぎゅっと抱きしめられた。おなかにあたる宗一郎の頭を上から眺めながら、私は何とも言えなくなる。


「ごめんね。俺のせいで」


「何が?」


「怖い目にあったし、こんなことになって」


「宗一郎のせいじゃないでしょ?」


 ぽんぽんと頭を軽くたたくように撫でると、ぐりぐりと頭がおなかに擦り付けられる。甘えているときの仕草だ。これは。小さい頃からそういうのは変わらない反面、もうおっきな青年なんだからそうされると私もなんだかドキドキしてしまう。


「……嫌いにならないでね」


「え?」


「何でもない……もう少しだけ、こうしてて」


 ぎゅうっと抱きしめてくる手のひらの熱さに気を取られて、小さくこぼれたつぶやきは、聞き逃してしまった。

 私は彼の気が済むまでその金色の髪をやさしく撫でることしか出来なかった。



宗一郎にはどうやらまだ秘密にしていることがある様子?

さて、次はまたチャラ男がやってきそうな気配です。

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