第十七話 迷いの森の加護
迷いの森はとてもとても深い森。
精霊の案内なくしては迷い惑い出てこられなくなってしまう。
晴れて収穫祭を経て、正式に恋人となった私と宗一郎だったけど、実際何か変わるかとすごく構えていたのに特に何も変わらなかった。拍子抜けするくらいにいつも通り。
「みゆ姉に紹介したい人たちがいるんだ」
そんなことを言われて獣の姿に戻った宗一郎の背中に乗って迷いの森をすごい速さで駆け抜けていること以外は。動物の背中なんて、生まれてこの方乗ったことなど一度もない。ないのに宗一郎は加減をしてくれない。
「――――っ」
声にならない悲鳴をあげているのだけど、それもきっと分かっていない。いや、分かってるのかな? 分かってやってるとしたら、そっちの方が悪質じゃない?
まぁ、それはともかくとしてあっという間に目的地には到着出来たからいいんだけど、私にとってはちょーっと地獄だったかなぁ。これ帰りもなのかなぁ。
目的の場所は、私が最初に目を覚ましたところ。この異世界にやってきた一番最初の場所。
《おかえりなさい、我らの主よ》
鈴の鳴るようなしゃらしゃらと甲高い、それでいて耳障りではない声が、森の中に漂っている。
私はどうにかこうにか宗一郎の背中から滑り落ち、いや滑りおりて彼の傍らに立ってそっと体をくっつけた。なんか、怖いじゃない。目に見えないものって。
「森の主たる樹精の乙女たちよ。すまないが私の伴侶のために姿を見せてはくれまいか」
《ようやく許可をいただけたのですか?》
《それは僥倖》
くすくすという笑い声とふわふわとした甘い花の香りが目の前に逆巻いて、二人の美女の姿を取った。
美女だ。胸がぼんっとしていてくびれがきゅっとしている美女だ。足は樹木だけど。長いモスグリーンの髪と白い肌、瞳はエメラルドみたいな若葉の緑。長いまつげも桜色をした唇もどこもかしこも完璧なパーツをしている。
《わたくしたちは双樹の化身》
《かつての王たる主がこの地に現れた時に生まれた樹々の精霊》
《わたくしはフォレ》
《わたくしはシルウァ》
美麗な乙女たちは優雅に腰をおって一礼をし、そして私を見つめた。
《あなたが私たちの王が認めたオプスキュリテ》
《まぁまぁかわいらしいこと。守りたくなる王の気持ちもわかるというもの》
うふふ、と美女ふたりに詰め寄られて、いい子いい子と頭を撫でられてしまうと、何故だか反抗できない。いつもだったら子ども扱いしないでほしいと、その手を振り払ってしまってもおかしくはないのに。
「フォレもシルウァもあまりいじめてくれるな。彼女は美雪。ミーユと呼んでくれ」
「あ、あの、私、古里美雪です! えっと、よろしくお願いしましゅっ!」
最後で噛んだ。もうもう恥ずかしい! 耳まで赤くなったのが分かる! なんでこう上手に挨拶も出来ないんだーもー。隣の宗一郎からはなんかあったかいていうか生ぬるい視線を感じるし。皆まで言うな。分かってる。
「……いろいろ手間をかけさせるが、お前たちに加護を与えてもらいたい」
《この森の中で惑わぬように?》
「それもある。少し面倒ごとがあるんだ」
宗一郎がまっすぐふたりを見て告げる。わたしはこくんと唾をのむ。面倒ごと?
《王国にまつわることでしょうかね》
《まったく人の悪いところです。誰がその王権を授けたのか忘れてしまったのか》
「俺の力の及ばぬところでみゆ姉に何かあると困るんだ。だからお前たちの力を借りたい」
《そう言われては》
《無碍には出来ませぬ》
《《我らの王の願うままに》》
そう言ってふたりが両手を何かを捧げ持つかのように掲げた。緑色の小さな光がくるくると集まって、わたしへと降り注いでくる。
《わたくしたちの加護はオプスキュリテを守るでしょう》
何かじんわりとあったかいものが私の周りをくるくると回転するように包み込み、そしてふぅっと消えていった。魔法っぽい。すごく。
そしてものすごく曖昧。なんだろうな。盾になるとか、なんとかってのじゃあないんだなぁ。
そんなことを考えていたら隣にいた宗一郎と目があった。
「……言葉は【言霊】だから、汎用性を持たせるために敢えて決めてないんだ。守る範囲を」
「ああ、なるほど」
そういうことかぁ。なるほどね。どのように守るかをかっちり決めてないから、臨機応変に対応が出来るってところなのかな?
《さぁさ、あんまり固いお話はここまで。お茶会にしましょう》
ぱちぱちん、と手を打ち鳴らして、フォレさんとシルウァさんが言う。
二人ともほぼ同時に話すし、見た目がそっくりだからもうどっちがどっちか分からない。
「俺でも時々分からなくなるよ」
こそっと宗一郎がそう呟いたので、私は考えてることが似ているな、と思ってくすっと笑った。
しばらくぶりとなってしまいました。またのんびり更新していきます。
よろしくお付き合いくださいませ。




